はらぺこあおむしのぼうけん

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人が生きるということは、誰かにとっての何者かになるための道のりなのかもしれない。叶うならばその道を誰かと共に歩みたい。「Giv:その犬の歩むところ」

こんにちは。

 

2018年の本屋大賞で翻訳小説部門第3位の「Giv:その犬の歩むところ」。(1位は「カラヴァル」)

「犬」小説ということで、開始5分で泣かされる。泣きどおしの作品でした。

子ども・動物・ラーメン(グルメ)は、数字の取れる特集だということは広く知れ渡っていますが、これと同じような感じで、動物を使って泣かせにかかるのは意地でも「泣ける作品」としてノーカウントにする主義。笑 無意味な意地と分かっていながら、泣くもんかと読み進めましたが、「犬パートで泣いているわけではない…人間パート(?)で泣いている…」ということに気付き、価値を再確認。文句なしに素晴らしい作品です。

その犬の歩むところ (文春文庫)

ギヴという賢い犬の、様々な人間に寄り添った人生の物語。語り手はイラク戦争で傷を負った、元三等兵のディーン・ヒコック。ギウの最後の飼い主で、彼が数少ないヒントからギヴの人生をたどっていこうとするストーリー。

どこからか逃げ出してきたギヴという犬が、モーテルを経営するアンナのもとに引き取られたというエピソードから物語は始まります。その後、ギヴの名を継いだギヴJr.(以降は彼がギヴと呼ばれる)はジェムとイアンという兄弟に盗まれ、イアンの恋人ルーシーと暮らし始め、ルーシー亡きあと、2年間の空白期間(どこかで虐待されていた)を経てディーンに出会います。ディーンは、9.11で唯一の親類である姉を失い、その後イラク戦争に従軍。大切な戦友を守れなかったという負い目から自殺を考えていましたが、ギヴと出会い、彼と暮らす中で、一人一人がもつ「人生という物語」に思いを馳せるようになります。

 

この小説の頻出ワードは、愛と夢。

「誰にとっても何者でもないということは、自分が無だということだ」

とう言葉が開始数ページで示されます。それを「愛のない状態」、「生きものは何者でもなくなると、生きることが耐えられなくなる」と言い換え、これが本書を貫くテーマ。何者でもない者が、愛を得ようとする物語です。

姉の死や戦場で目撃した死、そして自身の死を思う中でディーンは、「自分が生きた痕跡を残せるのか」という思いにとらわれます。おそらく根っこは「誰にとっての何者でもない」苦しみと同じ。欠点だらけの自分を抱えて、それでも友が欲しい、自分が生きている意味(許し)が欲しい、そんなディーンの叫びが聞こえてきます。

こういう筋立てにありがちな、ラッキーアイテムが点々としてみんなハッピーになる系ではありません。もちろんギヴは関わった人をある意味幸せにしていく存在ではありますが、ギヴが為したことはただ、飼い主に寄り添っていることだけ。

人が生きるということは、誰かにとっての何者かになるための道のりなのかもしれない。しかし、少なくとも一人(一匹)の友がいないと、その道のりは険しく辛いものになる。ギヴの果たした役割は、その一歩を踏み出すための支えになることと言えるでしょう。

当たり前ですが、人間にとっての「何か」になるのは難しいけど、犬にとっての「何か」になるのは簡単だから、とりあえずしんどいときは犬飼おうぜ、っていう話ではもちろんない。

「愛」に次ぐ頻出ワード「夢」についていうと、「夢って誰にもなきゃいけないものですよ」って言葉が好き。そのあと、「それとビールもね」って続くのがもっと好き。笑

 

