はらぺこあおむしのぼうけん

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泣ける×いちいちかっこいい=やっぱりこういう小説はいい アステリア・マクリーン「女王陛下のユリシーズ号」

こんにちは。

アステリア・マクリーン「女王陛下のユリシーズ号」。映画化もされたようです。

ガンダムや銀英伝好きとしては、好きなジャンルの小説。ハッチとかタラップとかいう単語を聞いて、なんかかっこいい!と興奮する人にはたまりません。そして、泣けるよ~、めっちゃ泣く。デトックスしたい人にはススメの作品です。

ただ、ミリタリーオタクではないため、毎度毎度「え?巡洋艦駆逐艦って何が違うの?掃海艇とは?」となるし、名前が覚えにくい。ベントリーとヘンドリーとが同時に居合わせた時には嫌がらせかと思いました。(英語だとBentleyとHendlyで全然違うんだけど)

 
女王陛下のユリシーズ号 (ハヤカワ文庫 NV (7))

女王陛下のユリシーズ号 (ハヤカワ文庫 NV (7))

 

第二次世界大戦中の「援ソ船団」の話です。連合軍がソ連を支援するための物資を運ぶための船団。スコットランド北岸沖のスカパ・フローを発し、ロシア北西部ムルマンスクまでの約1週間。最初は30隻以上いたものの、悪天候とドイツ軍の攻撃により数を減らし、最後は片手で数えられるまでに。その中でも浮沈艦とか奇跡の船とか呼ばれていたユリシーズ号とその男たちの物語。

こんなシーンから始まります。「兵が疲れ切っている!」とキレる軍医と、意にも介さない軍本部の皆さんの不毛なやり取り。軍医は、前の任務が明けて時間も経っていないのに、また新たな任務を言い渡されたことに対し、正気じゃない!と怒っている。現に艦では反乱も起き、人死にも出ています。兵の体力や精神状態も限界。このままじゃまともにたどり着けないと。しかし本部は聞く耳持たず、「そんなこと言う軍医はチェンジでぇ~」とごり押しし、ユリシーズに援ソ物資の護衛を命じるヴィンセント・スター(英国海軍中尉:ホントこいつ最後まで最低)でありました。

 

ここで主要なメンバーを紹介します。

<艦でも、物語でも最重要クラスの方々>

ヴァレリー艦長:結核で死にそうな男。大量に吐血して血清を打っての繰り返し。病気を押して任務に出発します。宇宙戦艦ヤマト風。

ティンドル:戦隊司令官のご老人。我が強いが、若人の進言を受け入れるくらいの余裕はある。しかし、「俺は爺さんだからな!若いやつはすごいな!」と毒づくのはやめられない。

ターナー:副艦長。瀕死の艦長に代わり、艦長やティンドルの命令を遂行するために骨を折る、損な役回り。

カポック・キッド:航海長。カポック~はあだ名で、こういう名前がついているということでお察し、腕は確かだけど冗談好きで女好きな男。ニヤっと笑うと歯が欠けてそうなイメージ(あくまでもイメージです)。アンドルー・カーペンターっていうのが本名なんだけど、カーペンターっていう名前でも登場してきたりして、読者としては毎度毎度戸惑う。

ブルックス:軍医長。おそらくヴァレリー艦長に物申すことのできる唯一の人間。これも宇宙戦艦ヤマトを彷彿とさせる。

ニコルス:軍医。実務は彼が担っている。最後は医師がいない僚艦に移乗。ユリシーズの最期を見守る。医務室にいろんな薬品(アルコール的なもの)とか隠しているけど、最後のほうにはそれらを偉い人にくすねられ続ける。(医療用とか工業用のアルコールは絶対に飲んではいけませんよ!!)良心の塊みたいな人。

<物語の中で重要な役割をする人々>

ラルストン:一等水雷兵。快活で経験豊富、技術も確かな若者。同乗していた弟を反乱で亡くし、空爆で母と姉妹を亡くし、そして最後、父を命令により魚雷で撃ち、数日ですべての家族を失う。しかし、ふさぎ込むことなく、最後まで任務を全うする。

