はらぺこあおむしのぼうけん

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湖畔にある廃墟×未解決事件×家族の秘密に惹かれないヤツなんかいない!「湖畔荘」ケイト・モートン

こんにちは。

 

湖畔にある廃墟×未解決事件×家族の秘密なんていう大好物をフルコースで堪能(しかも上下巻の超大作)できるなんてホクホクしてしまいました。東京創元社から文庫がでたばかりのこちら、寝不足にご用心。

「湖畔荘」ケイト・モートン

湖畔荘 上 (創元推理文庫)

湖畔荘 下 (創元推理文庫)

ミステリが読みたい!第2位、

週刊文春ミステリーベスト10 第3位、

このミステリーがすごい!第4位

 

と、実はミステリ系の賞を総なめにしているすごいヤツ。前評判に違わずすごいヤツなので、おぉ…って声が出ること間違いなし。

 

以前紹介した、「エヴァンズ家の娘たち」を彷彿とさせる作品で、今回も、女ばっかりがぽんぽん生まれてくる女系家族の何代にもわたる物語。結婚を機に自分の人生に別れを告げ、自分がなりたくなかった女になり、男に人生を託し、苦労と秘密を背負い込み…というところも同じです。

dandelion-67513.hateblo.jp

 

時は2003年、謹慎中の女刑事が強制的に2週間の休暇を言い渡されてコーンウォールの祖父のもとを訪れるところから物語は始まります。迷子になった犬を追って森の中に入り、そこで荒れ果てた湖畔荘を発見するなんて、なんて耳すまなストーリー。女刑事セイディ、彼女が一人目の主人公です。

そして1930年の夏まで時代は遡ります。湖畔荘で暮らす幸せな一家を地獄に突き落とした未解決事件がこの物語の中核をなしている。推理小説家志望の次女アリスが、もう一人の主人公。

 

予想を裏切らず、アリスは2003年になっても健在で、矍鑠たるオールドミスとして(あー絶対結婚できないわコイツって感じのばあさんになって)、ストーリーを前へ前へと進めます。アリスは推理小説家になるという夢も叶えており(しかも売れっ子!!)、多作で残酷な描写もなく心理描写が巧み、さらに常に合格点をたたき出すアガサクリスティのような優等生になっている。ただその性格は、アガサにミスマープルを足して青汁で割った感じで全然好きになれないから序盤はイライラし通しです。悪い年の取り方したもんだな!って言いたくなる。笑

 

ただ、どうでもいい話だけど、唯一アリスとわかり合えるポイントを発見してしまって、それは、シャーロックホームズについて。「演繹的方法で説明のつかぬものはないと豪語するホームズの自惚れ」と一刀両断されてて、わかる×100。ちょっと好感が持てます。笑

またアリスはミステリの10戒を守ることも信条としており、それも好感度高い。最近コレ知らねぇミステリ作家多いよなぁ…って思う。

 

アリスは、HowよりWhyという観点から犯罪を描くことを追求することを信条としています。どうやって怪事件を起こすかではなく、何があんな普通の人を殺人に駆り立てたのか?という深イイ小説を書いているらしい。アリスの信条通り、この小説に出てくる人は皆どこにでもいる普通の人。しかし普通の人が集まり暮らすお屋敷の中で、おぞましい事件が起きるのです。その事件を、心の闇、秘密、欲望が引き起こした結果と言って片付けるのは簡単だけど、全ては裏で”愛”が糸を引いていたと考えると、事件に対する見方が180度変わるから不思議なものです。

 

みんなそれぞれ秘密を抱えたまま口を閉ざしているし、事件の遠因となったのもおそらく家族の事情だし、そして事件は未解決で…と、幸せだった家族はいとも簡単に崩壊します。秘密を抱えて生きることはどんなに辛いことか、いつも心のどこかに家族への疑念を持っているのはどんなに辛いことか。事件当時の湖畔荘にはびこっていた疑惑、早合点、嫉妬、焦燥…人に過ちを犯させ人生を奪うのに十分すぎるこれらの雑音から、丁寧に真実だけを取り出していくセイディのひたむきさに救われる作品です。70年以上前の事件へのアプローチとして、会ったこともない人間の心情を想像し、納得いくまで何度も想像し直したり、様々な手段で入手した屋敷の見取り図を照らし合わせて隠し扉を発見するなど、読み物としても推理小説としても素晴らしい!!

 

長篇にありがちな、上巻が終わる時点で

・伏線らしきものから動機がなんとなくわかってしまう(悲劇)

・何もわからないけど、それ以前にその“秘密”とやらを知らなくてもいいような気分になってくる(もっと悲劇)

とかいう中だるみもなく、構成、心理描写共にハイレベルでExcellent!

ここまで自分向けの小説に浸れるとは…と大変幸せな時間を過ごしました。

 

特にすごいなって思ったのは、「この伏線最後まで重要だろうな…」と思うモノのうちのいくつかが、真相には関係ないところ。ただのブラフなんです。でも、ブラフにしては丁寧に時代の前後関係人間関係も考慮した上で挿入されていて、そんな貴重な伏線をポイしてまで読者を煙に巻くというその手腕たるや!伏線なら掃いて捨てるほどあるで!!という売れっ子推理小説家の余裕なのでしょうか。捨て伏線とかやばい!すごい!と感嘆しきりでした。笑

 

この小説を貫くメッセージは、「過去も未来も恥も良い思い出も全て意思を持って私たちを導いている!!」というもの。「土地」や「家族」に執着するタイプのアリスからすると、自分の来し方行く末が土地なり家族なりに根ざしていると実感できることは、(愛しさと切なさと)心強さを感じるものなのでしょう。ただ若干、辛気くせぇ…というか、恵まれている人がしがちな発想だな、という印象。後半にかけてこの運命論的なアレを強調すればするほど、ちょっとずつ微妙な気持ちになっていくので、【蛇足】の故事を解説したことばカードをプレゼントしたい気分になったりもしました。

 

アリスはオースティンのエマ(個人的嫌いな主人公ランキング5位以内にいる)を髣髴とさせる、というか序盤からエマにしか見えなくて生理的に受け付けません。下働きの人間とも打ち解けられるワタシを気取って使用人とお友達になろうとしているところとか、ワタシの想像力や聡明なところを理解してくれる王子様が必ずいると信じているところ(結局いなかった・・・)とかすごく痛々しいし、大きくなっても勘違いが激しい嫌なヤツのままだし…。エマも結婚しなかったらこんな女になったんだろうなと想像してしまう。

老いて弱気なところを見せたりもするけど、「私も老いたなァ…」なんて自省することはなく、若いアシスタントに当たり散らしてみたり、セイディの気持ちをもてあそぶことで発散させているあたり「クソババァ…」ってなるんですね。

エマも故郷とか実家とか大大好きですごい土地とか家族に執着しそうだし(勝手なイメージです)、ああもうアリスはエマにしか見えない!ということで、主人公の性格や理念にはまったく共感できなくてイライラもするけど、それでも読むのが止まらない推理小説ってすごくないですか??と逆説的にもオススメします。笑

 

同様の作品として、「秘密」「忘れられた花園」の2つ(どちらとも上下巻)があるそうで、早く読みたくてウズウズしています☆

 

おわり。

 

2021年12月15日追加:

 

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