はらぺこあおむしのぼうけん

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人が人に命を預ける意味、人が人を命がけで助ける意味 コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」

こんにちは。

コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」

地下鉄道 (ハヤカワepi文庫)

2020年10月に文庫化されたばかりのこの作品。

ある奴隷少女コーラの逃亡劇を克明に記した小説なのですが、コーラの行く手を阻む残虐な追っ手の影がちらつき、ドキドキが止まらない!!

また、その逃亡劇の舞台は奴隷制の廃止より30年以上前のアメリカということで、逃げ切った先にバラ色の未来!なんてなるわけないのはわかりきっている。どうかコーラに、少しでも痛みも苦しみも屈辱もない未来を…なんて願わずにはいられません。

 

舞台は19世紀初頭のアメリカ。

農業を中心としていた南部は、奴隷を所有し、広大な土地を耕させていました。コーラの祖母は奴隷船で運ばれてきて、買われた先のランドル農園で亡くなります。コーラの母も、コーラもランドル農園の奴隷として生まれつきました。

ランドル農園は至って普通の農園。奴隷を死ぬまでこき使い、弱ったらどこかに売り飛ばす。逃亡を図った奴隷は見せしめとして残虐な方法で殺し、若い女の体は自由に使える。

奴隷がささやかな楽しみを享受していたある日の夜、事件が起こります。この事件はコーラに逃亡を決意させ、彼女は、シーザーという少年とともに逃亡を図ります。目指すは北部。

コーラ達は白人の地下鉄道の一員であるフレッチャー氏の助けを得て、サウス・カロライナまで到達しますが、ここで彼らは大きな誤算をします。もう自分たちを追う者は誰もいないと油断し、暮らしやすいこの地にずるずると留まってしまうのです。彼らは、奴隷狩りのリッジウェイに嗅ぎつけられましたが、間一髪、コーラだけが次の地に逃げおおせました。しかし、次の地でも彼女は居所を突き止められて…

彼女は無事に自由を手に入れられるのか、そして、因縁のリッジウェイとの直接対決の行方は…。

 

はじめに、タイトルの「地下鉄道」とは。

これは本当にあった秘密結社です。南部の奴隷を北部(またはカナダまで)逃がすこと使命とする秘密組織。奴隷制に反対する人たちが有志で組織しており、相当数の奴隷を逃がすことに成功しました。「車掌」、「積み荷」、「駅」、「経由」なんていう符牒を使ってやり取りし、徹底的な分業制を敷くことで、仮に誰かが捕まって拷問されても全てが漏れることがない、かなり大きな組織だったようです。

幼い頃、「昔は奴隷を逃がすために『地下鉄道』があった」と聞いた作者は、本当に地下に奴隷を逃がすための鉄道が走っていたら…?という空想に耽ったそうです。幼い頃からの空想が実を結んだのがこの小説。

奴隷制という事実と、彼らを地下にある鉄道を使って逃がすという空想が見事にマッチして、まるで本当にあった物語を読んでいるような感覚にさせられます。

 

この小説には、奴隷制度、黒人差別の歴史がありのままに書かれています。主人公にだって容赦しない。皆(特に黒人と黒人に手を貸した少数の白人)に等しく過酷な試練が用意されています。

黒人が奴隷とされて酷使されており、かつ、雇い主による虐待行為等が日常的にあったことは知っていましたが、黒人の手助けをした白人に対する見せしめ(絞首刑)も頻繁に行われていたのは初めて知りました。

「差別は良くないからやめよう!!」という単純な話ではなく、白人のコミュニティに、肌の色(当時は脳の容積等も違うと思われていた)が異なる人間が混じったことによる、恐怖・拒絶反応・そして白人コミュニティ内(ムラ社会)の同調圧力…そういった、差別の起こりが淡々と記されています。

 

この小説のテーマを私なりに解釈すると、「人が人に命を預け、人が人を命をかけて助けることの意味」です。

コーラを助けてくれた人は、一人を残して皆命を落とします。自分のために尽くしてくれた人が皆、奴隷制度の犠牲になって自分のもとを去ってしまう中、コーラは、自分がどうなれば彼らの恩に報いることができるか自問し続けます。それを彼女は「収支表」と呼び、自分の価値、自分の人生について考えを巡らし続けていくのです。

対して、コーラに手を貸した人の動機としては、もちろん使命感もあるのですが、「地下鉄道の活動に意味を見いだしていた父の意志を継いで」というのや、はたまた、「幼い頃から、未開の地の子ども達に教えを授けたいという夢があった」という斜め上からの回答もあったり、それぞれがそれぞれの思いを抱えており、必ずしも、目をキラキラさせたいわゆる純粋な動機というわけではない。

しかし実際に、100年以上前には、命がけの脱走をする奴隷がたくさんいて、それを命がけで助ける人もたくさんいた、その結果、何十万人もの命が救われたというのは紛れもない事実。そんな歴史上の真実に、ただただ圧倒され、惹き付けられてしまいました。

 

決してハッピーエンドではないし、とにかく理不尽で過酷な人生に暗くなる本。ただ、出会えて良かった。売らずに取っておきます。

 

おわり。