はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

人生には、背を向けて立ち去るべき時がいくつかある。その時を見誤るとどうなるか「解錠師」スティーヴ・ハミルトン

こんにちは。

 

エドガー賞受賞作。

「解錠師」スティーヴ・ハミルトン

解錠師 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ある事件がきっかけで話すことができなくなった少年マイクルが、刑務所で半生を振り返る。金庫破りになるまで、ある少女との出会い、そして今まで無効にしてきた数々の鍵たち。

ミステリーというよりはボーイミーツガール系の小説です。

 

ストーリーの進め方は大変教科書的で、大きなトラウマになるような事故に遭ったこと、それにより両親を失ったこと、アメリアという女性に会い(おそらく)恋をしたことが序盤で示されます。彼のトラウマとは何なのか、アメリアとの恋はどうなるのか。金庫破りをしている今のエピソードに、金庫破りになるまでの過去のエピソードが追いついていき、全ての謎が明らかになるという構成。マイクルに襲いかかった悲劇…、これが気になって、次々ページをめくってしまいます。

 

この仕事がなかったら餓死していただろうと回想するマイクル。両親を失い、貧しく、自分の殻に閉じこもり喋ろうとしない男に、輝かしい人生が用意されるとは思えません。その上金庫破りの素質ありとなれば、よっぽど注意しない限り悪い人間に利用されるのは必定です。

ただ、育ての親(叔父)や唯一の親友など、彼を良い道に導いてくれる存在は側にいるんだけど、その有り難さには結局最後まで気づくことはなく、相次いで選択をミスってしまいます。若さ故なのかな?それともバカなのかな?なんて思ってしまうほどほど、無鉄砲でやけっぱち。

 

おそらく多くの読者がマイクルを応援したくなることでしょう。

ぶっきらぼうで人をイライラさせずにはおかない態度を、ハラハラしながら見守ることに。それ以上に、彼の”仕事ぶり”に手に汗握ります。ゴーストという悪の親玉との対峙も面白い。

 

ただ、読み終えた感想は一言、

わーすごい、びっくりするほどつまらない

という感じ。これがエドガー賞なのが一番のミステリー。読んだ時間が無駄に思える作品です。笑

切なくて息苦しくなるような真相もなければ、犯罪者の少年と金持ちの美しい少女の恋物語と聞けば悲恋の予感がするけれども、驚くほど幸せな結末。10代後半で抱いた恋心、三十路過ぎまで、しかも刑務所の壁に隔てられてもなお持ち続ける姿を見せつけるという少女漫画な展開に涙が出てくる。

 

グチついでに裏表紙の作品紹介へも文句を。

「ひょんなことから解錠師に弟子入りした」と書かれているけど、中身読まずに書いただろ、ってなる。「ひょんなことから」じゃなく、「のっぴきらなねぇ事情から」ですよ。「ひょんなことから金庫破りに!?」っていうノリは同人誌みたいでマイクル可哀想です。

 

最近ちょっとハズレが続いていて寂しい。次こそは…!!

 

おわり。

ゴシックミステリにおあつらえ向きな舞台装置を十分に生かせなかった残念賞「ホテル・ネヴァーシンク」

こんにちは。

 

アダム・オフォロン・プライス「ホテル・ネヴァーシンク」

アメリカ探偵クラブ賞 最優秀ペーパーバック賞受賞作。

ホテル・ネヴァーシンク (ハヤカワ・ミステリ)

昨年12月に発売されたばかりのこちら。年始に「2021年に読む本リスト」を作ったときの大本命。古いホテル×失踪事件×家族の秘密…という設定。舞台はととのった…!!という感じで超期待して読み始めたのですが、総合評価としては★2くらい。ざんねん。

 

最初はめっちゃ面白いんです。

ある金持ちの男がたくさん家族を作るだろうと見こんでデカい屋敷を建てるが、妻になる予定の人は嫁入りを前にみんな死んでいくという不運に見舞われる。それでも狂ったように増築を続けた彼は、屋敷を完成を見ることなく自殺してしまう。後に残ったのは90室以上ものゲストハウスを備えた奇妙な屋敷だった。

このプロローグだけでもゾクゾクしてしまう。ホーンテッドマンションなんかを思い浮かべてしまいます。そんないわく付きの屋敷を購入してホテル経営をしたシルコスキー家がこの物語の主役。

創業者のアッシャー(父)→二代目ジーニー(娘)→三代目レン(ジーニーの次男)とその家族(ときに従業員)が、ホテルにまつわる思い出を語るという構成です。彼らの語りにより、1950年~2012年と60年にわたるホテルの物語と、特にホテル没落のきっかけとなった子どもの失踪事件をつまびらかにするという着想はすごく良いけれど、時系列なのが微妙です。エピソードをランダムに提示したほうが謎の賞味期限を延ばすことができて面白かったと思う。

さらにそれぞれの語りにも関連性が薄く、あの人とあの人の言い分を突き合わせると…!というような推理ができないのも大変不満。最後まで読んで、犯人(というか黒幕)の告白を読まないと真相はわからない(ヒントすら示されない)という雑さにも嫌気が差す。

一番イラッとさせられるのは、エピローグまで引っ張って示される真相が超絶チープであること。

犯人は神出鬼没な男であることが随所で示されます。ホテルの関係者のところにヌッとあらわれては消えていく謎の男は、同一人物なのかどうなのか、というのがまず第一の悩みどころ。その頻度の高さが不自然のため、何十年もの間そんなにフラフラしてたら誰かしらが捕まえてもいいものなのに、それでも捕まらないというのは幽霊なのか…?と真剣に考えてみたりもします。途中で一度尻尾を出すんだけど、何故か華麗にスルーされるという…犯行の動機のよくわかんねぇし。

