はらぺこあおむしのぼうけん

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大切な人の過ちを、どこまで裁けるか ジョン・ハート「ラスト・チャイルド」

こんにちは。

 

海外ミステリ分野で高い評価を受けているということで期待して読んでみました、

ジョン・ハート「ラスト・チャイルド」

ラスト・チャイルド(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

私は初めましてだったのですが、解説を読んでみると「日本でもまぁよく売れて…」なんていうことだったので、実はミステリ界の大御所で、紹介してみたところで「今更!?」感満載なのかも知れませんが気にしない。笑

 

舞台はアメリカの田舎町。ジョニー・メリモンという男の子が主人公です。彼の双子の妹アリッサは1年前に行方不明になり、それから彼の人生は一変します。妹を迎えに行かなかったことについて、父を許すことができなかった母。いつの間にか、父は出て行ってしまいました。父の不在につけ込み、家に入り浸るようになった男、ケン・ホロウェイはかなりのくせ者。母を薬漬けにし(母が薬を捨ててもまた新しいのものテーブルの上に置いておくという手の込みよう)、母とジョニーに暴力を振るい束縛します。

少しでも母を休ませるために、ケンの家に石を投げ入れて防犯アラートを鳴らすなど(ケンが母の部屋で何をしているかはお察しかと思いますが、お楽しみ中のケンも、自宅でセ◯ムが発動したら一時的にでも家に帰らざるを得ないですよね)、とにかく健気なジョーに泣けてくる。

正気を保つことをやめた母、アリッサの生存を諦めている周囲の大人たちの中で、ジョニーだけは妹の救出を諦めてはいませんでした。警察も真っ青になるくらい詳細に書き込まれた近所の小児性愛者リストを持ち歩いては、毎日怪しい人の家を見回っています。

 

そんなある日、物語が動き始めます。

「あの女の子を見つけた・・・」

学校をサボって昼寝をしていたジョニーの前に瀕死の男があらわれ、そう言って事切れたのです。「アリッサが見つかった!!」期待に胸膨らませて家に戻ったジョニーを待ち受けていたのは、「同級生が誘拐された」という思いもよらぬ知らせでした。

町の大人の注意が、もう一人の失踪した少女ティファニー・ショア捜索に向く中、ジョニーだけは、見つかった女の子はアリッサだと信じ、独自で捜索しようとします。

同じくアリッサの事件に夢中になっていることで鼻つまみ者扱いされている刑事ハントが手を貸し(といっても喧嘩ばかりだけど)、回り道をしながらも着実に事件の真相に近づいていきます。

 

自分に注がれるはずだった愛も何もかもを犠牲にして母を思いやるジョニーと、娘を奪われて完全に崩壊した母。それでも残っている絆のようなものを必死にかき集めて、形にしようとしている母と息子を見ていると、こんな切ない物語を黙々と読んでいる自分が悪趣味に思えてくるし、それ以上に、周囲の無関心(関心はすごいあるんだろうけど)による彼らの孤独を見ると悲しくなってくる。

 

世の中皆、「平穏無事な毎日」を祈って生きています。時にそんな毎日のありがたさを忘れて「困難な道をあえて求めること」を賞賛する動きもありますが(もちろんそんな人が求めているのはインスタ映えするような困難であって『父も妹も失って廃人同然の母を抱えて生きる』ような人生ではないけれど)、そんなこと願っていなくても、そんなつもりは全然なくても、ある日突然悲劇の渦に巻き込まれることはあり得るわけです。

ただ、そんな悲劇に巻き込まれ打ちのめされたとしても、「神は乗り越えられない試練は与えない」という無神経な言葉をかけられるのが関の山。ほとんどの人は、「あの人イカレちゃったね」と言って終了。

 

地獄を見せられて「あっち側の世界」に行ってしまうと、平穏無事な毎日を当たり前のように享受していた「こっち側の世界」にはもう戻れない。少なくとも「こっち側の世界」の人が全力で引っ張りいれてくれるようなことは期待できなくて、まるで動物園のオリの生き物のように見世物にされてしまう。

