はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

マヤ・アンジェロウ自伝

こんにちは。

2021年1冊目はこちら。

詩人・作家・人権活動家であるマヤ・アンジェロウの自伝「歌え、飛べない鳥たちよ」です。

歌え、翔べない鳥たちよ ―マヤ・アンジェロウ自伝―

自伝とはいうものの、小説のような美しさ。彼女の出世作だそうです。

マヤ・アンジェロウは1928年の生まれで、両親が離婚した後、アメリカ南部アーカンソーにある父方の祖母の家で育てられます。兄のベイリーと二人きり、首に行き先をぶら下げての列車旅でした。8歳の時、母とともにセントルイスで暮らすことになりますが、母の愛人に性的暴行され、裁判の証言台に立たされました。心を閉ざした彼女を持て余した母は、再度マヤとベイリーをアーカンソーに送り返します。その後、また母とともに暮らすことになりますが、兄と母の溝は埋まらず、兄は家を出て行きます。17歳の時に未婚のまま母になるところでいったんおしまい。

なんと彼女の自伝は5部作(!!)ということで、まだまだ続きます。30代の頃の苦労話とかを読んでみたかったのですが、まだ先のようです。笑

 

黒人公民権運動に身を投じた彼女の、ルーツがわかります。活動家のルーツというと、強烈な経験なんていうものを想像しがちですが、彼女の場合そういうわけではなく、彼女が超賢くて、超頑固で、超負けん気が強くて、破天荒だったからこそ、激しい道を歩んできた…ような気がする。目の前に壁があったら蹴破っていくタイプの彼女、読んでいて痛快だし、ユーモアのセンスも抜群です。

例えば、貧乏な白人に対して「あいつらは色の白さは七難隠すとでも思っている」と毒づいてみたりします。神に対しても(!!)「(人間が)暮らしの水準と様式が物質的なはしごを上に昇っていくにつれ、神はそれに見合った速度で責任のはしごを低い方に降りてき給う=人間の営みは、古代~中世から大きく変わってきているのに、神に求められていることはずっと変わらずに、質素な生活を送れることに止まる…というような不満)」なんて思ったりします。デリケートな話題過ぎて、笑ってよいのか判断に困るレベル。笑 ここまでズバズバ言うのはすごい!

 

祖母が敬虔な信徒で、By the way(ところで)と口にしただけでむち打たれるような暮らしでした。(Way(道)は神のことを指す神聖な言葉、それを家の中で口にするなんて信じられん!ということらしいけど、ちょっと何言ってるかよくわかんない。笑)

その反動もあってか、信仰には懐疑的。

自分たちの暮らしは苦しく、飢えて、さげすまれ、身ぐるみ剥がされているのに、この世のどこでも、罪人たちが主人顔でおさまっている

と、「神の元にみな平等と言いながら、この不平等とはなにか??」という強い怒りが、彼女を黒人の地位向上に駆り立てたのだと思います。

 

本書は、そんなマヤ・アンジェロウの「10代編」ということで、10代の子にも読んで欲しい内容です。自伝ではあるものの説教臭さはなく、自分の失敗や思い違いも素直に書き綴ってくれているので、大変親しみやすい。

十代に贈りたいのはこんな言葉。

 

十代の時期を生き延びる人は、たとえいてもごくわずかである。多くの者は大人の順応主義の、あいまいだが命取りの圧力に屈してしまう。優勢を誇る成熟の軍勢と不断の戦いを続けるよりは、死んでいざこざを避けるほうが優しいのだ

 

若くてものを知っていないという告発に対して、みずから有罪を認めるほうが得策で、自分より上の世代が規定した罪をうけるほうが苦労がない、と判断してきた。

まぁ、こんな言葉の価値に気づくのはきっと十代を終えてからずっと後になってからだけども、

「十代を生き延びる」

…変化を嫌い順応することを求める上の世代からの圧力に屈することを全力で拒否した彼女は。この言葉は、マヤの10代を象徴する言葉でもあり、また、大人の世界に順応して彼女のもとを去って行った兄を意識しているようにも思えます。

マヤと同じくらい賢く皮肉屋で、唯一の理解者であった兄は、セントルイスに出た後は、周囲の馬鹿な大人を見下すのをやめたかわりに、人の真似をして娼婦の愛人を作ってダイヤの指輪をはめてみたりして、彼女の知らない人になっていったのでした。

昔、彼は「知識は世界共通の通貨で、そのとき自分がいる環境に応じて価値が大きく変動する」とマヤに言っていました。自分が持っている知識が何の意味を持たない環境であがくのに疲れてしまったのかもしれない…兄との別れのシーンを「兄が身を固めている不幸なよろいの下に手を差し伸べることはできなかった」と思い返し、もう、いかなる言葉も彼には響かないんだということを理解します。

 

この本の山場はなんと言っても、卒業式のシーン。学校に中央校(セントラルはもちろん白人の学校)から白人の来賓が来るのですが、なんか持て余し気味の態度。彼は挨拶で、黒人のゴールはスポーツ選手であるということを言外に示します。白人の子どもには多様な選択肢があるけれども、白人にとっての黒人はあくまでも下働きになるべく存在であり、卒業式では何とコメントして良いかわからない、という。

続く同級生代表の挨拶で、彼女の感情は最高潮に達します。

来賓の挨拶の意味を知ってか知らずか、シェイクスピアの言葉を引用しながら自由を謳いあげる男子生徒。黒人が置かれた理不尽さに怒りを覚えているのは自分一人しかいないと孤独に感じます。同じ人種であっても、差別に屈せず共に戦おうと思えるのは一握りで、多くの人は理不尽さをそのまま受け入れることを選びます(そもそも理不尽とすら感じないかもしれない)。

 