 

ミステリ好きでなくても、「ああ、こいつか…」というのは察しがつくし、犯人を「幽霊じゃなくて人間」&「同一人物」でソートすると、そいつ以外の登場人物に犯行は難しいという、ミステリの風上にも置けない作品。

舞台がすごく良いんだから、ヒントを小出しにして読者を煙に巻いて、伏線の回収ももっとしっかりしてほしい。とりあえず、伊坂幸太郎に弟子入りしてこい!なんて思ったり。笑

 

短編としてそれぞれの人生は面白く読めました。三代目はなんとやらとは言うけれど、三代目のレンの人生は哀れとしか言い様がない。

本書のテーマは「自分の本当の人生を生きること」の意味です。

「本当の自分の人生はよそにある」と思っている彼らの目の前に居座っているのが「ホテル・ネヴァーシンク」。人は目にした者で育つというけれど、暗く、いびつで、不穏で威圧的なこの建造物が彼らの心に影を落としていたのは間違いありません。目の前から消えてほしいと願いながらも、このホテルが消えることで世界と強制的に向き合わざるを得なくなるため、結論を後回しにしたいという隠れた恐怖も透けて見えます。

ホテルはまるで彼らの鏡。ホテルに向ける執着や嫌悪感は、まさに自分のコンプレックスと合致しているのです。ホテルの荒廃から目を逸らしながらもホテルをなかなか離れられないのは、きっとそういうところからきているのでしょう。

 

「本当の自分の人生を生きていない」という思いを抱えて生きる彼らが、ホテルのそばで生きている間にはその悩みとの折り合いをつけられず、最終的には離別を選択するのは考えさせられるものがあります。前と変わらない人生を送る人もいれば、逃げることで幸せになれた人もいる。

 

さて、そんな心に抱えた黒いものを浮き上がらせる「ホテル・ネヴァーシンク」には、モデルとなったホテルがあるそうです。その名はグーロージンガーズ・キャッツキル・リゾート・ホテル。もう閉館しているそうですが、すごく気になる…!イメージが崩れたらどうしよう、そんなことを恐れながらも、きっと好奇心に負けて5分後には検索しているんだろうと思います。笑

 

おわり。

赦すことで得られる癒しの記憶を積み重ねること 「アーミッシュの赦し:なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか」

こんにちは。

久々のノンフィクション。

アーミッシュの赦し:なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか」です。

ノンフィクションながら、胸に染みわたる作品。じっくり時間をかけて読みたい反面、ページをめくる手が止まらず、2~3時間で読み終わってしまいました。一度きりしかない人生をどう生きるのが良いか考えさせられます。下手な自己啓発本なんかより明日を生きるための糧になる!

アーミッシュの赦し――なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

事件は2006年10月2日、ペンシルベニア州ストラスバーグ ニッケル・マインズという地区にあるアーミッシュの学校で起きました。近くに住む非アーミッシュアーミッシュはしばしば彼らをイングリッシュと呼ぶ)男性が、銃を持って学校に押し入り、女の子を人質にとって銃を乱射し、5人の犠牲者と5人の重傷者を出したもの。犯人はその場で自殺しました。

アーミッシュプロテスタントの一派で、テクノロジーを否定し、昔ながらの慣習に従って生きていることで有名です。そんな彼らは一派の中でも「オールド・オーダーズ」と呼ばれています。俗世間に背を向け信仰の中で暮らす彼らの集落で起きた事件に、アメリカ全土は大きなショックを受けました。独特の文化の中で平和に暮らしていた彼らまで暴力の犠牲になるなんて…と、アーミッシュを、アメリカの良心のように思っていた人も多く、9.11の傷も癒えないうちに、アメリカの大切なものをまた一つ奪われたような気になったのでしょう。

 

この事件は世界でも大きく取り上げられました。ただ、事件そのもの以上に印象的だったのは、アーミッシュ達が犯人(の遺族)を率先して赦したことです。事件から数時間のうちに、アーミッシュは犯人の男の妻や家族の家を訪問し、「赦す」ということを伝えたのでした。憎むべき犯人への「赦し」、そして赦しに至るまでの迅速さ(数時間!)は、世界で賛否両論を巻き起こしました。

彼らを過度に神聖視して泣いちゃう人多数、「9.11」の事後処理をアーミッシュに委ねていたら…なんてことを言い出す人までいる。逆に、「こんな事件を赦す社会に誰が住みたいか」と、元々冷笑されていたアーミッシュの言動に懐疑的なまなざしを向ける人も一部いました。いずれにせよ、しばらくの間、アーミッシュが置き去りのまま「赦し」のエピソードが一人歩きしてしまいます。

本を最後まで読み終えた後に批判や賞賛を読んでみると、「好き勝手にアーミッシュの赦しを理解している」ということがわかります。涙ながらに「人間の善」を強調する人もいれば、イラク戦争の批判の糸口として利用されたりもする。

本書は、アーミッシュへの丁寧な取材を元に、多くの疑問・違和感を解決する構成です。

 

物語を貫くのは一番大きな疑問。

どうして数時間で赦したか(そもそも数時間で赦せるのか)という点。

懐疑派が絶対に突っ込んでくるのもまずココです。

「感情の欠落」「運命論的態度」「迅速さ」への批判…。悲しみを乗り越えるには時間が必要です。自分の愛する人を失ったら尚更。数時間で「赦します」という宣言をするのは、やや機械的ではないか?形だけなのか、それとも神の思し召しとして諦めているのか、それってどうなの??と。アーミッシュは何かあってもすぐに赦せるような思考回路なのかなんていう報道もありました。