「都会と違って人間関係があったかい(ハート)」と言われる古き良き田舎町で、ジョニー達を優しく気遣ってくれる人なんてわずか2、3人。ハント刑事に親友のジャック…。ジョニーの母キャサリンも、ジョニーも彼らに辛く当たってしまいますが、彼らは根気強くジョニー達に向き合います。

あー、こういうかけがえのない人間関係が彼らを救済に導くのか…と思ったら甘い!!最後の最後にどんでん返し。これでもかと辛い事実を突きつけられます。

 

この物語のテーマは「罪」と「赦し」です。

「赦し」とは少なくとも、妹を奪った人間への黒い感情に心をかき乱されず、起きてしまった事件を何とかやり過ごし、前を向いて生きていけること。これに、妹を返してくれることもなく黙ったままの神をどう信じ続けるか、という信仰という問題も関わってくる。

十分辛い思いをしてきた被害者でありながらもなお、平穏無事とはほど遠い生活、少なくとも「イカれてる」と言われないようにするために、赦しという苦痛を伴うイベントを乗り越えなければならないジョニー達…苦しみは計り知れません。

 

そしてもし、赦すべき罪が悪意でなく故意によるものだったら…?もし犯人がそれを死ぬほど悔いていたとしたら、どこに怒りをもっていけば良いのだろう。凶悪犯を憎むのと、どっちが切ないんだろう。

凶悪犯に対しては「※$♯*×~!!」と呪詛の言葉を投げつけておけば良いけど、大切な人が過ちを犯したとき、それをどこまで裁けるか…

という大変切ない物語。

 

ただ、この物語、「赦し」をテーマにする反面、悪い奴は全部殺られちゃうんです。

そういう趣は悪くないんじゃない??と、私は大変好感を持ちました。胸くそ悪い事件ばかりの世の中、せめてフィクションの中ではこういう輩は裁かれても良いと思う。

いやこれはまた…いさぎいいよ!!うん!悪くない!!となった次第です。笑

 

どうして「ラスト・チャイルド」か、というと、「残りのひとり」という意味だから。母にとって唯一残ったものジョニーと、母の再出発の物語に泣かされました。

立ち上がりからグイグイ読ませるスピード感に加えて、田舎町と少年の成長というテーマは、ベスト・泣けるミステリ・オブ・ザ・イヤー2020(私設)を受賞した「ありふれた祈り」に近くて、2021年の5本指に入るのでは…?(気が早い)というくらい好きな作品。

 

親の心子知らず、とは言うけれど、子の心も親知らずなのも大概。母親としても襟を正される思いでした。

「私は良い母親?」と自らに問うキャサリン。良い親というものは子ども人生を邪魔しないものです。最低限、いること、暴力や薬から遠ざけること、服を清潔に保つこと、飯食わせること、お金があること…など条件は意外と厳しくて。でも、できねぇもんはできねぇんだよ、っていうもどかしさを抱えて自暴自棄になるキャサリンと、どこまでも思いやりのあるジョニー。

子どもがダメ親に盲目的に尽くすという哀れなケースもあるけれど、ジョニーの場合はきっと、今まで受けてきた愛をそのまま返しているだけだと思います。この二人に幸あらんことを。

 

犯人捜しという観点からも夢中になれるので、ミステリとしても一級品です。アリッサ・メリモン失踪事件をきっかけに変わった人(事)をリストアップしていくと…探偵気分が味わえる。面白すぎて1日で読み終わってしまいました。

 

ジョン・ハートさんは初めてでしたが、複数の作品が出ている模様。ハヤカワ・ミステリあなどれん。どんどん読みたいと思います。

解説者が出会って良かった本に挙げている「川は静かに流れ」から手始めに。

 

 

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

おわり

 

 

dandelion-67513.hateblo.jp