はらぺこあおむしのぼうけん

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謎の結社に絡む謎の出来事の秘密を暴く…「赤毛同盟」の詰め合わせ風味 チェスタトン「奇商クラブ」

こんにちは。

チェスタトン「奇商クラブ」

奇商クラブ【新訳版】 (創元推理文庫)

以前、とんでもないオチにやられたチェスタトン作品のリベンジ。「木曜日だった男」で受けた印象が最悪でしたから、「木曜日~の借りを返してもらいに来たぜ。次はないからな」という上から目線で読んでみました。

dandelion-67513.hateblo.jp

 

前回同様、秘密結社がテーマの作品。秘密結社や地下活動って憧れますよね。小学生の時にアールズレボリューションRSR (講談社コミックスなかよし)という漫画が局所的に大流行しました。これも学園内の秘密結社の話なんですが、それから約20年…いまだに憧れ続けている秘密結社です。

ロンドンにある「前例のない独創的な商いをしている者だけが入会を許されるクラブ「奇商クラブ」をめぐるお話。「木曜日~」のように結社の中で男たちがやり合う話かと思いきや、そうではありません。奇商クラブに入会できなさそうな中高年3人組が、クラブにまつわる奇妙な出来事を謎解き、暇つぶしをするという趣。

というわけで、ロンドン版ズッコケ3人組は以下の通り。

一人目は主人公のスウィンバーンという男。自分のことはほとんど語りませんが、おそらく金と時間を持て余した中年。そして、彼の親友バジル・グラント。彼は有名な判事でしたが、ある時、発狂したことで公職を辞しました。その後は暗く狭い部屋でゴロゴロ、のらくらしています(部屋が狭いのは金がないわけでなく、本に埋もれているだけ)。最後は、ルーパート・グラント。バジルの弟の素人探偵。いうなれば皆、働く気のない準ニート3人組です。

バジルは安楽椅子探偵風(歩き回っているけど)で、相談者の話を聞いて謎を解く人物。そういう意味で、バジルはホームズみたいな立ち位置なのですが、スウィンバーンもルーパートも、鋭くもなく気も利かないボンクラで、到底ワトソンとは呼べない代物。二人合わせても0.8人力くらいなので、ただのガヤですね。

変な出来事をつぶさに観察して、まぁ納得できるような答えを提示するテイストは、「赤毛同盟」を彷彿とさせます。例えば牧師が「殺されるかもしれない」と家に飛び込んでくる。ある家を訪問したら老嬢に扮した男たちに脅されて、自分も女装を強要されたとのこと。途中で逃げだしてきたが、何らかの犯罪に関わった以上、命を狙われるだろうから助けてくれ、という話(『牧師さんがやってきた恐るべき理由』)。他には、家宅周旋人と友人の諍い。彼らは、家の色のことで折り合いがつかない。友人は家を緑にしたいのだという。なぜ緑なのか?の問いかけに家宅周旋人は「そりゃあ、目立たないためでしょうが…」と回答する。「この世のどこに、緑の家が目立たない場所なんてあるというのか!?」という謎から始まる冒険(『家宅周旋人の突飛な投資』)。

こういう奇妙な出来事と、この世にまだ存在しない職業を結び付ることで解決に至るというところが、この物語のみどころです。また、3人の暇っぷりもツボで、「町をぶらぶらしていたら、売り物の牛乳がこぼれるのもかまわずに速足で歩いている牛乳売りを見かけて、『コイツは訳ありだな。どこで立ち止まるか見てみよう』と牛乳売りをツケていると謎に遭遇する」という小学生男子並みの好奇心にニヤニヤが止まらない。タイトルも、『ブラウン少佐の途轍もない冒険』や『老婦人の風変わりな幽棲』など、そそられます。物語の最後には、バジル・ブラント発狂の理由も明かされ、締め方も見事!