 

その答えはシンプルに、「赦されるためには赦さなければいけない」という教義に則っているからです。考えた結果ではなく、主がそのように求めているから、です。だからその迅速さも頷ける。彼らは、キリスト・ファーストの生活を300年も続けてきました。キリスト教の教義をもとに、300年以上も口伝で継承されてきた細かな行動規範は、加害者を「赦す」ことしかない。言ってしまえば、それ以外の選択肢は持ち合わせていないのです。

ただ、「赦されたいから」という利己的・形式的なものでは決してない。取材の中で判明したのは、赦すと決めた加害者家族と、長年にわたり密な関係を築いているアーミッシュの姿。彼らからは「何度でも赦し直す」という言葉が聞かれました。怒りがわいてくることは時々ある、苦しいが、そのたびに赦し直しをするのだ、と。

本文中ではこういうのを「レパートリー」と呼んでいます。卑近な例でいうと、カラオケのレパートリーと同じ。自分の番が回ってきたときに「とりあえず」と、ぱっと出てくるもの。

個人主義の世の中では、信念と行動のレパートリーがバラエティに富んでいるのに対し、アーミッシュにおいては、信念と行動のレパートリーはコミュニティによって決められています。

 

「信念と行動のレパートリーがコミュニティによって決められている」

これらのことについて、本書では何度も注意喚起させられます(個人主義の私たちは忘れがち)。この前提に立つと、個人主義という自分の狭い視野からの批判やアホみたいな賞賛が「ちょっとピントずれている」と感じてしまうのです。

 

例えば、「シャニング(忌避:アーミッシュのコミュニティ内の村八分のようなもの)」への批判。「射撃犯にはやさしくて身内には厳しいのね!」なんてやり玉に挙げられていましたが、これもズレている。

アーミッシュはコミュニティの存続を最優先に考えます。コミュニティ存続を脅かす個人の身勝手な行動は厳しくたしなめるのは(アーミッシュ的には)当然のことなのですが、「殺人犯を赦すほど優しい人たちなのに、村八分するなんておかしい!」と批判されてしまいます。

アーミッシュの赦しを、人間の中に(私たちの中にも)存在する善良な部分・聖なる部分であると信じたい、まだこの世界に美しい世界があると信じたい思いによって、アーミッシュの赦しが屈折した解釈をされていたことは否めません。

 

無知・無理解から起きる謎の批判や謎の賞賛について、それは違うと訂正していく趣なのですが、冷静に、理論的に説明をしてくれるので、読み終わった後に一気に世界が開ける感じがします。

 

そして、この本はさらに、その赦しには一般性があるのか、という点に踏み込みます。

私たちにはこのような赦しは可能なのか…?

 

著者は前提として、「いいことをすると自分がマヌケだと感じてしまう社会である」と言います。それはおそらく、アーミッシュの世界と逆の価値観。その中で、いかにして赦しを実践するのか?赦しは可能なのか?

これには明確な答えは出ません。

また、「赦す人は赦さない人よりも幸福で健康な生活を送れる」「憎しみにとらわれるのは、加害者が自分の人生をコントロールしていると同じ」…など、深イイ言葉は出てくるのですが、私的には正直「弱い」と思ってしまう。

 

赦しの一般性について示唆に富んでいると感じたのはこんなエピソードです。

アーミッシュが銃撃事件の犯人を赦したことについて、『子どもにどう説明したらいいかわからない』」と言った母親がいたという。

アーミッシュの子どもは、大人たちの赦しを完全には理解していない、つまり、アーミッシュの世界でも、赦しは成長の過程で学んでいく後天的なものということです。

無垢な状態で生まれ落ちてからずっとキリスト教の教えのシャワーを浴びてきたアーミッシュは、憎しみや怒りを知らずに赦すことのできる特別な人間になれる、なんていうことはない。赦しは学び得るものなのです。理不尽な出来事には誰もが怒り・憎しみを覚えるけれど、その後の気持ちの持ち方は、人それぞれどうとでもしていける。

そんな彼らは、「赦しは癒やし」と言います。赦しを継続させるためには、「赦したことではなく、赦したことで得られた癒やしを覚えておく」が重要なのです。

 

私が注目したのは、アーミッシュのコミュニティの生き残り戦略のしたたかさ。

時代に取り残された人たちだと、アーミッシュを格下に見て冷笑する人は多いですが、どこのコミュニティにおいても、存続・繁栄が第一目標だとすると、20年毎に構成員が倍増しているアーミッシュのコミュニティは、少子高齢化に苦しむ国なんかと比べると、優れているとも言える。高齢者・障がい者も国任せにせず、金銭的な面でもコミュニティ内で面倒を見ています。

男と女の役割が決まっている世界なので、DVも頻発していたようでしたが、最近はそういう案件をコミュニティ任せにせず、公的機関を介入させることもあるそう。近代的なものを否定して後ろ向きに見せながらも、良き世界になるように実は歩みを進めているところ、したたかだな(良い意味で)と感じます。

また、本の中では「赦すと言うことにおいて300年分先行している」とも書かれていますが、彼らのグリーフケアの手厚さは素晴らしい。身の回りの家事をコミュニティの人間が肩代わりし、葬式等の儀式もコミュニティが請け負う。その後数ヶ月に渡って、延べ数百人が家を訪れ、手を握って彼らの悲しみに寄り添います。苦しみは決して個人のものではない、という状況が、赦しへと一歩一歩歩みを進めていくのでしょう。

 