カースレイク:中尉。プライドとエリート意識の塊。ラルストンに恥をかかされたことを根に持ち、彼を殺そうとして返り討ちに合う。

イサートン:砲術長。彼の起こした事件と最期に泣く。

クライスラー兄弟:水測兵(兄)と伝令兵(弟)。

マクウェイター:18歳の調理担当兵。

ライリー、ピーターセン:機関員。

(ネタバレすると、ニコルスしか生き残りません。クライスラー兄、マクウェイター、ライリー、ピーターセンの4人は、散り際に見せ場がある。もちろん「コレ、泣かせにきてるな…」っていうのはわかるんだけども、泣きます。)

 

こんなメンバーで冬の北極海へ繰り出すわけなんですが、嫌がらせかと思うほどの悪天候、そしてドイツ軍のUボート(小型潜水艦のことらしいんだけど、写真見たら全然小型じゃない)の攻撃を受け、撤退や沈没で僚艦を失っていきます。何度も憎きヴィンセント・スター爺に打電して撤退のお伺いを立てるも、「ガンバレ!」「あとで応援部隊がいくからガンバレ!」と取り合わない。乗組員は何十時間も総員戦闘配備を強いられ、身も心もクタクタ。そんな中でのドラマ(っていうか簡単に言うと死にざま)がメインです。話の筋は単純明快なんだけど、とにかく涙が止まらない作品。

 

泣けるポイントはたくさんあります。

例えばイサートンの話。敵襲を受けた彼は、ポムポム砲(名前はサンリオのキャラのようにかわいいけど絶対かわいくない奴)を撃て!と命令します。本当は別の人の指示を待つ必要があったのですが、「責任は俺がとるからとにかく撃て!!!!」と命令。しかし、砲の中に詰め物がしてあるのを忘れたまま発射指示してしまったせいで、暴発が起き砲台ごと吹っ飛びます。死傷者は10人以上。艦付きの牧師も死なせてしまい、瀕死の艦長に水葬を取り仕切らせるという二重の苦しみ。責任を感じたイサートンは自室で拳銃自殺します。

他にもマクウェイターの死。彼は火の迫る弾薬庫で、消火のためにスプリンクラーを作動させます。しかしハッチは壊れて中から開けられず、避難することが叶いません。充満する水の中で仲間を抱きながら死んでいきます。ピーターセンも同様に、艦の底に閉じ込められた仲間のため、外から怪力でハッチを開け彼らを逃がし、その上、自分が艦底に入りハッチを閉めて死んでいきます。

…やっぱり言葉とか戦艦という舞台が独特過ぎて、一番泣けるシーンなのに上手に想像できないこちら2つのシーン。ということで簡単な基礎知識。大型船は沈没を防ぐため各部屋の気密性が高くなっており、浸水があると、損傷個所を遮蔽して艦へのダメージを最小限に抑えようとします。タイタニックでもあった気がするんだけど、閉じ込められて迫りくる水にあっぷあっぷするという、作中最も怖いシーン。マクウェイターもピーターセンもこういう亡くなり方をしたということです。

(物理的にも身分的にも)上のほうにいる方々は、ベッドの上で死ねるんですが、艦の底部分で働いている人々は閉じ込められたり、狭苦しい部屋で何が起きたかわからないまま死んでいくから、読んでいてしんどい。閉所恐怖症でもないのに、きつい!この圧迫感!!となりました。

 

さて、著者が何を伝えたかったかは今更知る由もないのですが、単純に、男気!とか自己犠牲の精神!とかいう言葉で片付けてはいけないと思います。特にイサートン。彼の不注意の遠因となったのは、寒さと睡眠不足であったことは言うまでもありません。マクウェイター、ピーターセンも、彼らが死を選んだ時点で、正気ではなかったと言えるでしょう。

