はらぺこあおむしのぼうけん

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登場人物、誰の人生を取り出して眺めてみても、絶望と怒りがほとばしるトラウマ級小説 カリン・スローター「グッド・ドーター」

こんにちは。

 

カリン・スローター「グッド・ドーター」 オビのあおり文句に偽りなしの衝撃度です。

グッド・ドーター 上 (ハーパーBOOKS)

グッド・ドーター 下 (ハーパーBOOKS)

本屋さんに平積みされているので、とりあえず上巻だけ買ってみましたが、翌日には下巻を買いに本屋に走るという有様。笑 ファンが多いというのも頷ける完成度の高さと心理描写の生々しさ。王道ミステリかと思いきや、こんなに胸に深く突き刺さってくるなんて!!!

 

物語は、約30年前の弁護士一家を狙った殺人事件に遡ります。問題児を積極的に弁護している変わり者弁護士ラスティの家に男2人が押し入り、母ガンマを銃殺、長女サマンサを生き埋めにします。事件の生き残りである次女シャーロットは、胸に大きな秘密と傷を抱えながら、父と同じ弁護士になりました。

ある日シャーロットは、地元の学校で起きた銃乱射事件に偶然居合わせます。校長と幼い少女が犠牲になったこの事件は、留年を苦にしたゴス少女ケリーの犯行と思われますが、何かが引っかかるシャーロット。ケリーの弁護を申し出たシャーロットの父ラスティも、ケリーはユニコーン(白)と直感していました。しかし、閉鎖的な町に、凶悪な事件を起こした未成年の肩を持つことで町中から嫌われているラスティ…30年以上前から続く様々な因縁が邪魔をして、うまく調査ができません。

そんなとき、父が何者かに刺されて重傷を負います。父の代わりにケリーを担当することになったシャーロットは、ケリーの身に起きた出来事や彼女の知能に疑問を持ち、独自に調べ始めます。銃乱射事件の疑問を一つ一つつぶしていく中で、30年前の事件に向き合わざるを得なくなったシャーロットの再生を描いた物語。

 

アラフォーのシャーロットの人生は危機を迎えています。夫との不仲、不妊、夫(自身)の不倫…夫と向き合う事を恐れてさっさと自分の安全地帯に逃げ込み、殻に閉じこもっている彼女。傷つくことを過度に恐れ心を守るために頑なになるのは、シャーロットの悪い癖ですが、あの壮絶な事件を生き延びた彼女は、そのように生きることしか選べなかったのでしょう。

「いつも力んでいないと世界という闇にいともたやすくのみ込まれてしまう」

彼女は、自分自身を、過去も未来もない透明人間として見なすことで時々湧き上がる激情から身を守っています。

 

現在起きた事件をきっかけに、氷漬けにされていた過去の事件の真相が明るみに出るというアプローチは使い回されたものですが、シャーロットにとって現在の事件(銃乱射事件)は、古い事件を解決に導くきっかけなんてものではなく、それ以上に大きな意味を持っています。それは「箱を開けるべき時の到来」

 

事件のこともその後の辛いこともぜんぶ、「箱」に入れてしまおう。目には入るけど、絶対に開けない。時が来箱を開けた時には、中身はすっかりなくなっている。

彼女は父にそう教えられ、モヤモヤを箱に詰め込んで30年間を生きてきました。

箱にいれればいつか消えるって、それってほんと・・・?

ってなるけど、やっぱりそんなわけない。

箱にムリヤリ入れておいた辛い記憶が約30年にわたりどれだけシャーロットを苦しめたか。30年経って、中身はどんなことになっているのか、というのが本書一番のミドコロです。

 

これでもかと痛めつけられるシャーロットたち。主人公をとことん痛めつけて人生のエッセンスを引きだそうとするやり方というのはわかるけど、直視できない…!!読者を鬱々とした気分にさせるレベルは、こういう手合いの中でも頭一つ飛び抜けています。結末も(救いはあるけど)ウツ度高め…

経験上、女性の作家は暴力的なシーンがマイルドと決めつけていましたが、少なくともカリン・スローターは情け容赦ない。トラウマ級に強烈でした。

 

さて、「普通の人生」という選択肢を奪われた状態で無慈悲にも世間に放り出されたシャーロットは、心を守って前向きに生きるためにいろいろな方法を試し、ことごとく失敗しています。辛い気持ちを箱に入れて蓋を閉じ、中身が消えているのを願い、じっと息を詰めて生きる”プラン:箱”は、中から腐敗臭が漏れてきて心が毒されてしまいました。

心の中に誰にも入れない逃げ場を作り、本当の意味でこの世のどこにも存在しないように努めるという自殺とも呼べるやり方は、一見うまくいっている感じがしますが、愛する夫との関係に緩慢な死をもたらします。復讐を誓い復讐のために生きるのがもっとも危険なのは言わずもがなで…

 

じゃあ、この小説が提示する、最も正解に近いattitudeとは:

「人生を楽しむ、今あるものを大切にする、それが復讐」

やっぱり、そこに向かうしか光はないのかもしれませんが、言うは易く行うは”超”難し。

 

 

一連の事件について考えてみると、はっきり、ギルティ!!って思う人は2人。おかした罪の種別ではなく、心根という意味で。それ以外は被害者と思える部分もあり気持ちは複雑です。おかした罪の種別ではなく、心根という意味で

それに関連して、ずっとモヤモヤしていたのははラスティの信念。

「悪いやつは悪いことをするけれど、それでも機会を与えたい」

というもの。どうしても被害者の気持ちを考えてしまう私は、チャンスなんている!?と思ってしまいますが、「人は簡単に罪をおかすけど、おかした罪につぶされそうになる”ようなひともいる”」、「罪をおかすという点においては、善人も悪人も関係ない”ような場合もある”」というのは理解しますが(但し書きつきだけど)、何の非もない人が受けた傷との釣り合いを考えると、やはりなんとも言えない。

また、娘が性被害に遭ったと知ったラスティは、以降は同種の事件の弁護ができなくなります。「被害者は全て一から人生を立て直す。多くの選択肢を奪われた状態で(でも加害者は何も変わらない)」からこそ性犯罪は憎むべきとラスティは言います。

 

弁護士としての信念、父としての無念とどう折り合いをつけて30年を生きてきたのか。犯罪者に人生を狂わされながらも、秘密を抱え、弁護士として犯罪者に寄り添い続けた彼の人生を思うと、彼の人生後半はどのようなものだったのか考えてしまいます。ただ、おそらく「機会を与えられた」人たちがラスティの葬儀会場の外にたむろするシーンは、狙ったな!!とは思うけれど涙なしには読めない、ラスティの人生の苦しみが昇華したように思える最も美しいシーンでした。

 

 

登場人物、誰の人生を取り出して眺めてみても、絶望と怒りがほとばしる、人生の生々しさが胸に迫る小説。ずっしり重めです。そういう意味で逆にオススメできない。笑

彼女の作品、気になるけれども他のは読まん!と思うほどの重量級トラウマ小説でした。

映画化とかされてもきっと面白い。

 

おわり。