小さい頃に親に捨てられ、8歳の頃にも再度捨てられた彼女は、「自分の居場所」というものをずっと探し求めてきたように感じます。大変賢く高い理想を持っているため、低いレベルで満足することはできず、フラストレーションをためてしまう。しかも、どれだけ賢かろうが理想が高かろうが、黒人であり女である以上、その美点はプラスに作用しないという苦しみだってある。

 

最後の数ページの妊娠から母になるまでのエピソードは、ずっと迷い続けてきた彼女の人生の、新たな幕開けを予感させます。守るべき息子という存在を得たことで、彼女の人生が拓けてきたように思うのです。さらに、なかなか見えてこなかったマヤの母の愛も垣間見える最も好きなシーン。

不安に押しつぶされそうなマヤにかけた「ちゃんとしなけりゃいけないなんて、考えなくてもいい。ちゃんとちゃんとしようと思っていれば、知らないうちにそうなっているんですよ」という最後の一言が良い!「最良の自体を希望し、最悪の事態に備えているから、その中間にどんなことが起ころうと驚かない」という信条を持つこの母親の包容力、見習いたいものです。

 

訳者の解説も必見です。2014年までご存命だった彼女をインタビューした時の言葉が書かれている。

「年を取って私はどんどんママ(祖母)に似てきた」と回答しているけど、前からだよ、って言いたくなる。笑 中盤以降から、完全に思考や行動がミニ版ママなのです。その頑固さも、荒々しさも何もかも…

 

あとは、自伝を書くにあたり

自分がしたことではなく、社会がこの私に対して何をしたか、を書きたかった

 

私という個人に起こった(パーソナル)ことであってもいいが、他人と分け合えない私的な(プライヴェート)ことは除外するようにしました。

なんていうことも言っていて、妙に納得してしまいました。

 

ものすごい小さいスケールの話になることを百も承知の上で、一人の人間の視点から小さな世界を丁寧に描き出すという手法は、今や小説の王道になっていると思います。「半径5メートルの範囲しか知りません」と、世界情勢に無関心を決め込み、その中でより快適に生きることだけに汲々とする「等身大の生の営み」を賛美する流れがありますが、そういうのは苦手。

舞台を半径5メートルに絞って等身大感出そうと試みているのはいいけど、半径100キロくらいまで広げてやっと出会えるかどうかの善良な人間ばっかり出てくるし、悪は成敗されるという、結局はありもしない世界しか描けていないからです。まぁ…読めば大変に気持ちいいんだけど、空虚さは否めない。

自伝や伝記はちょっと間違うと半径5メートル風の内容になってしまいがちですが、社会に対するインパクトを持っているという意味でも、大変力強い本。

 

20代編(次巻以降~)も読んでみたい。

おわり。

 

 

2020年に出会った印象深い本10選

こんにちは。

今年も早いものであと数日。2020年も素晴らしい本と出会うことができました。

▼2019年の10冊はこちら

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#良作ノンフィクション

1.「荒野へ」ジョン・クラカワー

山中で遺体となって見つかったエリート青年。彼の日記や出会った人の証言などから死の真相に迫るノンフィクション。

事実は小説よりも奇なりとは言うけれど、偶然が2度続いたら何か裏があるというのはサスペンスの常道ですから、そういう意味で、ノンフィクションは正直、つかみ勝負なところがある。世界仰天ニュースばりに煽られて読んでみたものの、中盤の中だるみ(失礼)、終盤の尻すぼみにがっかりさせられることも多々…最後までグイグイ読ませてくれる(願わくばちょっと泣けてくる)ノンフィクションってあるの?と思っていたところにこの本!

「最後まで飽きずに読める」という素晴らしさに加えて、イデオロギー臭もなく淡々と進む語り。感傷的にもなりすぎずに一人の青年の人生の断片を美しく紡いでくれる優しいまなざし…

同じ著者の「空へ」も同じくらい読ませる(泣かせる)作品なのでこちらも是非。

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#泣けるミステリ

2.「ありふれた祈り」ハヤカワ・ミステリ文庫

少年の忘れられない夏の出来事をつぶさに描いた小説。ある閉鎖的な町で起きた事故死、自殺未遂、そして姉の不審死。その全てはつながっていて…。胸に大きなわだかまりを持った大人たちと、大人になりかけていく子どものすれ違いが切ない作品。

ミステリとは言うけれど、人間ドラマメインで、こんなに泣かせるか?!!というくらい随所に泣き所が用意されている感動作。胸震えるとはこのことか…と思いました。信仰についてじっくり考えるのを促してくれるという意味でも良作で、絶対また読みたいと思える大切な作品です。

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#泣けるミステリ

3.「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ

本屋でも平積みされまくりの話題作です。この作品の素晴らしさは、メディアが騒ぐ前から気付いてたけどなっ!ってマウントを取ってみたりする。笑

ある男が火の見櫓から転落死します。捜査線上に浮上したのは、かつて「湿地の少女」と呼ばれた女性カイア。動機は十分なカイアでしたが、彼女には鉄壁のアリバイがありました。

カイアが築いてきた人間関係の美しさに泣き…裁判のシーンではハラハラドキドキし…そして事件の真相に衝撃を受け…と、一粒で3度おいしい作品。一日で読み終えたのだけど、感情移入してドキドキが止まらず、衝撃的なラストに、半日落ち込んでしまいました。

本屋のPOPで絶賛されているようですが、期待を裏切らない作品。

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#元気になるヒューマンドラマ

4.「サンセット・パーク」ポール・オースター

リーマンショック後のニューヨークが舞台。無気力な、日本でいうサトリ系なのかユトリなのか、定職につかなくても平気な顔をしている若者と、「もっとしっかりせい!!」と喝を入れたいその親世代の意識の違いが際立っている。主人公にはあんまり感情移入できなかったけれど、主人公とシェアハウスする2人の女性については、共感するところもいくつかあり、頑張る気力がわいてくる作品。

