はらぺこあおむしのぼうけん

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「人生は簡単なことよりも正しいことをできるかどうかだ」少年の目から”善”とは何かを見つめた小説 「少年は世界をのみこむ」トレント・ダルトン

こんにちは。

今年の2月に発売された作品。

「少年は世界をのみこむ」トレントダルトン

ヤングアダルト向けではありますが、いい大人が読むからこそ心にずっしり響いてくる。気が早いけど、本屋大賞や翻訳大賞でいいとこにいくんではないかと思っている次第!!


少年は世界をのみこむ (ハーパーコリンズ・フィクション)

80年代のオーストラリアの小さな町。ベトナム系移民などが暮らす貧しい地区に暮らすイーライの母は麻薬に溺れ、父親代わりのライルは密売人。兄はあるときから喋ることを止めてしまいました。そんなイーライの親友は、殺人犯かつ脱獄囚という老人スリム。

スリムがもたらす子ども思いのアドバイスの甲斐もあって、イーライは夢や希望を失わずに未来に向かって生きています。そんなイーライの将来の夢は記者になること。自分が置かれた境遇を過度に悲観することなく日々を淡々とこなすイーライでしたが、麻薬や暴力がはびこる貧しい町で暮らす少年が、大人のゴタゴタに巻き込まれずにいられるはずもなく……

どこのスラム街もそうですが、子どもたちには本当に過酷な世界です。親の本当の職業を知ってしまったイーライが友人に「自分のまわりの大人はみんな善人だと思っていたけど本当は悪党だった」とこぼすと、「大人なんて最低の生き物」と友人が返す、そんな世界観。しまいには友人の親に見初められ「元締め」の稼業を手伝わないかと誘われる始末。得ることよりも諦めることのほうが圧倒的に多く、ナイーブな心のままでは到底生きていくことはできません。

イーライは、親友スリムの精神年齢鑑定によると「70歳から老衰の間(!!)」とされるくらい成熟しきっているティーンです。そんな彼は、世界を”善”と”悪”という目で見ています。脱獄囚だけど自分に優しくしてくれるスリムは善人とカテゴライズして良いのか、凶悪犯が時々見せる思いやりをどう解釈したものか…など、悪の中の善、善の中の悪をうまく消化しきれずにいます。

スリムは「人は光からも影からも逃れられない」という教訓をイーライに授けます。喜びにも悲しみが伴うように、光の前に引きずり出されたことで影が生まれる。どれが善でどれが悪かなんて時間が経ってみないとわからないのに、きっちり分別して片付けたがるイーライは青臭くてちょっと危うげ。ただ、そんな彼も、悪をのみこんだ善良な大人たちにもまれる中で、彼なりの”視点”を獲得し成長していきます。

貧しくて複雑で闇を抱えているスリムは、一見すると”不幸”ですが、実は彼の心は誰よりも豊か。スリムに言わせると、豊かさの秘訣は”ディテールを大切にすること”。ディテールとは、身の回りの小さなことに目を留めること、ディテールを大切にすることで世界に色彩が生まれ、人生が豊かになる。そんなディテールマスターのスリムはなんと、ディテール技を繰り出すことで時間の進みすら自分で制御する(!!)ことができるらしい。

ただ、このディテール第一というポリシーのせいでどうでもいい描写ばかりが続くため、なんとまぁ読みにくい本。笑 第一章で挫折した人も多いと思うし、約600ページ読み終えるとそれなりの達成感はあるものの、「こんなに細々したこと描写する意味ってあったのかな?」と純粋に疑問を持ってしまいます。ディテールの大切さは伝わるけど、「ほら、ディテールって大切だろ?」と押し売りしてくる感も否めず、逆にディテールというものの価値を損なったのでは?なんて、せっかちな読者の私は思ったりもしました。笑

このストーリーなんと著者の実体験がベースになっているという驚き。

貧しさに端を発する不幸の物語というのは、見ていて辛いものがあります。豊かな国の普通の家庭に生まれていればおよそ経験しなかった不幸を背負わされる、貧しい地域に生まれた子どもたち。そんな彼らが犯罪に手を染める姿には悲しみしかありません。貧しさ故に起こる社会問題は、個人を責めても解決しないし、人間性に訴えたところで的外れ。この問題を自分の問題として捉えてきた作者だからこそ、一見ろくでなしの登場人物に惜しみない愛を注げるのだろうと感じます。

エンディングも◎。全ての問題にカタがついて、ハッピーハッピーエンドというわけにはいかない現実的な感じがGOOD。不公平に折り合いをつけることを繰り返して生きるのが普通の人間だから。

おわり。