はらぺこあおむしのぼうけん

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主人公夫婦以外はみんな好き!読み終わるのを切なく感じた超大作。 ジョン・スタインベック「エデンの東」前半戦

こんにちは。

 

ジョン・スタインベックエデンの東

映画も超有名だけど、おそらく原作も有名。BEST AMERICAN BOOKSにもランクインしております。本人は構想に25年をかけた超大作(全4巻)であり自身のライフワークと称しているそうですが、同じくスタインベック『ハツカネズミと人間』の解説では、「思想が作中人物の動きや物語展開の中に十分こなれておらず、観念が空回り」と一刀両断。

信頼と実績のハヤカワepi文庫でも新訳が出ておりますので、夏休みに読んでみることにしました!(ちなみに土屋政雄さんはカズオ・イシグロの訳で有名)

やはりハツカネズミ解説の通り、キャラの作りこみが不十分な点があるために、現実味がなく、おとぎ話を読んでいるように感じられるポイントは多々あります。特に主人公アダムとその妻キャシー。この二人は気の毒に思えるくらい一貫性のないキャラで、「う~ん…」ってなる。キャシーについてはおそらく書き手のジレンマみたいなものもあって、最後の最後でブレてしまった模様。あとは、司馬遼太郎ばりの語りパート独りよがり感、橋田寿賀子真っ青の長いセリフ回しがたまにキズかなっていう。

ただ、読みやすいし、普通に面白い。「文豪」「古典」「傑作」で期待値が上がってしまい今一つと評価されるのは理解しますが、本屋に平積みされている軽めの小説なんかよりは断然面白いしタメになることは保証します。

エデンの東 新訳版 (1)  (ハヤカワepi文庫)

カリフォルニア州サリーナスを舞台に、南北戦争後~第一次世界大戦までの2家族4代にわたる物語。

トラスク家

アダム:主人公。異母弟のチャールズに虐げられながら育つ。もとは優しい子。父の命令で軍隊に入り、インディアンの討伐に加わる。父の死により巨額の遺産(出所不明)を弟と半分こ。見るからにヤバい事情があるキャシーという女に惚れこんで弟の反対も聞かずに無理やり結婚し、故郷を離れサリナスへ。

チャールズ:アダムの弟。父が兄だけを愛していることを知っており、兄につらく当たる。兄を半殺しにしたことあり。兄が入隊してからは農場経営に熱中し、兄を大切に思う気持ちも芽生えてきた。兄の結婚後は一度も会わず、兄夫婦に巨額の遺産を遺す。

キャシー:アダムの妻。良心が欠落している。悪行三昧。アダムとの間に双子のキャルとアロンを産むが、産後すぐにアダムのもとから逃亡。怪しげな売春宿を経営しひと財産築く。悪行が漏れることを恐れ自殺。その際アロンに遺産を遺す。史上最大の悪女と評される。

アロン:アダムの息子。母キャシーに似て金髪美男子。容姿にも家族にも恵まれ、父の愛も独占しているくせに、なぜか日々の暮らしに満足できず、宗教にのめりこむ。キャルが死んだと聞かされていた母の正体を暴露したことで精神崩壊し、入隊→戦死。

キャル:アダムの息子。父似(父は実はチャールズ)。父に愛されていないことを感じており、父に何とか好かれようとする。父に贈り物を拒絶されたことに大ショックを受け、純真無垢なアロンをキャシーの売春宿に連れて行く。そのせいでアロンが戦死したと自分を責め、罪の意識にさいなまれる。

ハミルトン家

サミュエル・ハミルトン:もう一人の主人公。サリナスの入植者で苦労人。妻ライザとの間に9人の子をもうける。誰に対しても優しく、愛された人間。貧しかったけれども、関わる人全てに勇気を与えた男。

9人の子ども トム、ウィル、…などなど。

 

トラスク家とハミルトン家の人たちがいろんな形で関わりあって生きていき、死んでいく姿を淡々と描いた物語。物語の筋そのものというよりも、良い言葉にホロっとしたり、こういう気持ちわかるわ!と共感して楽しむのが吉。

私は小説書いたことないけど、この本は、自分の言いたいことと物語の要となる事件だけ先に決め、その事件をマイルストーンとしてストーリーをいじっていき、途中途中に自分のごく個人的なエピソードをはさみこんでいくような作り方をしたんじゃないかな、と思います。だからこそ、どうでもいいキャラのどうでもいい発言に味があったり、そこ書く必要ある?という小さい仕草にいきなり胸打たれたりする。

スタインベックが最も言いたかったことは、「罪の意識はその後の生き方でどうとでもすることができる」ということ。「汝能(あた)ふ」という言葉で表されていますが、こちらは2巻のリーの発言と4巻の解説にあるスタインベックの「創作ノート」からの引用を読めば全て理解できますのであえて触れません。というか小説の中にちりばめられていないせいで)、「『汝能ふ』がテーマです!」と言われても「まぁ、うすうすそんな感じはしてたけど、登場人物の行動や思考の中にテーマを溶け込ませる努力は放棄したん?」と言いたくもなる。笑

 

語りつくされ、研究し尽くされている本ですから、今回は出てくる人物の好きなところを見つける回とし、ただただ面白い小説として紹介します。

トム・ハミルトン:父のようになりたかったけど、なれなかった男サミュエル・ハミルトンの長男。アイディアマンで数々の発明をしたものの、それをお金に変えるのが下手だった父を尊敬し、彼のように素朴な農夫であろうとします。手先の器用さは若干受け継いだものの、父の最大の強味である、人と人とのかかわりを円滑にする明るさは受け継げず苦労。ずっと父の背を追っていた哀れな男。