アメリカではあんなに有名なオースターですが、私はこの作品で初めて読みました。この後この人の作品を複数読み漁ってみましたが、完成度・構成・メッセージとしてはおそらく「サンセット・パーク」が一番なのでは?と思う。中盤にダレることもないし、キャラの作りこみもGOOD、伝えたいこともしっかりと伝わってくる良作です。

 

同じ系列(雑)の「ブルックリン・フォリーズ」も良かった。

 

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#胸打たれるヒューマンドラマ

5.エリフ・シャハク「レイラの最後の10分38秒」

遺体となって発見された娼婦レイラが、生と死の間をさまよう11分足らずの間に人生の回想をする。家族に捨てられた記憶、イスタンブールに出てきてからできたかけがえのない友との思い出…。

目を見張るのは潔さです。うらやましいくらい素晴らしい友を得たレイラではあるけれど、「友を得たからと言ってハズレ親に当たったことがチャラになるわけではない」=良い親に恵まれるのに越したことはない、「レイラの人生はある時点で誤った道に進んだ」=娼婦になんてなるもんじゃない、と明言していて、「素敵な友達を得たレイラはある意味では幸せだった」なんていう意見を封じるくらいのパワーがある。自分が持っていないものを数え上げながらなんとか折り合いをつけて生きていく人間の小ささがひしひしと伝わってきました。映画化とかしてほしい!

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#胸打たれるヒューマンドラマ

6.「小さな国で」ガエル・ファイユ

アフリカ人の母と、フランス人の父を持つ少年の、アフリカでの日々を描いた作品。

オープニングが印象的な本作品。何十年も内戦が続いている故郷を捨てて、ただただ「戦争がない国」に移住したいという母と、「アフリカでは使用人付きの家に住めるリッチマンの俺は、パリに戻ったら凡人に逆戻りだから」という理由で移住を渋る父の意見の対立に、内戦地域で暮らす人々の苦しみを垣間見ます。変わっていく友、奪われていく日常、そして本に救いを求める「僕」。少年が主人公っていうのが切ない。

移住後の暮らし「アフリカ人でもないしフランス人でもない僕」っていうアイデンティティの欠如についての所感にも、考えさせられるところがあります。

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#戦争もの

7.「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ

戦争が激化するレニングラードで、12個の卵を求めて旅に出た2人の青年の物語。「戦争の中ではバカな命令がまかり通る」ということを体感させてくれる。

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#カッコイイ戦争もの

8.「鷲は舞い降りた」ジャック・ヒギンズ

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#カッコイイ戦争もの

9.「女王陛下のユリシーズ号

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ガンダム大好きっ子としては、「なんかかっこいい」からっていう単純な理由で戦争ものを選びがち。「鷲~」「女王陛下の~」は、「なんかかっこいいもの読みたい」欲を満たしてくれる上に「超濃厚!」な作品なので大満足でした。

 

#イヤミス

10.エヴァンズ家の娘

「他力本願な女(一族)」をめぐる何とも胸糞悪い物語。もしかしてこれが、今流行りのイヤミス…?

大叔母が遺してくれた湖畔の別荘を訪れたジャスティーンの物語と、ルーシー(70代)の日記が交互に出てくる。日記の中で明かされるルーシーの妹の死の真相と、何とも男運の悪いエヴァンス家の娘たちそれぞれのエピソードに圧倒される。

ジャスティーンが「私たちの不本意な人生は全て『誰かが(何かが)何かを変えてくれる』」という救済と呼ぶには何とも他力本願な思いからきているのだ…と気付くシーンが好き。ジャスティーンに幸あれ。

 

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今年の1冊は…

話題作にのし上がった「ザリガニ」を選ぶのも悔しいので、「ありふれた祈り」に!

ありふれた祈り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

軽妙なタッチで戦争の悲しみを余すことなく伝えてくる良作 デイヴィッド・ベニオフ「卵をめぐる祖父の戦争」

こんにちは。

デイヴィッド・ベニオフ著 「卵をめぐる祖父の戦争」

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)

こちら、このミス2011年版[海外編]で第3位!(うーん、微妙っ!笑)

他には、ミステリが読みたい2011年版[海外編]第6位、

本の雑誌」が選ぶ2010年ノンジャンルベストテン第4位・・・

とまぁ、どんぐらいすごいかはよくわからない受賞歴ではありますが、めちゃくちゃ良いです。

伏線の回収も見事だし、何よりも「戦争ってなんだ?」という重いテーマについて、ジョーク(下ネタ)も交えつつ、伝えるべき事を言い尽くしているその手腕が素晴らしい。

おそらく著者は皮肉屋で照れ屋で毒舌家なんだと思うけど、「にくい!」「うまい!!」と随所で思わせてくれる。エンディングまでの疾走感はピカイチの作品です。

 

作家のデイヴィッドが、祖父に戦争経験を訊ねます。祖父が語ったのは、誰にも語ったことのない「卵をめぐる戦争」でした…。

舞台は第二次世界大戦下のロシア、レニングラード(現サンクトペテルブルク)。

主人公のレフは、空から降ってきたドイツ兵(落下傘部隊)の死体から食料を漁っているところを逮捕され、(おそらく)銃殺刑を待つ身です。留置所で出会ったのは金髪碧眼のイケメン、自称大学生のコーリャ。

翌日二人は、大佐の前に連れられ、「12個の卵を探せ」と命令されます。娘の結婚式にケーキを焼きたいが、卵だけが手に入らない。それさえ手に入れたら見逃してやらんこともない、と。当時のレニングラードは、ドイツ軍に包囲され籠城中。市民全体が飢餓に苦しむ中、どこにあるかもわからない貴重な卵を探す旅に、二人は出発することにしました。

 