 

物語の舞台設定にも、興味深いものがあります。

19世紀末~の霧の町ロンドン。おそらくロンドンの中心部が急激に栄えている時代。ぼつぼつと無秩序に高い建物が建っていく中、忘れられた地域は貧民街になっていたようです。

「家の上に家を重ねて空間を節約するとか馬鹿らしい」というぼやきから始まるこの物語は、ロンドンという町の「混沌と錯綜」の中にはどんなものが棲んでいてもおかしくないと、秘密結社の存在を匂わせます。そんな「薄暗い巨大な蜂の巣」の中には、「奇商クラブ」という看板があっても「見知らぬ人間暗殺会社」という看板があっても、何の違和感もないのだ、という魅力的なプロローグ。

解説にも、「ロンドンにある一軒の家や一つの部屋では、どんな不可解なことが起こっても不思議ではない」とあり、同じような時代&舞台の作品として、リチャード・ハーティング・デイヴィスの「霧の夜」(未邦訳?)と、スティーブンスンの「自殺クラブ」が挙げられていました。「自殺クラブ」読んでみたい~!

 

と、結構満足ではあったのですが、一つ文句を言うならば…(以下、ネタバレ含む)

そもそもの「奇商」の作りこみが甘くない??

という文句があります(重大クレームw)。

冒頭、「前例のない独創的な商いで活計(たっき)を立てること」という入会の条件について説明され、簡単には入れねぇよ、と煽るわけです。その条件とは以下の2つ。

①既存の商売の応用ではいけない(火災保険の要領で、犬にズボンをかまれたときの修理代補償みたいなのはノー)

②その商売で食べていける(副業ではいけない。それで生計を立てている)

 

では、実際に出てきた職業見て行きますよ!(!!ネタバレ注意!!)

1.有)冒険とロマンス代理店

内容:刺激が欲しい金持ちから依頼を受けて夢のような冒険を提供する

既存の応用でない:★★★★★

食べていける:★★★★★ (※冒険の仕掛けも凝っていてかなり金かかってるぽい)

2.会話応酬世話人

内容:口下手の人の依頼を受け、パーティーで会話がうまくいくようにアシスト

既存の応用ではない:★★☆☆☆

食べていける:★☆☆☆☆

3.職業的引き留め屋

内容:飲み会の参加者が2人だけになってしまうというハプニングを利用して意中の女性を口説きたい人から依頼を受け、飲み会に欠席してほしい人のもとに突撃して予定をドタキャンさせる

既存の応用ではない:★★☆☆☆

食べていける:★☆☆☆☆

4.木の上で暮らす家専門の家宅周旋人

既存の応用ではない:★★★☆☆

食べていける:★★★★☆ (※その手のマニアがいるらしい)

5.新しい言語を作る人

既存の応用ではない:?????

食べていける:?????

 

まず、「既存の応用ではない」というポイントからいきます。

2、3は便利屋っぽい業態ですし、4については家宅周旋人の応用にも見えるので微妙。まぁ、様々な商売がある今と比較するから見方がシビアになるだけなのかもしれませんが、当時も泣き女とかはいたわけですし、便利屋のような商売は昔のほうが融通が利いたような気がする。ただ、専業として成り立っている点においては評価する必要があります。

次に、「生計を立てている」というポイント。

一応、皆さん専業でやっているし、それなりに食べていけているようですが、すごく重要な視点が抜けています。それは、「結社遊びができるかどうか」という点。1の超富裕層相手の商売人と、マニア向け商売の4もオマケで含めてあげるとして、この2名以外は、秘密結社に参加して豪華なディナーを食べ、プカプカ葉巻を吹かしている場合ではない様子。

奇商クラブは職業組合ではないので、ただただ金持ちの道楽です。有り余る時間とお金がないと参加はできないはずですが、2、3については便利屋の派生ということで、1回の依頼で大した額はもらえていないだろうに、結社遊びはできるのか?便利屋にアシストさせたことをネタに依頼人をゆすっているとしか思えないw

あと、さりげなくなかったことにした「新しい言語を作る人」の話も一応。彼は文化人類学者でナントカ族という種族の研究に夢中になった変人。「踊りで気持ちを伝える」という新言語の開発に夢中です。バジルの尊敬する友人ということで丁重に扱われていますが、完全に腫れ物扱い。そもそも食べていけてないし。

 

と、煽った割には微妙なお仕事図鑑でした。物語は引き留め屋がピークで、それ以降はすっきりしない終わり方です。そもそもの「奇商」がイマイチという物語の根幹を揺るがす問題がありますが、うーーーん、どうでしょう。笑

解説によると、同じ奇商シリーズで「背信の塔」と「驕りの木」の2作が新訳で生まれ変わる予定(もう終わっていると思うけど)だそう。こっちには面白い職業があるのかなぁ?

 

おわり。