カズオ・イシグロのジョークの才能にただただ驚かされる カズオ・イシグロ短編集「夜想曲集」
こんにちは。
カズオ・イシグロの最新作「クララとお日さま」の発売(2021年3月)が地味に楽しみな今日この頃、短編集「夜想曲集」を読みました。
老歌手:離婚を前に最後の旅行する元スター歌手とその妻。「結婚によって成り上がかった」妻と、「若い女と結婚して耳目を集めたい」夫の利害が一致した結婚だったが、目的が果たされたため離婚することに。一時は愛していた相手をとの別れは辛いが、このまま目的もなく共にいても余計に惨めになっていくばかりだから…。元スター歌手の大ファンだった青年は「人生は本当に、一人の人間を愛し続けるよりも大きなものなのか?」と自問する。
降っても晴れても:大学時代の友人夫婦を訪ねた主人公の男は、友人夫婦の関係がぎくしゃくしているために胃が痛い思いをする。しかも親友に関係の修復を依頼され、怒り心頭。親友は成功者で自分はただのフリーターであるという劣等感もあり爆発寸前の彼は、親友の妻(自分の古くからの友人でもあるし昔少し好きだった)が自分を「イライラ王子」と呼んでいるのを知ってしまい…
夜想曲:ブ男のサックス奏者が超一流整形外科医のもとで整形することになった話。一時的ではあるが超セレブの女性と隣の部屋で療養することになり、親しくなる。一時の友情を別れの物語。
などなど。
モーバンヒルズ、チェリストは退屈なので早々に断念しました。笑
「老歌手」は余韻に浸れる良い話だけど、あとは普通の話で、オチもない。それでもこの短編集をオススメしたい理由はただ一つ、「カズオ・イシグロのジョークがめっちゃ面白いから」です!
カズオ・イシグロは、冗談が通じず、向き合っていてもむっつり黙っているタイプだと勝手に思い込んでいましたが、そんなことはない。英国ジョークなのか、気の利いたことをたくさん言って笑わせてくれます。腹を抱えて、とまでは言えないけど、「マスクがあって良かった」と思えること請け合い。
たとえばサックス奏者が整形するよう説得させられるシーン(「夜想曲」)。妻が他の男のもとに飛び出していき、間男が整形費用を持つという謎の展開にもニヤけてしまうんだけど、それ以上に、彼らの熱意が笑えるほどスゴイ。
妻:「ちょっとメスを入れてみたら??」、「かっこいいドライバーになりたければかっこいい車を買じゃない?整形もそれと同じことよ!」と力説。
何をそんなに熱くなっているんだ?と突っ込みたくなるような熱意で整形を決意させるシーンは、整形に対する日英の考え方の違いなのか、コメディなのか判別しかねる。
「振っても晴れても」は一番オススメ。とある理由から親友の家をめちゃめちゃにしてしまった主人公は、「近所の犬が入り込んできた」ということにして責任逃れをしようと画策します。犬の臭いを再現するために、数々のスパイスと使い古しのブーツを煮込むんだけど(この秘伝?のレシピは大学時代に開発した)、結局うまくいかず、完成品に対して「これは…まぎれもなく…ハイキングをした後のブーツの臭いだ」と真顔でコメントする。
このジョークを日本語にかえる訳者のセンスにも脱帽です。
カズオ・イシグロのイメージががらっと変わる一冊でした。
おわり。