改めて、冒頭のシーンの話。疲れ切った兵を連れて極寒の北極海に繰り出すのは無謀だ、という会話が思い出されます。その後も要所要所で、鼻の先が凍傷でやられる、とか、手の平がぐちゃぐちゃになった、という話が。敵影をレーダーで感知するたびに夜を徹して総員戦闘配備となります。配備が解除された後は、揺れる船室での数時間の雑魚寝ですから、疲れも取れない。そして食事は冷たいコンビーフ・サンドだけ。

こんな環境下で乗組員たちは、「辛いけどあとちょっと。頑張ろうな!!」なんて健全な精神と肉体を維持することができるわけなく、日々、心をやられる人が出てきます。「こんな待遇…反乱起こしてやろうぜ!」とか言っていた人も目がうつろになり、もはや全てを受け入れます。彼らがまともな精神状態ではないことを強く認識するのはこんなシーン。スカパ・フローを発して数日後、航海不能となった僚艦が離脱するのですが、「うらやましい」なんて思う人はいなかったと書かれています(離脱すれば生き残る確率が上がるが、そういう計算すらできない状態ということ)。誰もが今日を生きるのに必死。

そしてこのように、異常な空気に満たされた幽霊船と化しているユリシーズに対峙するのはドイツ軍。Uボートと呼ばれる小型の潜水艦やコンドル(戦闘機)で攻めてくるわけですが、統制されていて、レーダーで船団の位置を寸分たがわずとらえ、撤収のタイミングも絶妙。ユリシーズの乗組員(そして僚艦)は彼らに翻弄されます。

英伝にこんなシーンがあります。「この局面、必ず勝つにはどうすれば?」と聞くお偉いさんに、戦術家のヤン・ウェンリーは「6倍の兵力を維持し、無理のない補給線を確保すれば…」と答えます。そんな答えにお偉いさんは「そんな話をしているんじゃない。(もっとミラクルを起こす感じのやつちょうだい!!)」と苦い顔をする。ヤンは心の中で、「戦局を左右するのは、奇策でも士気の高さでも何でもなく、正しい戦術と整備と補給線だ…」なんて思う。なんでこのシーンを思い出したのかというと、ユリシーズを攻めるドイツ軍のパフォーマンスの高さは、ただただ、整備と補給のなせる業なんだろうなぁと感じたからです。ドイツ軍にも決死の行軍で兵のほとんどを失うとか、無能な上官とか、同じような物語はあると思うけど、このユリシーズの行軍においては、死にかけのスズメを鷹(コンドルだけにね!)が突っつきまわすというような構図でした。それもこれも、ヴィンセント・スターのせい!!!

戦争をテーマにした小説は、崇高な自己犠牲や、死をもって償う(無意味な)行為への賛美、仲間を大切に!というところに着地しがちなので個人的に嫌いです。個々の人間ドラマにフィーチャーして、小さい力が合わさって下支えされている国!みたいなところでお涙頂戴する、的な感じが無理!彼らの悲劇の根っこには、もっと大きな失策があるのに、そこは華麗にスルー。しかしこの小説は、整備や補給が満足に受けられない兵の極度のストレス、そしてそれに起因する精神の崩壊、また、ヴィンセント・スターへの糾弾がしっかり盛り込まれていて、より現実的だなと感じました。実は著者マクリーンは大戦中に海軍への従軍経験があるそうで。この小説から得られるメッセージは、全て彼が肌で感じたことなのかもなぁと思いました。

高校生の私が読んだならば、男の友情や自己犠牲に惹かれて、読書感想文に「かっこいいと思いました。明日から彼らを見習っていきたいと思います」とか書いちゃうと思うんだけど、そうじゃねぇよ、という。かっこいい男たちがいたというところは置いといて、戦争で先に死んでいくのは下っ端、そして少年たちからだっていうところ、軽く考えてはいけないな、と思いました。

クレームが恐ろしいこの世の中なので、全てのページの下部分に(※この行動は極寒の中満足な食事もできず何十時間も緊張状態を強いられた男たちの行動であり、通常の精神状態ではありませんのでご理解ご了承ください。良い子は真似しないでください)くらいは書いといたら?なんて思いました。

 

おわり。