はらぺこあおむしのぼうけん

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自分が母親に捨てられた理由を、自然の法則に求めようとする少女の姿に泣く。ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」

こんにちは。

 

ディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」

久々に、衝撃を受けた作品。本の紹介をしていると、結構軽々しく「衝撃の結末!」って言葉を使いがちなんですが、こちらはガチのやつ。残り1ページでこれかよ!!と読んで半日へこむレベル。2020年のベスト5には確実に食い込んでくるであろうこの小説、500ページものボリュームがあるのに一気読みしてしまいました。

ザリガニの鳴くところ

1969年、バークリー・コーヴという町の外れにある沼地で、2人の少年がチェイス・アンドルーズという男の遺体を発見します。運動神経抜群で華やかなチェイスは、子どもの頃から町の人気者。大人になってからは、町一番の美人と結婚し、ゆくゆくは両親の営む店を継ぐ予定でいました。死因は火の見櫓から落下したためと思われますが、果たしてそれは事故なのか事件なのか?捜査線上に「湿地の少女」と呼ばれる女性が浮かび上がります。

さて、時は1952年に遡ります。バークリー・コーヴから離れた湿地(荒地)で、カイアという7歳の女の子は家族に見捨てられ、一人で生きることを強いられました。燃料屋を営む黒人夫婦の施しを受けながら、彼女は成長していきます。兄ジョディの友人テイトから読み書きを教わることで彼女の世界はぐんと広がりましたが、テイトも大学進学と共にカイアの元を去り、彼女は拒絶と孤独だらけの悲しい子ども時代を過ごすこととなりました。

物語は1969年と1952年の2つの時間軸で交互に語られ、終盤に向かって交わっていくという構成。お察しの通り、「湿地の少女」とはカイアのことで、女に目がないチェイスとの因縁もあり、動機は十分。しかし、彼女には鉄壁のアリバイがありました。後半はカイアの裁判のシーンがメインで、ハラハラドキドキ。ミステリ要素も少女の感動の成長物語も、法廷サスペンスもてんこ盛りで、お得感半端ない。ぐいぐい読み進められます。

 

カイアの物語だけに焦点を当てると、とにかく泣ける物語。しかもハッピーエンド。殺人絡めんでもよくない?と真剣に思う。オビに、「最後のページを破りたい」とか書いてあったので、カイアの不幸を覚悟して読んではみましたが、彼女の人生は裁判を境に幸せな方向に向かっていきます。

耐えがたい孤独を感じ、自然だけを友として生きてきたカイアの言葉一つ一つが重い。母に、兄弟に、父に見捨てられ、そして最後にテイトにも去られた彼女は、ろくでもないことばかり考えているチェイスに惹かれていきます。体目当てだろうと思っていながらもつながりを断ち切れない自分を「寂しさとはそれ自体が意思を持っている」と客観的に眺め、最悪の形で捨てられた時「去られたことではなく、幾度もの拒絶によって自分の人生が決められてきたことが辛い」と泣くカイア。「愛はいつもどどまる理由にはなるけれど、去る理由にはならない」この言葉刺さる…。

 

カイアはテイトのお下がりの教科書や専門書を読み漁ります。特に心惹かれたのは動物の生態について。彼女は母に捨てられた理由を、子を見捨てることのある母キツネの習性に求めます。種の繁栄という原始的な衝動のせいで、そんな、現代にはそぐわない遺伝子のために母は私を捨てた、そう思うことで自分の心に折り合いをつけるのです。

ただこの小説、自然に育てられた少女の物語と見せかけて、実はカイアの成長は全て人と人との交わりの中で生まれたという建て付けなんです。テイトとの交流と別れ、寂しさを紛らすためのチェイスとの関係はもちろん、燃料屋ジャンピン一家との心温まる交流…。人との交わりの中で、笑い、喜び、時に怒り、涙する(カイアの少女時代は、怒りと涙ばかりだったけれど)。そんな感情の嵐の中でのみ、彼女は成長していきました。別れて以来二度と会うことのなかった母への理解が生まれたのも、チェイスから受けた暴力がきっかけでした。

唯一の友達である自然は、あくまでも「与えてくれるだけ」の存在であり、人としての成長を促す存在ではなかった。読後の余韻に浸りながら、一人で生きてきた女の子の成長を丁寧に追っていったら、「人は一人では生きられない」という結論が導き出されたことに思い至り、改めて涙。

 

著者は動物学者ということで、動物の生態について詳しく、雑学パートを読むのも面白いです。読む前に、「ディズマル湿地」と調べて画像検索するのがオススメ。本作品の舞台になった湿地だそうです。臨場感を得るためにも、湿地のイメージが頭にあったほうが100倍楽しめます。今度Google earthで散歩してみたいw

 

さいごにチェイス殺人事件の話をちょっと…

動物の生態を研究していたカイアは、雄は雌との交尾を行うために、自分を実態よりも大きく見せることが頻繁にあるということとを学びます。そういう「ちゃっかり野郎(ママ)」に、金があると見せかけて母との結婚にこぎつけた父や、結婚をちらつかせて体の関係を迫ったチェイスを重ね、憎しみを募らせていきました。「ちゃっかり野郎」への制裁は、ゴミ野郎に人生の美味しいところを奪われた母と娘の共同作業にも思えるんです。

肝心の事件の真相は…心して読みましょう。衝撃のラストに、半日持っていかれる覚悟でどうぞ!笑

 

おわり。