人見知りで、すぐ卑屈になるレフに引き換え、明るく楽天的で機転の利くコーリャ。おまけにコーリャはイケメンということで、レフはコーリャの前ではいっそう卑屈になりがち。しかし、コーリャの明るさと(実は彼なりの悩みもあったり)、二人で難局を乗り切ったという連帯感が、二人の友情を強くしていきます。

 

はじめに出会ったのは、人食い夫婦。卵があるとだまされて部屋に上がると、そこにつるしてあったのは死体…お尻の肉はやわらかいからパティに向いているらしい(実際、当時はそういうことがあったと思われる)。肉切り包丁で追っかけられながらも命からがら逃げ出します。次に出会うのは、貴重な鶏を抱いたまま死に絶える少年とその祖父(の遺体)。鶏はかろうじて生きていたけど、オスであることが判明し、泣く泣くスープにします。その次に出会ったのは、森の中で、ドイツの特別行動部隊(泣く子も黙るアインザッツグルッペン)に囲われている女達…女達の家で起きたパルチザン(ゲリラ兵)によるアインザッツグルッペンへの急襲を機に、彼らの冒険は命がけの逃亡劇となります。捕虜の一団にこっそり混じり、ついにアインザッツグルッペンの本部にたどり着くレフ達は、無事に卵を手にすることができるのか…?

 

この小説、ストーリーに非現実感を見事に持たせることで、ただの悲惨な戦争話から頭一つ飛び抜けているところが素晴らしいと思います。そのおかげで、青年の冒険譚(成長物語)にも読めるし、ミステリーとしても読める、読み方によっては異世界訪問譚にも読めたりします。

例えばこれ。

人食い夫婦も、鶏を誰にも渡すまいという一念で妖怪と化した少年も、森の奥に住み世の中から隔離されているぷっくり太った少女達、捕虜の一行に混じりラスボスの居城を目指すところも、まるでグリム童話に出てきそうなシチュエーション。もっと言うと、「空から人が降ってくるシーンから始まる」、「12個の卵を探せと言われて旅に出る」と、のっけからファンタジーな展開がなんです。まぁ、空から降ってくるのは死んだドイツ兵だし、12個の卵を探せと命令するのは、王様ではなく大佐なんだけど…。

しかもこの、浮世離れした冒険の舞台に、魔女の出てきそうな寒い寒い森を選んだというところも憎らしくて、読み終わった後に、やっぱり「あの数日の出来事は夢だったのではないか…?」と思わせてくれる感じ、ナルニアっぽくて興奮する!

 

ちょっと不思議な冒険に、戦争の悲惨さをこれでもかと滲ませてくる著者の発想力・構成力に脱帽です。戦争の悲しいエピソードをわざわざ書き連ねることなく、こんなに悲惨な物語を書けるものなのか!!!と目からうろこ。

そして一周回って戦争の恐怖も伝わってくる。人間関係のバランスが一気に崩れることで、信じられないことが実際に起きるという恐怖が。卵のために人殺しが起きただの、食糧難で人食いが出たなど、童話目線でみたら一つの”設定”で終わってしまうようなことが、「戦争の時には実際にありました」となれば、話は全然違う。戦争の恐怖ってこういうところにあるよな…となるわけです。

 

コーリャの無鉄砲な性格が幸い(災い?)し、卵に近づいていく二人でしたが、ここでコーリャの正体が露見します。自信たっぷりで女にモテモテ、やりたい放題のコーリャが、実は大きな秘密を抱えていたということが判明し、物語は急に切なさを帯びてくる。

 

とにかく会話が軽妙で、持ち前の明るさと若さで戦争の苦しみをはねのけようとする青年たちの幸せな明日を祈らずにはいられない小説です。

「もう9日もクソしてないんだ」

普通に聞けば、は??ってなるこの台詞、何ヶ月もろくなものを食べていない青年の口から出た言葉と思えば…涙なしには読めない。コーリャの軽口に笑わされながらも、死亡フラグをおっ立てまくりながら冗談を連発するコーリャ…いやもうほんと、悲しくなるからやめて。

 

この本、笑わせたいのか泣かせたいのかわからなくて、どういう評価をされるのが著者的に嬉しいのかわからないんだけど、一つ言えるのは、戦争の中で起きた一つの冒険を明るく書こうとしたら、どうしても悲惨な感じになっちゃったの…という体で、絶対泣かせにきている確信犯だと思います。僕は笑ってほしいんだとか真顔で言いそう(勝手な想像です)

それぐらい上手い!上手すぎて、うーん!にくいっ!という感じ。

 

戦争ものはたくさん読んできたけれど、どこの国が主役であっても、起きる事は皆一緒。

略奪、性的暴行、特権階級、ゲリラ、餓え、疲れ、不衛生…どこの国が良い・悪いではなく、戦争が起きたときに苦しむのは、唯一国民だけなんですよね…。

戦争ものがハッピーエンドに終わらないのは世の常で、この小説も、読み終わった瞬間「寂寞の感!」という言葉がぴったりでした。ただ、最後の台詞にちょっとだけニヤリとさせられてしまう、それだけが救い。

「おばあちゃんの料理」という言葉を頭の片隅に置いて読んでください♪

 

おわり。

人が人に命を預ける意味、人が人を命がけで助ける意味 コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」

こんにちは。

コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」

地下鉄道 (ハヤカワepi文庫)

2020年10月に文庫化されたばかりのこの作品。

ある奴隷少女コーラの逃亡劇を克明に記した小説なのですが、コーラの行く手を阻む残虐な追っ手の影がちらつき、ドキドキが止まらない!!