アーミッシュはとにかく独自の文化です。

もちろん彼らに懐疑的な目を向ける国民が多いのも事実ですし、単にコミュニティが拡大しているだけで繁栄をはかることはできませんが、300年もの間継続しているコミュニティにはそれなりの理由がある。ただ単に「神の思し召し…」と言っているだけでは繁栄しないわけですから、時代に逆行していると見せかけてすごい力を秘めているんだなぁと感じます。そんな彼らの強さを「人間の満足と幸福を叶える三要素(1)コミュニティ、(2)帰属意識、(3)アイデンティティを満たしているから」と評す著者。

確かに、孤独とはほど遠いこの世界。見習うべきところもあるのかもしれません。

 

もし今こういうことがあったなら、まとめサイトにニュースサイトに…格好の餌食でしょう。情報の受け手は見たいものだけ見て、1年もしないうちにすっかり忘れる。情報を垂れ流しして事実の検証は後回し、というのは視聴率やアクセス数稼ぎの常套手段ですが、情報源を見極める目は持ちたいなと思いました。

 

おわり。

ジョン・ハート「川は静かに流れ」

こんにちは。

 

「ラスト・チャイルド」の作者ジョン・ハート、こちらも高評価な「川は静かに流れ」です。玄関のポーチから川が見渡せる、という語りから始まるこの小説、舞台が良い。大きな川を擁する町って、それだけで絵になります。

 

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

Netflixで人気作品の「Vergin River」というドラマがあるんですが、こちらも川沿いの町が舞台で、ときおり挟まる情景がステキ!日本のちっこい河川、Arakawa River沿いなんかでは到底起きそうにないロマンスがてんこ盛りです。

Virgin Riverは、田舎町に逃げ込んできた女メリンダと、彼女に好意を抱いてしまうバー経営者ジャックのすったもんだがテーマなのですが、夫の一周忌も待たずにジャックにとりあえず抱かれてしまうメリンダと、元カノを妊娠させておきながら(その元カノの目の前で)メリンダといちゃついてしまうみっともないおじさんジャックの人間臭さが見物。

それなのに、勝手な自分たちの風向きが悪くなると、メリンダもジャックも「夫が死んだとき…」とか「イラクが…」と「過去のトラウマ!!!」を取り出して被害者面。人の目も気にせず我を通し、責められると被害者面をするという、田舎の頑固オヤジ化していく都会育ちのメリンダがツボ。

自分の欲望に素直でイイですね~。都合が悪くなるとトラウマという錦の御旗を振りかざす!!自分本位でファンタスティック!!!

という村西監督の声が聞こえてきそう。

話がそれましたが、「Virgin River」主人公がとっても美人なので是非見てみてください!

 

 

さてさて、

主人公アダムは、生まれ育った町に6年ぶりに戻ってきました。6年前、殺人容器をかけられたアダム。無罪となったものの周囲の彼を見る目は変わることなく、父親には勘当されたも同然の身。「ここは自分が全てを失った場所」と言いながらも戻ってきたのにはかつての友人ジョーからの懇願があったからです。

6年ぶりに戻ってみた町は、原発推進派と反対派に分かれて真っ二つ。広大な土地を所有しながらもそれを売ろうとしないアダム父のせいで、原発計画は頓挫しそうになっており、一触即発の雰囲気。モーテルにいたのに外に連れ出され半殺しにされるなど(そして警官の元カノにその姿を見られるなど)散々な目に遭います。ジョーはガールフレンドを殴ったとかで雲隠れしており、話すこともできません。

そんな折、アダムが妹のように大切にしていた女性グレイスが何者かに暴行されるという事件が起きます。その後もアダムの周りで謎の事件が続き…ついには実家の敷地内で死体が見つかります。アダムが帰ってきたその日から立て続けにこんなことが起きるなんて…警察の彼を見る目も冷たい…

(やめとけばいいのに)アダムは独自で捜査に乗り出します。関係者に無遠慮に近づいていく彼は、自分の家族に巣くう闇や父親の大きな嘘に気づき、ついに、6年前の事件との関連まで突き止めて…

 

崩壊の序章である6年前の事件とはこういうもの。

アダムの義理の妹・弟(双子)のパーティの日で青年が殺害されます。アダム逮捕の決め手となったのは、継母(義理の妹と弟の母親)の証言でした。

・アダムと同じ年頃娘と息子を連れて再婚した継母。

・彼女が一人だけアダムに不利な証言をしている。

うーん・・・こういうの「やくまん」って言うんじゃなかったっけ?

と、事件そのもの、ついでに本当の黒幕についての謎は簡単に解けてしまう気がするんだけど、この物語の本当のテーマは「家族の再生」なので早まらないで読み続けることにします。

ジョン・ハート「崩壊した家族は豊かな文学の土壌だ」(趣味悪)というようなこと言っているけど、今回もそういう趣。ちなみに本作品も「ありふれた祈り」も「ラスト・チャイルド」もエドガー賞で…エドガー賞は家族の再生系多くない?なんて思ったりするんですが、それはアメリカで人気のテーマなのかしら?

