はらぺこあおむしのぼうけん

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流し読み「ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29」ジェイ・ルービン著 村上春樹序文

こんにちは。

 

最近半沢直樹が流行りすぎていて、担当者会議なんかしようもんなら、とりあえず「タスクフォース」って言いたがるなどする今日この頃です。笑

個人的には前作のほうが好きでした。今作は視聴者サービスなのか、1話1倍返しを毎度入れ込むお祭り状態。最初の15分で、今回はコイツがやられるんだな~、とわかってしまう。安心して見れる反面、倍返しの価値は半減以下。1話1話の視聴者満足度を上げるために見せ場を毎回用意した結果、大局を見失ったなという印象。大和田の「木を見て森を見ずぅ!」って言葉をスタッフにも聞かせてあげたい。笑

 

さて今回は、「ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29」

ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29

こちらは、アメリカの出版社ペンギン・ブックスが日本の短編を選定し、英訳した「The Penguin Book of Japanese Short Stories」の日本版です。つまりペンギン・ブックスに選ばれた日本の短編を日本で改めて編集し直したもの。

アメリカ人が選んだ日本の名短編」と言われれば、「どうせ教科書に載ってたアレとかコレとかだろ」「蜘蛛の糸とか舞姫は堅いでしょ」ってなると思うのですが、ぜんっぜん違う!ほぼほぼハジメマシテの作品ばかりでびっくりします。しかも最近の作品まで網羅されていたり。そしてそれ以上にすげぇなって思うのは、三島由紀夫永井荷風森鴎外などは予想通り登場はしているけど、「え?そんな作品ありました?」っていうマニアックな作品がチョイスされているところ。

序文を寄稿した村上春樹ですら、「ほとんどが初めてだった」というほどのニッチさ。つまり、教科書的な選定ではないっていうこと。日本文学の転換点となった作品でもなければ、〇〇派を象徴するような作品、っていうのではなく、ただただ編者のジェイ・ルービン氏(村上春樹作品の英訳を多く手掛ける)が何らかの意図をもって選んだ作品集。

「どうして選ばれたのかな~?」なんて考えながら読むのは楽しい時間でしたが、じっくり読みこんだ結果、「なんか、流し読みで十分だったな」ということが判明。チョイスの意図がわからないのはまだ許せるけど、これは面白い!ってものがほとんどなかった。抽象的だったり、観念的だったり、また、エロかったりグロテスクな話や悲しい話が多め。残念ですが編者連と分かり合うことは諦め、「フツウに面白い」作品を求めていた私のオススメ作品を紹介したいと思います。

 

①大庭みな子「山姥の微笑」

山姥に出会った男が、山姥に「今オマエこういうこと考えてただろう」と言い当てられるシーンから始まる。人の心を読めるとされる山姥は、町で普通に生きるのが幸せなのか、山で恐れられて生きるのが幸せなのか。人間の社会で生きる山姥はどんな悲しみを抱えているんだろう。という仮定で、町で生きる山姥の人生を描いた作品。

「人の心を読めるパワー」…こんなのあったら、男だったら出世コースを突き進みブイブイいわせてるんだろうけど、そんなパワーを発揮する場面なんて一度もなく、夫の前で、娘の前でオドオドして終わってしまう人生。フェミニストとしての彼女のメッセージが込められているそうです。

 

三島由紀夫憂国

2・26事件の後に自決した夫婦の話。血の色と白い着物の対比とか、そういう表現がめっちゃくちゃきれい。「美」という言葉がふさわしいこの短編。

ただ、オススメポイントはそこではありません。自決への想い、それにつき従う妻、夫婦愛…美しさMAXで完成された小説を、これぞ日本の美!と褒めれば良いのか、現実からかけ離れすぎていてどうなん?と批判的に見るのが良いのか、モヤモヤしてきます。読めば読むほど強まる、”なんだかなぁ”感。

これを、村上春樹が序文で、

一つの想念を文学として純化させることと、想念を行為として純化させることの間にはきわめて大きな違いがある。

一言でばっさり切ってくれる。「ああ…」とつい声が漏れてしまう、この、一粒で二度おいしい感を味わってほしい!

 

③澤西祐典「砂糖で満ちてゆく」

皮膚が砂糖に変わっていってしまう難病に罹った母と、それを介護する娘の物語。とりたてて仲が良いわけではなかった母娘の最後の日々にじーんとくる。ドラマや小説など、多くの作品は看取りのその瞬間に一番のアツい見せ場を作って終了させがちですが、実際の介護の日々は長く不安で単調で、不快になることも、イライラすることもたくさん。逆に、ひそやかで冷たく穏やかなのが死。そこらへんの描写が、リアリティあってぐっと来ました。

ただ、どんでん返しが待っていて、読後感は「恐怖!」の一言。ポーっぽいから選ばれたのかな?と、選定の理由が何となくわかるこの作品。

 

津島佑子「焔」

太宰治の娘、津島佑子の作品です。

近所で葬式ばかりが続くということで何か不安な気持ちになる「私」。身の回りで起きる死を自分のせいのように感じてしまう。怖い夢を見る…など、とりとめのないエピソードをまとめたエッセイ風。わざわざ世の中の暗い部分にアンテナをピンと張っている女の心の中を覗き見るという趣で、読んでいるとちょっと怖くなってくる。そこが魅力。

 

小川洋子『物理の館物語』

一番好きなのがこちら!

本の編集者の男が、定年退職したその夜、自分が手掛けた本を振り返る。思い出されるのは、近所にあった「物理の館」という怪しげな研究所跡地で暮らしていた奇妙な女とのかかわりあった幼い頃。動物の死…ジメジメした沼地…動物を埋めた場所に生えてきた変なキノコ…小川洋子お得意の気持ち悪い小道具がたくさん出てきてゾーっとするんだけど、読後感は温かみがあって好き。

 

 

ただ、この本いちばんのウリは、村上春樹による序文でしょう!著者の紹介と読むポイントを簡単に説明しながら、日本文学史をざっくり説明してくれる。「切腹からメルトダウンまで」っていうタイトルもオツ。

すごく勉強になるし、これを読んだだけで、29の短編をぜーーんぶ読んだ気にもなれるお得感です。笑

ちなみに、「MONKEY」の2019年春号には、何らかのよしみで、この序文が全部引用されているという太っ腹です(おまけに刊行記念のジェイ氏と柴田元幸氏の対談も収録されている)。序文だけでも読んでみるのはいかがでしょうか。

MONKEY vol.17 哲学へ

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  • 発売日: 2019/02/15
  • メディア: 雑誌
 

 

 

 おわり。