また、その逃亡劇の舞台は奴隷制の廃止より30年以上前のアメリカということで、逃げ切った先にバラ色の未来!なんてなるわけないのはわかりきっている。どうかコーラに、少しでも痛みも苦しみも屈辱もない未来を…なんて願わずにはいられません。

 

舞台は19世紀初頭のアメリカ。

農業を中心としていた南部は、奴隷を所有し、広大な土地を耕させていました。コーラの祖母は奴隷船で運ばれてきて、買われた先のランドル農園で亡くなります。コーラの母も、コーラもランドル農園の奴隷として生まれつきました。

ランドル農園は至って普通の農園。奴隷を死ぬまでこき使い、弱ったらどこかに売り飛ばす。逃亡を図った奴隷は見せしめとして残虐な方法で殺し、若い女の体は自由に使える。

奴隷がささやかな楽しみを享受していたある日の夜、事件が起こります。この事件はコーラに逃亡を決意させ、彼女は、シーザーという少年とともに逃亡を図ります。目指すは北部。

コーラ達は白人の地下鉄道の一員であるフレッチャー氏の助けを得て、サウス・カロライナまで到達しますが、ここで彼らは大きな誤算をします。もう自分たちを追う者は誰もいないと油断し、暮らしやすいこの地にずるずると留まってしまうのです。彼らは、奴隷狩りのリッジウェイに嗅ぎつけられましたが、間一髪、コーラだけが次の地に逃げおおせました。しかし、次の地でも彼女は居所を突き止められて…

彼女は無事に自由を手に入れられるのか、そして、因縁のリッジウェイとの直接対決の行方は…。

 

はじめに、タイトルの「地下鉄道」とは。

これは本当にあった秘密結社です。南部の奴隷を北部(またはカナダまで)逃がすこと使命とする秘密組織。奴隷制に反対する人たちが有志で組織しており、相当数の奴隷を逃がすことに成功しました。「車掌」、「積み荷」、「駅」、「経由」なんていう符牒を使ってやり取りし、徹底的な分業制を敷くことで、仮に誰かが捕まって拷問されても全てが漏れることがない、かなり大きな組織だったようです。

幼い頃、「昔は奴隷を逃がすために『地下鉄道』があった」と聞いた作者は、本当に地下に奴隷を逃がすための鉄道が走っていたら…?という空想に耽ったそうです。幼い頃からの空想が実を結んだのがこの小説。

奴隷制という事実と、彼らを地下にある鉄道を使って逃がすという空想が見事にマッチして、まるで本当にあった物語を読んでいるような感覚にさせられます。

 

この小説には、奴隷制度、黒人差別の歴史がありのままに書かれています。主人公にだって容赦しない。皆(特に黒人と黒人に手を貸した少数の白人)に等しく過酷な試練が用意されています。

黒人が奴隷とされて酷使されており、かつ、雇い主による虐待行為等が日常的にあったことは知っていましたが、黒人の手助けをした白人に対する見せしめ(絞首刑)も頻繁に行われていたのは初めて知りました。

「差別は良くないからやめよう!!」という単純な話ではなく、白人のコミュニティに、肌の色(当時は脳の容積等も違うと思われていた)が異なる人間が混じったことによる、恐怖・拒絶反応・そして白人コミュニティ内(ムラ社会)の同調圧力…そういった、差別の起こりが淡々と記されています。

 

この小説のテーマを私なりに解釈すると、「人が人に命を預け、人が人を命をかけて助けることの意味」です。

コーラを助けてくれた人は、一人を残して皆命を落とします。自分のために尽くしてくれた人が皆、奴隷制度の犠牲になって自分のもとを去ってしまう中、コーラは、自分がどうなれば彼らの恩に報いることができるか自問し続けます。それを彼女は「収支表」と呼び、自分の価値、自分の人生について考えを巡らし続けていくのです。

対して、コーラに手を貸した人の動機としては、もちろん使命感もあるのですが、「地下鉄道の活動に意味を見いだしていた父の意志を継いで」というのや、はたまた、「幼い頃から、未開の地の子ども達に教えを授けたいという夢があった」という斜め上からの回答もあったり、それぞれがそれぞれの思いを抱えており、必ずしも、目をキラキラさせたいわゆる純粋な動機というわけではない。

しかし実際に、100年以上前には、命がけの脱走をする奴隷がたくさんいて、それを命がけで助ける人もたくさんいた、その結果、何十万人もの命が救われたというのは紛れもない事実。そんな歴史上の真実に、ただただ圧倒され、惹き付けられてしまいました。

 

決してハッピーエンドではないし、とにかく理不尽で過酷な人生に暗くなる本。ただ、出会えて良かった。売らずに取っておきます。

 

おわり。

濃密な白い闇の中に引きずり込まれたような不快感と疲労感がクセになる カズオ・イシグロ「充たされざる者」

こんにちは。

 

カズオ・イシグロ充たされざる者

充たされざる者 (ハヤカワepi文庫)

遠い山なみの光」、「浮世の作家」で名を上げた彼が、「ブッカー賞」という周囲の期待からも自由になってやっと書いたのがこの作品。文庫本ながら厚さは約5センチ、900ページにも及ぶ超超超大作。手首がつらい…泣

当時は賛否両論あったそうです。まあ正直、私が審査員だったら「ノー!(意味:長い時間をモヤモヤした作品の読解に費やさせやがって)」って言うと思う。笑 ただ、見かけ倒しの駄作だったな…とかいう薄っぺらさ故ではなくて、むしろ逆。情報量も膨大で読むには気力と体力が必要です。世界観はきっちり作り込まれているし、この小説で何を実現したかったもしっかり伝わってくる。実験的小説としての目的は十分に達成されたとみて間違いありません。

…と、優等生的な感想はココまでにして本音を言うと、「上中下巻に分けるべきこのボリュームを1冊にまとめたのは、分けてしまったら中巻以降が全く売れないと踏んだからじゃないの?」って真面目に思っている。それくらい読む人を選ぶし、忍耐力を要求される作品です。少なくとも、「人生を変えた書」にこの本を挙げてみたり、「この本すっごいおもしろかった~」って言う人は絶対信頼しません。笑