 

アダムの母は小さいときに自殺をしました。死の理由もわからず、アダムは母の喪失に苦しんできました。そんなときにやってきた継母。6年前の事件の際、唯一彼に不利な証言をしたのが彼女なのですが、アダムの父は妻のほうを信じ、アダムを追放します。

母の死に父の不信…実質的に家族を失った彼は、二度と帰らないと心に決めて故郷を後にしたのでした。

6年ぶりに戻ってきたあとも、父と義理の家族との関係はぎこちなく、溝も埋まらない。さらに、新たな事件をきっかけに今まで隠してきた秘密も露見し、彼の一家を揺さぶります。

そんな「至る所にびびが入っている家族」が、先延ばしにしてきた選択を突きつけられ、一気に破滅に向かいます。破滅の先に残るものはあるのか…。

 

という、すでにバラバラになっていた家族を、もっとバラバラに解体して主人公とその周りの人物をさらに痛めつけるというストーリーなのですが、ただ「家族の問題は面倒ですね、機能不全家庭っていうのは大変ですね(あー自分は幸せな家に生まれて良かった!)」と決めつけるのは拙速で、事の本質はすごくシンプルです。

アダムが怒っている理由というのはただひとつ、「思いやり(信頼)を態度で示してくれなかった」からなのです。あのとき父が自分を優先していてくれれば、信じていることを態度で示してくれれば…とずっと父を恨んでいる。

父には父で言い分があるのはわかる。当時の父にとって後妻は最注意人物。不信感を露わにすることで「だって私は他人ですもんね」とスネられたら二度目の家族も崩壊してしまう。後妻を家族として認めていることを示すためには、それなりのものを差しださなければならなかった。しかし、それはアダムに対しても同じで。血のつながった家族だから後回し、言わなくてもわかってくれる、そんな怠慢こそが家族の崩壊を招いてしまったのです。

 

家族の物語というのは取り扱い注意で、家族だから言葉なしにわかりあえて当然、家族の過ちは何が何でも許すべき、「だって家族だもの、それができない人はゴミ」という無神経な罠がちりばめられていることが往々にしてあります。そういう、家族を受け入れられない人を笑顔で排除するストーリーは、家族のことで疲れ果てた人を傷つけることにもなりかねません。

個人的な妄想ですが、家族の再生を好んで取り上げ、安っぽい結末でふわっとまとめにかかる作家はおそらく、家族に恵まれてHAPPYな子ども時代を過ごし、家族の確執なんて言うのはおとぎ話の中でしか知らなくて、とりあえず取り上げてみたくてたまらないのでは…そして自分が与えた試練にたじろぐ登場人物をサディスティックな目線で眺め、散々やつれさせた挙げ句に「それでもいいじゃないの、家族だもの(みつを)」と当たり障りないところでまとめてエクスタシーに達しているのではないか、と真剣に思っている(あくまでも想像です)

 

前置きが長くなりましたが、態度でも誠意(金銭的な意味で)でも示さない家族にひどく傷つけられたことがあったとして、「本当はあなたのことを思っていた」や「ああは言っても信じていた」と弁解されたときの回答はただ一つ、

「知らね」

でいい。だって示してもらっていない愛情は受け取れないもの。傷ついているのであれば、許さなくてもいい。血のつながりがあるかどうかというだけで、家族も所詮は他人。思いは形で示さないと伝わりません。

 

最後、アダムはもう一度父にチャンスを与えます。父はそのチャンスをどうするかが山場。

本当に悪い奴には天誅!!!とか思ってしまう私としては、倍返しもなし、見せしめにすることもなかった点は個人的に今ひとつだけど、それも一つの回答。父の判断にアダムがどう応えるかまでは描かれていませんが、いろいろ想像してしまいます。

 

さて、このストーリー「家族の物語」として読むと後味が悪いのですが、「男の友情」という側面から見ると大変爽やか。アダム父と使用人の友情や、アダムと彼を6年ぶりに呼び寄せたジョーとの友情。命をかけて相手を救ったり、批判を覚悟で相手をかばったり。

相手が友人(他人)となると、彼らは必死で愛情や信頼はしっかり示すんです。丁寧に示してきた信頼と愛情で、一生ものの絆を得たアダム父子。

すごく逆説的なやり方ではありますが、友達に示したのと同じように、家族にも愛や信頼を態度で示さないといけない、ということが伝わってくる物語。

 

次は「キングの死」(ジョン・ハート)を読んでみたいと思います。

 

おわり。

 

 

登場人物、誰の人生を取り出して眺めてみても、絶望と怒りがほとばしるトラウマ級小説 カリン・スローター「グッド・ドーター」

こんにちは。

 

カリン・スローター「グッド・ドーター」 オビのあおり文句に偽りなしの衝撃度です。

グッド・ドーター 上 (ハーパーBOOKS)

グッド・ドーター 下 (ハーパーBOOKS)

本屋さんに平積みされているので、とりあえず上巻だけ買ってみましたが、翌日には下巻を買いに本屋に走るという有様。笑 ファンが多いというのも頷ける完成度の高さと心理描写の生々しさ。王道ミステリかと思いきや、こんなに胸に深く突き刺さってくるなんて!!!

 

物語は、約30年前の弁護士一家を狙った殺人事件に遡ります。問題児を積極的に弁護している変わり者弁護士ラスティの家に男2人が押し入り、母ガンマを銃殺、長女サマンサを生き埋めにします。事件の生き残りである次女シャーロットは、胸に大きな秘密と傷を抱えながら、父と同じ弁護士になりました。

ある日シャーロットは、地元の学校で起きた銃乱射事件に偶然居合わせます。校長と幼い少女が犠牲になったこの事件は、留年を苦にしたゴス少女ケリーの犯行と思われますが、何かが引っかかるシャーロット。ケリーの弁護を申し出たシャーロットの父ラスティも、ケリーはユニコーン(白)と直感していました。しかし、閉鎖的な町に、凶悪な事件を起こした未成年の肩を持つことで町中から嫌われているラスティ…30年以上前から続く様々な因縁が邪魔をして、うまく調査ができません。

そんなとき、父が何者かに刺されて重傷を負います。父の代わりにケリーを担当することになったシャーロットは、ケリーの身に起きた出来事や彼女の知能に疑問を持ち、独自に調べ始めます。銃乱射事件の疑問を一つ一つつぶしていく中で、30年前の事件に向き合わざるを得なくなったシャーロットの再生を描いた物語。

