はらぺこあおむしのぼうけん

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超難解ではあるけど、格闘する価値はアリ。231ページからが本番です!「ソロモンの歌」トニ・モリスン

こんにちは。

 

…100ページ弱まで読んでおもしろくなかった本、捨てるべきか、おもしろくなるのを待って読み続けるべきか、それが問題だ。

それっぽく言ってみましたが、格言でも何でもなく、私の日々の悩み事です。笑 本の虫あるあるかもしれませんが、みなさんどんなもんでしょう?私はポイする派ですが、この本!なんと、231ページを過ぎてからやっと面白くなってくるんです!

ノーベル賞作家というネームバリュー、オバマ元大統領が人生最高の書と挙げているという前評判、そして、結構高かった(1500円)というプレッシャーを感じながら意地になって読み進めていたら、なんと、231ページにして道が開けたという…!まずはこのことに感動してしまいました。読み続けるという選択をしてよかった…!

 

ソロモンの歌 (ハヤカワepi文庫)

 

時は1930年代~アメリカ。物心ついてからも母の乳を飲んでいた(飲まされていた)せいでミルクマンとあだ名された男の子が主人公です。

彼の母ルースは、その地域で愛されていた医師の娘。メイコンという夫をもち、2人の女の子(ミルクマンから見たら姉)と1人の息子に恵まれました。メイコンは実業家で成り上がり。若い頃から人に尊敬され、不自由なく暮らしてきた義父とは反目していました。夫婦仲は悪く、母が殴られることもしばしば。ミルクマンは、メイコンの妹で、密造酒を作って生計を立てているパイロットや、彼女の周りの人たちと親しくなることで、家庭での寂しさを紛らしていました。

ミルクマンが10代後半になったある日、母を殴った父を殴り返したミルクマンに父は、母の秘密を聞かせるのです。そこから母を憎む日々が始まりました。数年後、母の不倫現場を押さえようと母を尾行したミルクマンは、母から真実を知らされ、しだいに自分のルーツに興味を持つようになります。

と、ここらへんで231ページ。こっからがめちゃめちゃ面白い!

 

読みにくい理由はいくつかありますが、まずは話があちこち飛ぶところと、こまごましたエピソードが乱立しているところ。しかも、読んでいて気持ちのいいエピソード(情景)でもなくて…。人の肌が湿っている様を溶けた砂糖に例えたり、ブドウの汁が手についてそれが青い筋になって服に垂れるという様子とか、生々しく、においまで漂ってきそうな鮮かさで描かれるから、読み進めようにも躊躇してしまう。

そして最大の読みにくいポイントは、「かなり先になるまで、ミルクマンの声(言葉)が聞こえない」というところ。セリフはいくつかあるものの、彼の「思考」としてそれらしいものが提示されるのは、

この世で知っていることは全て、他人から聞かされたこと

と、

自分が他の人間の行動や憎しみを受け入れる、ゴミ箱でもあるような気がした

という言葉によってです。

これはおそらく、ミルクマンの成長の表現であり、親に対して抱き続けてきた幻想が消えた象徴的なシーンなのでしょう。幼い子は、親の作った世界を「絶対」と思って生きています。親の言うことが最も正しい。親は良き人間であり、最も正しい愛を自分に注いでいる…。しかし、「それは違った」と気付いたその時、ミルクマンは自分の家族を客観的に評価するようになるのです。ミルクマンが客観的な視点を持った231ページ以降、読者もいろいろ客観的に判断するための素材を与えられるという構成になっている。

…だから読みにくかったのか!

 

ミルクマンが父を殴った日、父が息子に語ったことは、母の淫らな一面でした。その後のストーリーは、やや父の言葉を裏付けるような展開で、読者としてもそれを信じてしまう恰好になります。しかし、そこからまた何十ページも先、母の話を聞くと実は違ったということが判明する。

ただ、問題は父と母どっちが正しいかってことじゃなくて、父も母も、息子にそんなプライベートなこと聞かせる必要ある?っていうところが大問題だし、それ以上に一番根が深いと思うのは、母が息子に語った「私があなたにどんな悪いことをしたというの?」という呪縛の言葉。母から見たらそうだろうけど、他人から見ると、大きくなるまでおっぱい吸わせてたところとか、「20歳を過ぎたころから夫に抱かれなくなって辛かった」と息子に語ってしまうあたり、控えめに言っても、「ギルティ!」ってなる。

息子を「玩具」として扱ってしまう悪。それは夫に愛されないことに起因する愛着障害だと思いますが、ルースの行動や発言全てに迫力がありすぎて、何も言えなくなります。愛と憎しみと執着と嫉妬…荒々しい感情の渦に、読んでいるこっちまで胸が痛くなる。そして、こういうテーマを扱った際にありがちな「明確な決着がつかない」というモヤモヤは健在です。

 

さて、トニ・モリスンが高く評価されているのは、人種差別という社会課題に正面切って取り組んだところです。ここからは人種差別パート。

ミルクマンには、ギターという友人がいました。彼は、黒人が殺されるたびに白人を殺す「七曜日」という秘密結社(秘密結社!!!)に所属し、残虐な犯行に手を染めています。本人は、怒りや憎しみではなく、「ただ数をそろえるだけだから」と称し、活動しています。「人種差別」というテーマにのみついていうと、若干わかりやすいコメントをしてくれるのはギターとなりますが、それ以上に、人種差別が根付いた社会で生きることの実態を描いたという点も、この小説が評価されている理由だと思います。

例えば、商業施設でよくある「〇〇人目のお客様!」というイベント。本来なら黒人少女だったものの、彼女をスルーし、次に来た白人を選んだ、という話。黒人が使えるトイレはあそことあそこ…という自然な発言。そして、黒人が狙われた殺人事件に対する地元警察の対応などなど…そこに、「南部は」「北部は」という言葉もついてくるので、歴史的な背景に詳しくないと置いてきぼりを食らいます。

ただ、差別の根っこが大変複雑であるということは、すごくわかる。差別されているから可哀想。守ってあげよう!という単純な図式ではない。白人に家を貸している黒人もいる、子どもを育てるにあたり、黒人に対する差別発言を聞かせまいと配慮する母親もいたりする。差別を悪いことと思っている人もいれば、悪いことと思っていない人もいる。そういう人たちが一つのコミュニティで暮らし、差別が普通のこととして浸透している。間違っても「差別ってダメだよね」「差別されている人って可哀想だよね」というコメントなんかできないレベル。

 

 

トニ・モリスンの作品。「青い眼がほしい」は既読ですが、正直、「読み続けるのが苦痛になる瞬間があるくらい難しい!」というのが本音。共感できる部分は少ないし、むせかえりそうになる生々しさもある。ただ、やはり理解しようと格闘する価値はあるかな~、、、と、思わないこともない(弱気。笑)

 

あとは彼女の魅力というと、とにかくぽっと出てくる言葉が深イイ!ところ。

例えば、「雪崩をヘリから眺める救助隊員は『これは自然現象だな』と思うけど、実際に雪崩が直撃した人間は、これは自分を狙っている(自分だけに向けられた悪だ)と感じる。悲劇もそれと同じ」というような言葉。これは…!!!と、はっとしました。

 

まあ、1年に1冊格闘するくらいでちょうどよいかな…。

いつか「ビラヴド」を読んでみたいんだけど、なかなか手に入らないです。

 

おわり。

 

 

dandelion-67513.hateblo.jp

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