 

主人公はライダーという老ピアニスト。ヨーロッパの小さな都市(おそらく故郷)に招待されて、数十年ぶり?に帰郷します。ライダーが招待された背景は、故郷の「危機」を救うため。世界的に有名なライダーが訪問することで、昔は音楽都市としてちょっとしたものだった街に変化をもたらすことを期待されての招待と思われますが…

と、全部に「おそらく」という言葉をくっつけたほうが良いくらい状況は判然としないし、結局その「危機」が何なのか、ライダーは何者なのか、最後まで読んでもわかりません。

一番最初に会話をしたのは、ポーターのグスタフというおじいさん。娘ゾフィーと孫のボリスについての一連の長話を聞かされた上、娘がふさぎこんでいるから話を聞いてやって欲しいと頼まれたりもする。イライラしながらも依頼を引き受けてゾフィーと話をするライダーでしたが、いつの間にやら、ゾフィーとボリスは妻子ということになっている。

う~ん、ここらへんで嫌な予感がしてくる。

遠い山なみの光」や「浮世の画家」などの、「事実から目を背け、自分を正当化しようとする人間の勘違いを一つ一つ検証していく系」の小説ではないということがわかる。

カズオ・イシグロの専売特許といえば「信頼できない語り手」ではありますが、妻なんだか息子なんだかもよくわかんなくなっているっていうのは不信感MAX。カズオ・イシグロ作品で堂々のナンバーワンです(自分調べ)。彼はきっと、おなじみの自己正当化に躍起になるオジサンなんかではく、他にもっと重要な役割を持っているオジサンなんだろう、と、開始60ページにして暗雲が立ちこめてきます。

個人的に、カズオ・イシグロ作品の中で苦手とする「私たちが孤児だったころ」「忘れられた巨人」系だとがっくりしたり。笑

 

普通ならここで解説を読んでみるだろうと思うけど、まぁ、ノーベル文学賞受賞者だし、もう少し頑張ってみようかって自分を奮い立たせて頑張ることにしますが、先に進まない感にイライラしてくる。

特に”不穏な感じ”を受けるのはこういうところ。

時間感覚がない

「木曜日の夕べ」というイベントに参加する予定だっていうことは伝わるんだけど、今日が何曜日か誰も教えてくれません。まだ先のようにも感じられるけど、ホテルの従業員はイベントの準備でずっと出ずっぱりという謎。

また、夜中にホテルに戻ったライダーは、ベッドに倒れ込んでそのまま寝ようとするのですが、迷惑なことに支配人から電話が。「今何してますか??」と平然と聞く支配人。ライダーが「ちょっと寝ようと思っている」と答えると「はぁ、こんな時間に??(半笑い)」というような対応をされ、結局ロビーに降りて行かざるを得なくなるなど。しかも、ロビーに降りるとまだ宵の口だったり…

ライダーは滞在中にたくさんの事をこなしているのに、時間がなかなか進まないんです。昼なのか夜なのか全然わからない上、自分が認識している時間と、周囲の時間が大きくずれている瞬間がたくさんある。大切な用事を、大寝坊して遅刻してしまうような不快感。

 

慇懃無礼な町の人

ライダー様!!誰もが彼をそう呼びます。

ライダーが町でVIP待遇なのは誰に目にも明らかなのですが、その割に「申し訳ないのですが…」と半分強制的にいろんなことを頼んでくる。予定があるのに他のことに引っ張り回されている間に、ライダーの時間感覚はどんどんゆがんでいきます。

ライダーはいつも疲れ切っているのに、全然寝かせてくれないし。世にも奇妙な物語の世界に迷い込んでしまったような気分になります。

 

扉を開けるとそこは…

滞在2日目、ライダーがカフェでボリスに甘いものを食べさせていると、これまた慇懃無礼なカメラマンにつかまり、電車に乗ってロケに出かけることになります…読者としては「子どもを一人で置き去りにするなんて!!とハラハラするのですがなんと、仕事を終えてドアを開けるとそこはボリスを置き去りにしたあのカフェだった。イリュージョン!!

こんなことばっかり続きます。ずっと遠くまで連れてこられてきて、そろそろ疲れたから帰ろう…と思ったらそこはホテルのロビーにつながる廊下だった…とか。

 

ここまでくると、カフカの「城」が嫌でも思い出されます。誰に教わるでもなく、この作品は「城」のオマージュ。超具体性に満ちた細々とした出来事・会話でもって「目的地に到達する」という目的を霞ませて読者を翻弄する様は、カフカの「城」そのものです。昔読んで、「なんじゃこれ」と投げ捨てた記憶のある「城」にこんな形で再会するとは!!

小説を書くにあたっては、登場人物の人格や生まれ育ち、それぞれの信念、舞台、目的…それらを明確にして読者に伝えるのが基本のキしょうが、これに真っ向対立。構想の段階でしっかり作り込んでいるかどうかは置いといて、これらの輪郭を意図的に滲ませたまま、不快感もそのままに1000ページも話を書き続けるその実力たるや!!すごい!