 

アラフォーのシャーロットの人生は危機を迎えています。夫との不仲、不妊、夫(自身)の不倫…夫と向き合う事を恐れてさっさと自分の安全地帯に逃げ込み、殻に閉じこもっている彼女。傷つくことを過度に恐れ心を守るために頑なになるのは、シャーロットの悪い癖ですが、あの壮絶な事件を生き延びた彼女は、そのように生きることしか選べなかったのでしょう。

「いつも力んでいないと世界という闇にいともたやすくのみ込まれてしまう」

彼女は、自分自身を、過去も未来もない透明人間として見なすことで時々湧き上がる激情から身を守っています。

 

現在起きた事件をきっかけに、氷漬けにされていた過去の事件の真相が明るみに出るというアプローチは使い回されたものですが、シャーロットにとって現在の事件(銃乱射事件)は、古い事件を解決に導くきっかけなんてものではなく、それ以上に大きな意味を持っています。それは「箱を開けるべき時の到来」

 

事件のこともその後の辛いこともぜんぶ、「箱」に入れてしまおう。目には入るけど、絶対に開けない。時が来箱を開けた時には、中身はすっかりなくなっている。

彼女は父にそう教えられ、モヤモヤを箱に詰め込んで30年間を生きてきました。

箱にいれればいつか消えるって、それってほんと・・・?

ってなるけど、やっぱりそんなわけない。

箱にムリヤリ入れておいた辛い記憶が約30年にわたりどれだけシャーロットを苦しめたか。30年経って、中身はどんなことになっているのか、というのが本書一番のミドコロです。

 

これでもかと痛めつけられるシャーロットたち。主人公をとことん痛めつけて人生のエッセンスを引きだそうとするやり方というのはわかるけど、直視できない…!!読者を鬱々とした気分にさせるレベルは、こういう手合いの中でも頭一つ飛び抜けています。結末も(救いはあるけど)ウツ度高め…

経験上、女性の作家は暴力的なシーンがマイルドと決めつけていましたが、少なくともカリン・スローターは情け容赦ない。トラウマ級に強烈でした。

 

さて、「普通の人生」という選択肢を奪われた状態で無慈悲にも世間に放り出されたシャーロットは、心を守って前向きに生きるためにいろいろな方法を試し、ことごとく失敗しています。辛い気持ちを箱に入れて蓋を閉じ、中身が消えているのを願い、じっと息を詰めて生きる”プラン:箱”は、中から腐敗臭が漏れてきて心が毒されてしまいました。

心の中に誰にも入れない逃げ場を作り、本当の意味でこの世のどこにも存在しないように努めるという自殺とも呼べるやり方は、一見うまくいっている感じがしますが、愛する夫との関係に緩慢な死をもたらします。復讐を誓い復讐のために生きるのがもっとも危険なのは言わずもがなで…

 

じゃあ、この小説が提示する、最も正解に近いattitudeとは:

「人生を楽しむ、今あるものを大切にする、それが復讐」

やっぱり、そこに向かうしか光はないのかもしれませんが、言うは易く行うは”超”難し。

 

 

一連の事件について考えてみると、はっきり、ギルティ!!って思う人は2人。おかした罪の種別ではなく、心根という意味で。それ以外は被害者と思える部分もあり気持ちは複雑です。おかした罪の種別ではなく、心根という意味で

それに関連して、ずっとモヤモヤしていたのははラスティの信念。

「悪いやつは悪いことをするけれど、それでも機会を与えたい」

というもの。どうしても被害者の気持ちを考えてしまう私は、チャンスなんている!?と思ってしまいますが、「人は簡単に罪をおかすけど、おかした罪につぶされそうになる”ようなひともいる”」、「罪をおかすという点においては、善人も悪人も関係ない”ような場合もある”」というのは理解しますが(但し書きつきだけど)、何の非もない人が受けた傷との釣り合いを考えると、やはりなんとも言えない。

また、娘が性被害に遭ったと知ったラスティは、以降は同種の事件の弁護ができなくなります。「被害者は全て一から人生を立て直す。多くの選択肢を奪われた状態で(でも加害者は何も変わらない)」からこそ性犯罪は憎むべきとラスティは言います。

 

弁護士としての信念、父としての無念とどう折り合いをつけて30年を生きてきたのか。犯罪者に人生を狂わされながらも、秘密を抱え、弁護士として犯罪者に寄り添い続けた彼の人生を思うと、彼の人生後半はどのようなものだったのか考えてしまいます。ただ、おそらく「機会を与えられた」人たちがラスティの葬儀会場の外にたむろするシーンは、狙ったな!!とは思うけれど涙なしには読めない、ラスティの人生の苦しみが昇華したように思える最も美しいシーンでした。

 

 

登場人物、誰の人生を取り出して眺めてみても、絶望と怒りがほとばしる、人生の生々しさが胸に迫る小説。ずっしり重めです。そういう意味で逆にオススメできない。笑

彼女の作品、気になるけれども他のは読まん!と思うほどの重量級トラウマ小説でした。

映画化とかされてもきっと面白い。

 

おわり。

大切な人の過ちを、どこまで裁けるか ジョン・ハート「ラスト・チャイルド」

こんにちは。

 

海外ミステリ分野で高い評価を受けているということで期待して読んでみました、

ジョン・ハート「ラスト・チャイルド」

ラスト・チャイルド(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

私は初めましてだったのですが、解説を読んでみると「日本でもまぁよく売れて…」なんていうことだったので、実はミステリ界の大御所で、紹介してみたところで「今更!?」感満載なのかも知れませんが気にしない。笑

 