本書のみどころの一つに、犬と人間の生き様の対比というのがあります。
ディーンには、忘れられない犬がいました。それはイラク戦争の時に見かけた牧羊犬。
銃弾の嵐を巧みにすり抜け、それでも自分の職務を忘れないあの犬。銃撃を受け死を覚悟したディーンは彼に「お前はよくやった!」と声を掛けます。
「実際的で迷いがなく勇敢」
後日あの牧羊犬をそう評したディーンは、犬のもつそんな性質に惹かれていきます。
もちろん、ディーンの生は険しく残酷ですが、ギヴと関わり合うようになって以降は、その矛盾し複雑に絡み合い、行き場を失くした思いが、ギヴの賢さや純粋さや忠誠と変に対比されてしまい、「なんか人間ってめんどくせぇな」という思いすら抱いてしまう不思議。ディーンがすでに気付いている「実際的で迷いがなく勇敢」な犬の生き方を意識して真似してみれば、もっと悩みなく生きれるのでは?俺たちより力も技術も持ってるんだからさ。というワンワン相談室ともいえる様相を呈し、進んで悩み事を作り出し落ち込んでいる人間の愚かしさのようなものが逆に強調される結果に。
他にも、無気力なようでいて細々としたことに執着し、夢がありながらも言い訳をして夢から目をそらす…友がほしいのに素直になれず攻撃的な態度をとる。ディーン以外にもこんな人間がたくさん出てきます。まぁ、そんな愚かしさがあってこその人間ですよね。
 
本書のみどころは「矛盾だらけの人間」「人と共にあるという本能に従う犬」がもたらすいわゆるシナジー効果で、いろいろな危機を乗り越えていくというところなんですが、危機に次ぐ危機で、もちろん盛り上がりがあって泣けるんだけど、毎度毎度ギヴの命を危険にさらすなや!!とクレーム入れたくもなる。
 
また、この本の裏(というか裏でも何でもないけど)テーマは、母国アメリカへ贈る賛歌。ミシシッピ川から始まるトムソーヤの物語、ケネディ暗殺、ベトナム戦争、9.11、カトリーナの話にページを割き、自分が信じてきたアメリカが揺さぶられ、変わっていくことへの戸惑いを素直に表現しています。さらに、9.11にまつわる一連の流れを「真の敵を見誤ったわが国」と評し、カトリーナでは大統領の対応を非難することで、弱き民の声を代弁しているともとれます。ただ、揺らぐBIG AMERICAに対し、物語に出てくる人々の心はおそらくアメリカ建国の頃から変わらず温かく勇敢で、アメリカの誇りや可能性を感じさせるストーリーでした。
 
最近アメリカ小説が続いているんですが、アメリカは愛国心が強いなぁっていつも思います。愛国心っていうのは、親が子に向ける感情に似ている気がして、日々叱咤するし(ていうか怒ってばっかりだし)、多くを期待するがゆえに時に落胆するけど、底力や可能性への信頼は揺るぎないという印象を持っています。そういう刷り込まれた強い気持ちを感じるからこそ、私はアメリカ小説が好き!
(知った風に書いていますが、アメリカに行ったことはありません。笑)
 
文句なしの「泣ける本」です。人の哀れを誘う情景、それを否が応にも盛り上げるナレーション(てか語り)…構成、泣き所、アメリカ的なエピソードなど、悔しいくらい上手で良く練られてんな!(涙)ってなりました。泣かせどころとは理解しているけど、それでも泣かされる。5分に1回くらい涙ぐんでいたんですが、もう大丈夫だろうと安心しきった最後、天地創造の伝説でダメ押しの号泣。
 
天地創造に際して神は地上を二つに分けた。そのために底知れぬ深淵が掘られ、その一方の地上には人間、もう一方の地上にはそれ以外の全ての生き物が住まわされた。ところが深い水が広がるのを見て、犬はその溝を飛んだ。人間と同じ地上に住むために。
(略)
犬がその溝を越えたのは、人間を愛し、人間が求める近親者になりたかったからだ。人間の善良さとともに歩む善良さを自らにも求めたからだ。
 
心がモヤモヤっとした時、人の優しさに触れたくなった時に読んでほしい作品です。
 
おわり。

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