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「何かを変えれば何かが変わるはず」というどこまでも他力本願な「救済」を求めた一家の悲劇と再生の物語 ハヤカワ・ミステリ文庫「エヴァンズ家の娘」

こんにちは。

 

ハヤカワ・ミステリ文庫「エヴァンズ家の娘」。

いろいろな賞を受賞しているだけあって、構成も、盛り込まれたテーマも素晴らしい!女系家族×さびれた湖畔の家(別荘)×何十年も前に起きた失踪事件という組み合わせに興味を惹かれないひとはいるでしょうか…。

エヴァンズ家の娘 (ハヤカワ・ミステリ)

死を前に過去を悔悟するルーシー(70代)の手記と、現代のシングルマザーのジャスティーン(ルーシーから見ると姉の娘モリーの子)の物語を交互に読むことでエヴァンズ家の秘密が明らかにされる構成。

ルーシは、美しい姉リリスと甘え上手な妹エミリーをもつ三姉妹の中間子。毎年家族で避暑に訪れていた湖畔のコテージが舞台です。姉は、同年齢の友達と遊ぶ(男子とももちろん遊びたい)に夢中になり、最近はルーシーに構ってくれません。家族以外の世界に羽ばたきたくてウズウズしている姉は厳格な父の心配の種。聖書を引き「純潔を保つことでいつまでも子どもの心でいなさい」と説教する父に「お父さんが子どもの心を失ったのはいつですかぁ?」と聞くくらいに反抗期のリリスでした。

姉の仲間に入りたいのに入れないフラストレーションと、両親の愛を一身に受けるエミリーへの嫉妬に心乱される11歳の夏、6歳のエミリーが失踪します。ルーシーの日記にはエミリーの事件の真相と、彼女の唯一の友であった隣家のミラー家の息子への想いが綴られていました。

舞台は現代に移ります。2人の娘を抱えたシングルマザーのジャスティーン。元夫は行方知れず、その後、彼女の心の隙をついて転がり込んできたパトリックは独占欲が強く束縛も病的。大叔母ルーシーが湖畔の別荘を自分に遺したと聞き、衝動的に子どもを連れてカリフォリニアからミネソタまで車を飛ばします。今の暮らしから逃げたい一心で。

ジャスティーンの母モリーは、若いころから男に夢を託して騙されてばかり。誕生日も感謝祭も、気が向いた時に祝ってもらったことしかありません。モリーのようにはなるまいと決めたのに、父親はいない上、子どもに満足な生活もさせられない…ジャスティーンは、モリーと同じような母親になっていることに焦りを感じています。湖畔の家にしばらく暮らしてみますが、やはり期待していたような落ち着きは得られず、しかも金目のものをあてにした母モリーまでもが転がり込んできます。ジャスティーンは、ルーシーの遺産の処分がつつがなく終了したら、湖畔の家を出ていくと決心しましたが、そんな時、束縛男パトリックが湖畔の家を探り当て…

五代にわたるエヴァンズ家の女性が登場するわけですが、脈々と受け継がれていくエヴァンズ家(女)の血に抗うジャスティーンに応援したくなること請け合い。とにかく引きが悪い彼女たち、一回お祓いしてもらったほうが良いのでは?と言いたくなる。

 

テーマは「救済」です。

物語中盤、ジャスティーンは、エヴァンズ家の人間が全て、他人に依存することで自分が抱える問題を解決しようとしたことが諸悪の根源ではないかと思い至ります。

「救済」力には満ちているが、かぎりなく受け身な言葉。それがあらわすのは、わたしたちを超える偉大な力。神、男女の愛、子どもの誕生、成長するという単純な行為。わたしたちはそういう事柄が自分たちを救ってくれると考える。(中略)要するにわたしたちはひとりの例外もなく、みずからを救済する方法を知らなかったのだ

娘と向き合うことを恐れ、「聖書曰く~」と神に説教を代行させていた父、父のおぞましい行い(本書一番の衝撃)を見て見ぬ振りし、父の陰に隠れていた母親、男に夢を託すというやり方でしか自分を変えれなかった(しかも失敗した)リリスモリーなど…。途中までモリーと同じ道を歩み続けていたジャスティーンでしたが、自分のやるべきことは「自分で自分を救済すること」だと気付き、彼女の行動は大きく変化していきます。お祓いしては?と思えるほどのツキのなさは、ジャスティーンの代でやっと断ち切られるのかも、そんな余韻を残して終わる作品。

環境を変えれば何かが変わるはず、という願望は多くの人が抱いたことがあると思うんだけど、「何かを変えれば何かが変わるはず」というどこまでも他力本願な思いは、もろにここで言われている「救済」ときっと同じ。結婚・出産・転職などなど、確かに自分も環境を変えることに多くを期待しすぎて、何も変えられなかったかもしれない、なんて思いました。

 