舞台はアメリカの田舎町。ジョニー・メリモンという男の子が主人公です。彼の双子の妹アリッサは1年前に行方不明になり、それから彼の人生は一変します。妹を迎えに行かなかったことについて、父を許すことができなかった母。いつの間にか、父は出て行ってしまいました。父の不在につけ込み、家に入り浸るようになった男、ケン・ホロウェイはかなりのくせ者。母を薬漬けにし(母が薬を捨ててもまた新しいのものテーブルの上に置いておくという手の込みよう)、母とジョニーに暴力を振るい束縛します。

少しでも母を休ませるために、ケンの家に石を投げ入れて防犯アラートを鳴らすなど(ケンが母の部屋で何をしているかはお察しかと思いますが、お楽しみ中のケンも、自宅でセ◯ムが発動したら一時的にでも家に帰らざるを得ないですよね)、とにかく健気なジョーに泣けてくる。

正気を保つことをやめた母、アリッサの生存を諦めている周囲の大人たちの中で、ジョニーだけは妹の救出を諦めてはいませんでした。警察も真っ青になるくらい詳細に書き込まれた近所の小児性愛者リストを持ち歩いては、毎日怪しい人の家を見回っています。

 

そんなある日、物語が動き始めます。

「あの女の子を見つけた・・・」

学校をサボって昼寝をしていたジョニーの前に瀕死の男があらわれ、そう言って事切れたのです。「アリッサが見つかった!!」期待に胸膨らませて家に戻ったジョニーを待ち受けていたのは、「同級生が誘拐された」という思いもよらぬ知らせでした。

町の大人の注意が、もう一人の失踪した少女ティファニー・ショア捜索に向く中、ジョニーだけは、見つかった女の子はアリッサだと信じ、独自で捜索しようとします。

同じくアリッサの事件に夢中になっていることで鼻つまみ者扱いされている刑事ハントが手を貸し(といっても喧嘩ばかりだけど)、回り道をしながらも着実に事件の真相に近づいていきます。

 

自分に注がれるはずだった愛も何もかもを犠牲にして母を思いやるジョニーと、娘を奪われて完全に崩壊した母。それでも残っている絆のようなものを必死にかき集めて、形にしようとしている母と息子を見ていると、こんな切ない物語を黙々と読んでいる自分が悪趣味に思えてくるし、それ以上に、周囲の無関心(関心はすごいあるんだろうけど)による彼らの孤独を見ると悲しくなってくる。

 

世の中皆、「平穏無事な毎日」を祈って生きています。時にそんな毎日のありがたさを忘れて「困難な道をあえて求めること」を賞賛する動きもありますが(もちろんそんな人が求めているのはインスタ映えするような困難であって『父も妹も失って廃人同然の母を抱えて生きる』ような人生ではないけれど)、そんなこと願っていなくても、そんなつもりは全然なくても、ある日突然悲劇の渦に巻き込まれることはあり得るわけです。

ただ、そんな悲劇に巻き込まれ打ちのめされたとしても、「神は乗り越えられない試練は与えない」という無神経な言葉をかけられるのが関の山。ほとんどの人は、「あの人イカレちゃったね」と言って終了。

 

地獄を見せられて「あっち側の世界」に行ってしまうと、平穏無事な毎日を当たり前のように享受していた「こっち側の世界」にはもう戻れない。少なくとも「こっち側の世界」の人が全力で引っ張りいれてくれるようなことは期待できなくて、まるで動物園のオリの生き物のように見世物にされてしまう。

「都会と違って人間関係があったかい(ハート)」と言われる古き良き田舎町で、ジョニー達を優しく気遣ってくれる人なんてわずか2、3人。ハント刑事に親友のジャック…。ジョニーの母キャサリンも、ジョニーも彼らに辛く当たってしまいますが、彼らは根気強くジョニー達に向き合います。

あー、こういうかけがえのない人間関係が彼らを救済に導くのか…と思ったら甘い!!最後の最後にどんでん返し。これでもかと辛い事実を突きつけられます。

 

この物語のテーマは「罪」と「赦し」です。

「赦し」とは少なくとも、妹を奪った人間への黒い感情に心をかき乱されず、起きてしまった事件を何とかやり過ごし、前を向いて生きていけること。これに、妹を返してくれることもなく黙ったままの神をどう信じ続けるか、という信仰という問題も関わってくる。

十分辛い思いをしてきた被害者でありながらもなお、平穏無事とはほど遠い生活、少なくとも「イカれてる」と言われないようにするために、赦しという苦痛を伴うイベントを乗り越えなければならないジョニー達…苦しみは計り知れません。

 

そしてもし、赦すべき罪が悪意でなく故意によるものだったら…?もし犯人がそれを死ぬほど悔いていたとしたら、どこに怒りをもっていけば良いのだろう。凶悪犯を憎むのと、どっちが切ないんだろう。

凶悪犯に対しては「※$♯*×~!!」と呪詛の言葉を投げつけておけば良いけど、大切な人が過ちを犯したとき、それをどこまで裁けるか…

という大変切ない物語。

 

ただ、この物語、「赦し」をテーマにする反面、悪い奴は全部殺られちゃうんです。

そういう趣は悪くないんじゃない??と、私は大変好感を持ちました。胸くそ悪い事件ばかりの世の中、せめてフィクションの中ではこういう輩は裁かれても良いと思う。

いやこれはまた…いさぎいいよ!!うん!悪くない!!となった次第です。笑

 

どうして「ラスト・チャイルド」か、というと、「残りのひとり」という意味だから。母にとって唯一残ったものジョニーと、母の再出発の物語に泣かされました。

立ち上がりからグイグイ読ませるスピード感に加えて、田舎町と少年の成長というテーマは、ベスト・泣けるミステリ・オブ・ザ・イヤー2020(私設)を受賞した「ありふれた祈り」に近くて、2021年の5本指に入るのでは…?(気が早い)というくらい好きな作品。