〇名シーン〇しばらく地元を離れていた妹デシーが故郷に戻り共に暮らす場面。駅へ迎えに行き再会を喜び合い、何年ぶりの「誰かが家にいる生活」を愛おしく思う姿に胸打たれる。デシーがおそらく末期のガンであることは、読者とデシーだけの秘密。余生を過ごすために故郷に戻ったデシーと、病のことなど知らずいろんな夢を語るトムの姿…涙なしには読めない。随一の名シーン。

ウィル・ハミルトン:父を反面教師とし大成功した実業家だが、内心は満たされず。サミュエル・ハミルトンの次男。技術はあるのに儲ける術を知らない父にずっといら立ちを抱えていた。実業家として成功したものの、父はそのことを面白く思っていないだろうという気持ちから家族を距離を置く。

〇名シーン〇アダムが成功しそうもない新しい事業を始めるにあたりウィルに相談するシーン。ウィルは大反対する。「俺に新事業の相談をしてくるやつは、俺に背中を押してほしいから相談をもちかけてくるだけだ。どうでもいい友人なら賛成していい気分にさせてやるが、あなたは大切な友人だから」と率直な意見を言う。冷酷なイメージがあるけど、実は結構いい奴。

ライザ・ハミルトン:サミュエルの妻。聖書ばかりを何度も読み、聖書の教えに厳格な気難し屋ではあったが、貧乏な家を切り盛りし9人の子を育てた功績は大きい。子の死にも動じなかった。老いて後、子の家に引き取られてから日に日に若返ったというエピソードが好き。

サミュエル・ハミルトン:こういう人と出会いたい!と思うくらい良い人。様々な葛藤もあったが、善き人であることに心を砕いた。「生きる振りをしろ。そのうちにそれが真実になる」という名言。「楽しいフリ」「生きているフリ」…そういう気持ちになれなくても、フリさえしていれば、事実はあとからついてくる。

〇名シーン〇アダムが、妻が置いていった双子に名前もつけていないことを知り、「名前をつけろ!」と殴りこみに行く。「私のことは放っておいてくれ…」と心を閉ざすアダムを何とか説得し、使用人のリーとアダムと頭を突き合わせながら(酒も飲みながら)聖書を開き喧々諤々。酔っ払いの常で話があっちこっちいくんだけど、新しい世代への期待や夢が語られ心和むシーン。

リー:トラスク家の使用人。双子の養育係。穏やかで大変賢い。名言製造機。

〇名シーン〇「本屋をやりたい」という夢を叶えるためにコツコツ貯金していたリーは、やっと暇をもらいトラスク家を離れることに。しかし、自分に必要なものは帰れる家だったということに気付き、すぐに戻ってくる。再会のシーンに涙。アダムの家を終の棲家と決めてからは、今までいろいろ倹約していたけど、アダムの金をたくさん使って最新家電を買い込み、住みやすい家を作ることに熱中するところもセットで好き。

アダムどうしよう、全然イイところ出てこない…。彼、いい人に思えるんだけど、金に困ったことがないことがバックグラウンドにあるせいで、「金に執着ないことが彼を必要以上に良い人に見せている」疑惑アリ。弟の遺産の半分をキャシーにくれてやるところ、キャシーが一瞬改心したかに見える(おそらく)名シーンなんだけど、「そりゃあお前、キャシーに惚れ込んでいる上、死ぬまで困らない金持ってたらそういう対応にもなろう」と思う。慈善事業に寄付したりもしないし…。「金を増やすことは良くない!」という謎の先入観のせいで、先物取引で儲けたキャルを軽蔑のまなざしで見たりする。文字通り「食いつぶす」ことが楽しいらしい。そういう性癖か何かなのか?

最低なのは、息子への愛に格差をつけることで、憎むべき自分の父と同じ仕打ちをキャルにしているところ。キャルは死にゆくお前に許しを乞うたけど、逆だろ!お前がキャルに許しを乞え!と一喝したくなる。

 

ここまで読んできてわかるように、兄弟間の格差がその後の人生にどれだけ影を落とすか、そういうエピソード満載でした。同じことがハミルトン家にも言えて、サミュエルの家でも、偉大な父が子にとっての壁になっています。切ない…

サミュエルは「同じ種で同じ畑で育てても全然違うものが出来上がってしまう」と言っていましたが、これはちょっと違うよと言いたい。サミュエルは、100も1000もパターンがあり、それがガチャで無作為に出てくるようなイメージでいるようでしたが(スマホゲームのガチャは絶対無作為じゃないと思うけど…)、父(母)の人生を「肯定的にとらえるか」「否定的にとらえるか」の2つに「こだわる」、「卑屈になる」「なにくそ!ってなる」という個人の気質を掛け合わせた程度のパターンしかないような気がする…サミュエルの9人の子を見て感じたことです。

よそから見ると、もっと向き合えば子どもの気持ちをうまく因数分解していけたような気がしますが、自分の子というとそうはいかないもんなんでしょうね…。

 

なんか、卒業式で生徒を送り出す担任みたいな気持ちになってきた…次回は最大の問題児キャシーです。

 

つづく。

dandelion-67513.hateblo.jp

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