(良い意味で)変態!!!笑

 

ただ、こういう話は「終わらせ方」が最重要だと思っていて、終わり方については若干不満。この終わり方で良いのかな、っていうのは考え込んでしまいます。少なくとも「これは傑作だったんだ!!!」と太鼓判を押せるほどのすっきり感はなくて…。

身も蓋もない話をすると、「城」は未完だからこそ価値があったのでは…?なんて失礼なことを思ったりもする。

 

いろんな角度からテーマを見つけて好き放題論じることができそうなこの作品ですが、ジャンルとしてはブラック・ユーモア小説らしいです。

登場人物はみなのっぺらぼうで外見は思い描けませんが、彼らが語る文句はびっくりするほど人間くさくて生々しい。人間世界の面白さ(馬鹿らしさ)を誇張し、象徴的に描いた作品なのかも知れません。

・私は忙しいと言いながらどうでもいい用事を詰め込んでイライラしている

慇懃無礼な態度で他人の時間を奪う

・本質を忘れ日々の実際的な用事にばかり夢中になるところ

・何か大切なもの(自分の本当の人生)が他にあるはず、と日常のあれこれを雑に扱う

・いつも過去の何かを後悔している

・何かを達成しようとしても、結局うまくいかなくて悲しい

 

う~ん、刺さる!!笑

充たされざる者(The Unconsoled)とは誰のことなのかな…

 

話の流れなんてあってないようなものなので、一気に読もうとするのではなく、寝る前に30分ずつ読むくらいがちょうど良いのではないでしょうか。

 

おわり。

 

 

dandelion-67513.hateblo.jp

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あの銀英伝が帰ってきた!!!「銀河英雄伝説列伝1」

こんにちは。

10月30日発売のこちら、「銀河英雄伝説列伝1」

ずっと前から予約して楽しみにしていました。予想通り数日で読み終わってしまい、再度銀英伝ロスに陥っている今日この頃。2はいつ出るのかな…

「列伝」は、銀英伝を愛する作家が、思い思いに銀英伝の世界で物語を紡ぐという、公式トリビュート・アンソロジー田中芳樹監修です。

銀河英雄伝説列伝1 (創元SF文庫)

久々に読む銀英伝に、「ああ…ヤン(ラインハルト)が生きている…!!!」とうるうる。また正伝から読み直してみたくなりました。

この本の魅力は、「銀英伝に思い入れがある人向け」に書かれていること。マニア向けと言っても差し支えない。

よく、初めて読む人にも楽しめるようにと、設定や忘れられがちな登場人物をちょくちょく解説してあげるものもあるけれど、こちらはスパルタ系。

アッテンボローブラウンシュバイク公、アムリッツア会戦に、ナントカ星系…などなど、

わかるわかる~、けど、、、どんなエピソードがあったっけ???

ってなっているうちに置いていかれる。「銀英伝好きなら知っていて当然ですよね??いちいち話の腰を折らないでください」とでも言われてしまいそうな塩対応は、もはや快感。笑

 

■「龍神滝の皇帝陛下」 小川一水

ラインハルトとヒルダの新婚旅行のエピソード。新婚旅行中に予定されていた用事をキャンセルさせて、いきなり「釣りをする!」と言い出したラインハルトには、密かな計画があった…。

エミール・ゼッレを特別な存在として大切に思うラインハルトが、若干(かなり?)空回りしている姿が愛らしい。禿げ上がりそうな激務をこなすラインハルトの休日が、美しい自然の描写と相まってキラキラ輝いているのが素敵だし、その後起こる悲劇を思うと、つい泣きそうに…ラインハルト亡き後の銀河帝国の様子も知れて大満足。

 

■「士官学校生の恋」 石持浅海

ヤンが士官学校生だった頃に起きた友人の恋物語と、キャゼルヌ妻(当時は彼女)の推理が冴え渡る安楽椅子探偵的なストーリー。

ほっこり感まんさいの恋物語かと思いきや、その裏に隠されたきな臭い事件を「おかしいですね…」とニコニコしながら暴くキャゼルヌ妻。あのキャゼルヌが選んだ妻だから、さぞかし聡明な女性だろう、というところから着想した物語とのこと。

伏線の回収も鮮やかで、謎解きとしての構成も完璧!短編ならではの面白さがある(あと5本くらい同じテイストで読んでみたい)

 

■「ティエリー・ボナール最後の戦い」 小前亮

待ちに待った艦隊戦です!!!こういうアンソロジーは、ヤンやラインハルトの「オフ」のエピソードばっかりだろうと想定していましたが、ちゃんとこういう艦隊戦があるのは嬉しい。

あるとき、ハカヴィツ星系にある同盟の補給拠点が奇襲された。ハカヴィツ星系は帝国が通常は到達できない場所であるため、同盟は航路情報の漏洩を疑い調査に乗り出す。調査を命じられたペテルセン中将率いる艦隊がハカヴィツ系に到達してすぐ、第二の事件が起こる。この謎の事件、裏ではフェザーンが糸を引いているという、正伝にも出てきそうな超重厚なストーリーです。

死亡フラグをおっ立てまくるティエリー・ボナールの奮戦にハラハラドキドキしてください!

 

■「レナーテは語る」 太田忠司

推しのオーベルシュタインが登場して嬉しいこちら。オーベルシュタインが情報処理課にいた頃の女性部下とのエピソード(※艶っぽいわけない)

ある女性士官の死をオーベルシュタインとレナーテで追うという、ホームズとワトソンを意識したストーリー。

犬のために元帥が生肉を買いに走る&あの遺言…という、オーベルシュタインの株を上げた?2つのエピソードに絡めているのが最高!!!オーベルシュタインの生き生き?とした姿についついウルっときました。

オーベルシュタインって、正伝でも、最後に全部持って行った感があるよね。

 

他2作は、個人的にあんまり刺さらなかった感。

「星たちの舞台」

→ヤンを好きな女子ミルズがヤンを演劇(演じる側)に誘うというお話。「ヤンくん!」とヤンを呼ぶ度にくすぐったい…笑

「晴れあがる舞台」

→表題作。正伝にも外伝にも出てこなかった人達(英雄見習い)が新登場。

 

 

銀河英雄伝説事典 (創元SF文庫)

銀河英雄伝説事典 (創元SF文庫)

  • 発売日: 2018/03/22
  • メディア: 文庫
 

 

 

英伝ファンは一気読み必至。とりあえず「事典」を買って「2」までに復習の予定。

「2」がとにかく待ち遠しい…!!