 

親の心子知らず、とは言うけれど、子の心も親知らずなのも大概。母親としても襟を正される思いでした。

「私は良い母親?」と自らに問うキャサリン。良い親というものは子ども人生を邪魔しないものです。最低限、いること、暴力や薬から遠ざけること、服を清潔に保つこと、飯食わせること、お金があること…など条件は意外と厳しくて。でも、できねぇもんはできねぇんだよ、っていうもどかしさを抱えて自暴自棄になるキャサリンと、どこまでも思いやりのあるジョニー。

子どもがダメ親に盲目的に尽くすという哀れなケースもあるけれど、ジョニーの場合はきっと、今まで受けてきた愛をそのまま返しているだけだと思います。この二人に幸あらんことを。

 

犯人捜しという観点からも夢中になれるので、ミステリとしても一級品です。アリッサ・メリモン失踪事件をきっかけに変わった人(事)をリストアップしていくと…探偵気分が味わえる。面白すぎて1日で読み終わってしまいました。

 

ジョン・ハートさんは初めてでしたが、複数の作品が出ている模様。ハヤカワ・ミステリあなどれん。どんどん読みたいと思います。

解説者が出会って良かった本に挙げている「川は静かに流れ」から手始めに。

 

 

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

おわり

 

 

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〝引き裂かれた〟の意味を味わいながら読む重量級ノンフィクション 「引き裂かれた大地」スコット・アンダーソン

こんにちは。

 

スコット・アンダーソン著「引き裂かれた大地ー中東に生きる六人の物語ー」です。

ドキュメンタリー調のノンフィクションで、「引き裂かれた大地」に翻弄される6人の人生を克明に記録した作品。洋書を読むときと同じくらい、辞書やネットにかじりついて読み終えました。

引き裂かれた大地:中東に生きる六人の物語

「エジプトの国境線がまっすぐなのは、経線や緯線をつかって分割されたから」という話は、地理の授業なんかで聞いて「ほー」となった記憶だけがありますが、じゃあその「人工の国境線」の家で何があったのか、どれだけの命が奪われたのか、そして今でも多くの血と涙が流れているのか、ということを私は全く知りませんでした。

 

本書は、戦う医師、革命家の女性、ISISに一時期加わった若者などの約20年を丁寧に記録すると共に、そもそも中東問題とは何なのか?ということを解説してくれる本。

「起源:1972年ー2003年」

イラク戦争:2003年ー2011年」

アラブの春:2011年ー2014年」

「ISISの台頭:2014年ー2015年」

エクソダス:2015年ー2016年」

の5パートに分かれているのですが、ほとんど知らない出来事。「ああこれ、ニュースでみたことがある!」という事件も時々混じるのですが、ニュースを見たの時に感じたものとは全く違う印象を得るので、SFを読んでいるような不思議な気持ちになります。

ただ、置いてきぼりにされることはなく、「そもそもなんでそうなった?」ということから書かれているため、中東問題について全く知らなかったという人でも、ある程度のところまで理解できるし、頑張って読めばそれなりに意見を言えるまでになると思います。

 

オスマン帝国の崩壊により、アフリカの国々は、イギリス・フランス・ドイツなどに支配されるようになります。列強国がこぞって使用したのは「分断統治」。少数民族を優遇して多数民族を支配させ、国民が常時いがみ合っているような状況をわざと作り出すことで、統治者へ怒りの矛先が向きにくくする手法です。

その後、様々なアフリカの国が独立を宣言し、その多くの国では独裁政治が行われました。民族の枠組みを超えて独裁者への崇拝を誓わせ、反対する勢力への処刑を行い、言論封じなどの強権発動をしていた独裁者たち。彼らがいかにナショナリズムの昂揚に尽力してきたかがわかったのは、アメリカなどの介入により独裁体制が崩壊したときでした。

独裁体制の崩壊により「民主主義の時代」が訪れることはなく、指導者を失った国民は、何百年も前から存在していた、部族・宗教・民族という単位に還元されていったのです。

そこから始まる内戦、難民問題は日々ニュースで報道される通り。

国は違えど、第一次世界大戦の後に分割された国々は、今なお、部族・民族・宗教と、便宜的に引かれた国境線に由来する問題を抱えており、そのしわ寄せは全て非力な人たちのところに生じています。

 

とりあえず読み終えて一番に思ったのは、「難民に来られても…」と嫌な顔をしている国の一部は、100年前にアフリカの国を人工的にわけっこして植民地経営していた国ではなかったっけ…?と。微妙な気持ちに。

風が吹けば桶屋が儲かる…とは違うけれど、ここで無理するとあっちで争いがおき、こっちに加担すると全然別なところで軋轢が生じる、なんていう、多数の民族が他国の事情で一つの国にされてしまった悲劇が、ここまでたくさんの摩擦を生むか、と、まさに「引き裂かれた大地」にふさわしい内容。中東問題について、武力でどうこうできる状態ではないということははっきりわかる。じゃあどうすれば…?なんていうのはわかるはずもないけれど。

 

この6人、一人一人をよーく見ていけば、抱えている問題、家族への想い、よりよき明日への希望なんかはそこらへんにいる人と全然変わらない。でも、情勢を俯瞰してみると、今私たちが置かれている環境とは全く違っていて、その落差にショックを受けます。

 

「小さな国で」という本に触発されて読んでみましたが、とても重くて、やるせなさでいっぱいになります。類似の本他にも読んでみたいと思いました。

 

おわり。

 

 

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