私が最も興味を持った人物はモリーです。ぱっと見、物語の主役はルーシーとジャスティーンと思われがちですが、モリーはルーシーの日記にもジャスティーンの物語にも、存命かつ分別がつく年齢の女として登場する唯一の人物。ということで、モリーについては、誕生から湖畔の家での暮らし、家を飛び出してからの数十年、子育てと娘との関係の全てを追うことができ、物語の要ともいえる(ちょうど真ん中三代目だし)。父方の祖母の嫌悪と不寛容な町のせいで、幼いころから屈折した感情を植え付けられた不幸に同情してしまいます。物語の終盤、自分に辛い人生を強いてきた父方の祖母・町の弁護士に積年の恨みをぶつけるところは少しだけスカッとする。本当に少しだけだけど。

ルーシーは中間子あるあるなのかもしれないけど、すげー卑屈。被害者面して平気で人を傷つけて、その結果に無関心。姉への気遣いを見せるふりして内心軽蔑しているし、「私は弱い女です」っていうのを平気で言っちゃう。そういう女が一番強いんだよ!w

ただ、モリーはルーシーの内面を全てお見通しで、出ていく直前「干からびたバージン!」と罵倒する。干からびたバージンて、個人的には1、2を争うほどの名セリフで、よく言ったモリー!と褒めたくなるし、だから私はモリーが好きなのかもしれない。笑

 

この物語に欠かせないのはミラー兄弟の存在です。ミラー家はインディアンで、湖畔の家の管理人のような仕事をしています。毎年夏場には食事やイベントなど、湖畔の一家の世話に明け暮れています。ミラー兄弟の母が亡くなったエピソードや、同じ年ごろの少年たちが遊ぶのを横目に淡々と仕事をする姿にウルっとくる。

彼らは、いつも湖畔にいる存在として、かつてはルーシーの心の支えであり、しだいにジャスティーンの支えとなっていきます。エヴァンズ家よりも大きな悲しみを抱えている彼らの、惑わない・揺るがない生き様が、ルーシーをはじめとする女たちのゴタゴタと対比され、味わい深い。

 

エミリー失踪の真実は序盤から想像がついてしまうため、ミステリ要素は薄めですが、結構満足。

本作品は、アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補となり、その後ストランド・マガジン批評家賞最優秀新人賞受賞ということで、かなり評価されているようです。なるほど、若干ステレオタイプ的ではありますが、キャラの作りこみも構成もばっちり。かなり充実した読書時間になると請け合います。「エヴァンズ家の娘」は2016年作ですから、そろそろ5年…次の作品を読めたりするのかな…なんて淡い期待も。

 

===以降は未読かつ、この本読もうとする人は読まないのをオススメします===

ただ、1つだけ怒り心頭な事案があるんです…それが「謝辞」

夫や子ども、泣き言を聞いてくれた友など一人一人名を上げて感謝している点も、女々しいな(著者は女だけど)…と読んでいたのですが、極めつけは、

この物語に出てくる両親や姉妹と正反対な自分の家族に感謝。彼らのおかげで私は自信をなくさずに済みました

って書かれているんです。いや、そんなコメント要る?

家族という枷をはめられ、それに苦しんできたエヴァンズ家の哀しみをさんざんダシにしておきながら最後、「私の家族はすごい良い家族でした!」ってちょっと無神経すぎん???児童館で遭遇する、「愚痴ばっかじゃなくて、育児はもっと楽しんだら?ママがイライラしていると子どもも可哀想だよぉ~。私は実母が近居だから、たくさん頼ってるよ!お母さんも孫と触れ合えて楽しいみたいだよ」とのたまう母親並みに無神経ですけど?笑

 

読み終わった直後、心の中にさわやかな感動と達成感が広がったのですが、謝辞で一気にテンション↓。このモヤモヤ消化しきれない…!

日本のレシピ本なんていうのの謝辞は無法地帯で、「Y.Tさんありがとう!」とか「個人的にやれや…もしくは名前を掲載したいなら名字を書け」と思ってしまうモノも多々あって…まぁ、それはレシピ本という性格上どうでもよいけど、読者に考えることを促す重めの小説において、主人公(登場人物)と読者との対話空間に作者(友達たくさん家族大好きリア充)がニュっと顔を出し「私は対人運に恵まれてたけどね!」って知らせてくるのっていうの、どうなん?(じゃあ読むなと言えばそれまでなんだけど、だって、結末の隣のページに謝辞なんだもん。笑 流れで読んでしまう…)

久々に「蛇足」って言葉が頭に浮かんだ。笑

ターゲットの読者を、家族との関係に苦しみ孤独に生きてきた人に設定した割には、自分の人生は孤独と無縁だったとアピってしまう著者の無神経さを見るに、ルーシーの中間子故の苦しみや、ジャスティーンとモリーの互いを嫌いながら離れられない感も、ただ書きやすいテーマとして取り上げただけなのかな、と「狙った感」が先に立ってしまって、作品自体はすごくよく思えたのに、一気に陳腐な印象になってしまいました。

===ネタバレおわり===

 

前も書いたかもだけどポケットサイズが気に入っていて(ポケットに入れて持ち歩くわけではないけど)、今読んでいるのもポケミスです。

 

おわり。

 

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