おわり。

モスクワの伯爵

「モスクワの伯爵」

 

こんにちは。

サマーリーディングリストに入れておきながら、秋の夜長まで積ん読していました「モスクワの伯爵」

モスクワの伯爵

 

「チャーミングな伯爵のステイホーム生活」なんていう触れ込みでしたが、そんなに明るくはなくて、悲しい気持ちになります。やっぱりロシア小説、、、あなどれない。こちらも曇天系小説でした。

 

1922年のモスクワ。旧体制が崩壊したことで、それまで国を支配してきた貴族らは皆憂き目にあいます。銃殺された者、投獄された者…ストロフ伯爵は、生涯メトロポールのホテルから出てはいけない(出た瞬間に刑が執行される)という処分をくらい、ホテルの屋根裏で暮らすことに。とは言っても、お金は持っているので毎食優雅にレストラン(もしくは部屋食)でとり、好き放題ホテル内を歩き回り、想像したよりも自由に生活しています。

 

前評判なんかも参照した上で、辛い立場に置かれた伯爵が、なんとか気を確かに持ち、自分も周囲も幸せにしていく小説…というのを期待していました。数人のホテルマンとメイドとお友達的な存在と絆を深め合う的なまったり小説かと思いきや、冒険もあり、裏切りもあり…。ハラハラドキドキ。なんだかんだ言って、600ページ(!!)があっという間。

 

軟禁生活1日目。

伯爵は名付け親から得た、こんな教訓を思い出します。

不運は様々な形をとってあらわれる。自分の境遇の主人とならなければ、その人は一生境遇の奴隷となる。

 

この言葉は、今後の伯爵の生活にずーーーっと影響し続ける超重要な言葉。

今まで読みたかった本を読み、今まで通り人に親切にし、自分の人生を大切にしよう。彼はそんなことを決意するのです。

ストロフ氏は伯爵ということで、とてももてなし上手。ホテルマンやメイドは、変わらず伯爵を愛し続けます。王女さまに憧れる少女ニーナと仲良くなり、ともに下々の世界も知り始めます。

余談ですがニーナは、ホテルのいろんなところの鍵を持っていて、どこの部屋にも入り放題の謎少女。ホテルの裏側へ伯爵を連れ出しては、下働きの人の苦労にしつこく言及するあたり、もはや、伯爵にしか見えない妖精かなんかに見えてくる。笑 ここら辺はクリスマス・キャロルを意識しているんだと思うけど…

 

不便ではあるものの彼の生活はまあまあ許容できる感じで進んでいきますが、もちろんずっとそういう訳にはいかず、新体制の影響や戦争の影などで周囲は変わっていきます。

レストランで冷遇されたり、自分が透明人間のような気がしてきたり…そんな中ある女優と出会うのですが、彼女とのデート(ワンナイトラブ)は最悪の思い出に。

平民出の旧友は、伯爵の立ち位置を軽く飛び越え、今や時代の寵児。予定をドタキャンされたりもします。若い頃は自分が圧倒的優位に立っていたのに…もちろん伯爵は、良いところの出ということもあり、妬んだり、他人の不幸を願う気持ちはあまり持ち合わせていません。ただ、時々自らのそういう気持ちに気づいてしまい、尚更しょぼーん。

 

こうやって伯爵は、心が折れそうになる中「自分は変わらない」という決意を日々新たにしますが、変わっていく世界についていけません。それならばと自分も変わっていこうと思っても、ホテルから一歩も出られないんだから変われるわけもなく…。

いっそ他の国に追放したらどうか。新天地ならば新たな人生を始めることができようものの、それもできない…これは、新たな人生をはじめさせないという「罰」なんだろう。

なんてことを思う伯爵はやるせない気持ちでいっぱいになります。

悲しい時には悲しい過去が思い出されるのは人の性で、愛しの妹の身に起こった悲劇を思い返しては涙に暮れます。

 

ここで、200ページくらいのほっこり小説であれば、「それでも変わらない伯爵と、周りの人の絆」というところに着地させるのでしょうが、もちろんそんなわけはなく、600ページ分の葛藤や悲しみ、そしてささやかな喜びも見せてくれるのがこの本の魅力。

 

人は簡単に流されるし、恩は忘れても仇は忘れない…メトロポールのホテルという「定点」から、人を観察する面白み(哀しみ?)が8割、そして、混乱に紛れてなんとか今の状況を変えようとするとする冒険要素が2割。

良い意味でとても「現実的」な小説です。聖人君子みたいな奴が出てくることもなく、説教臭い奴もいない。それでも時々、ぱっと雲の切れ目から光が注ぐようなラッキーが訪れる。

 

切ない状況に置かれると、必ずといっていいほど、ドラマのようなどんでん返しを期待しがちですが、そういう状況は皆無で、誰も彼も、自分のことで手一杯。そんな簡単に倍返しできたら苦労しないわけで。自分を変えようと思ったら、部屋でじっとしているだけではなく賭けに出なければならないこともあるし、諦めるべき事もたくさん出てくる。

 

もちろん伯爵ですから、手にしているものは私たち平民よりも豊かで上質。だからといって、今まで手にしていたものを失う辛さは私たちと変わらない。「特権階級が私たちの地位まで降りてきただけだ」と言えば確かに小気味良い感じはしますが、一人の人間の悲しみにこうもスポットライトを当てられてしまっては、そうも言えなくて…特に先祖代々からの調度品を手放すシーンと、最期まで貴族であろうとした叔母のシーンは悲しくなりました。

微妙な状況に置かれながらも正気を保とうとする伯爵の後ろ姿にエールを送りたくなる。

 

ステイホームの参考にはならないと思いますが、自分の気持ちを一から立て直したい時には大いに勇気づけられると思います。

 

おわり。

 

 

 

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