はらぺこあおむしのぼうけん

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冴えない人生×ホラ話×人生哲学…「ビッグフィッシュ」の前日譚 ダニエル・ウォレス「西瓜王」

こんにちは。

「ビッグフィッシュ」に続いて、ダニエル・ウォレス「西瓜王」です。

ビッグフィッシュの父エドワードの出身地アシュランドで起きたお話です。「ビッグフィッシュ」の中で触れながらも明快な答えを出せなかった、「なぜ人は自らを飾り立てずにはいられないのか」という疑問について、答えを示してくれる。

実は2020年初ヒットの予感ですが、人気が出なかったのか入手困難。

西瓜王

 

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主人公はトーマスという18才の青年。彼は自分を産んですぐに死んだ母のことを知るために、彼女の最期の地アラバマ州アシュランドを訪れます。アシュランドは今では忘れられた町。かつてはスイカの名産地スイカの名産地~♪)として名を馳せていましたが、18年前、べと病という病気により、全てダメになってしまいます。ニッポンからも観光客が来たほど栄えていた町も、今やその影もなく、若者も去り、偏屈な老人や老害ジュニアがのさばる保守的な町に。

母の死の真相を町の人から聞き出す中でわいてくる、父は誰なのか?という疑問。自分を育ててくれた祖父の嘘と真実。そして、トーマスを王として18年ぶりのスイカ祭りを強行しようとするアシュランドの人々との緊迫したやり取り。みどころ満点です。

 

まずは、母の死の真相から。

母ルーシーは若い頃、父の資産(父は存命なので遺産ではない)の調査という名目でアシュランドを訪れ、父の持ち物であるハーグレーヴス邸に住み着きました。燃えるような赤毛に緑の目、そしてはじけるような若い肉体に、アシュランドの男は骨抜きにされ、用のあるふりをしては家に近づくように。ルーシーもそれを最大限に活用し、家のリフォームを「毎日の手作り弁当」で請け負ってもらうなどして、町の人との交流を楽しんでいます。

それを面白く思わないのはアシュランドの女たち(と一部の老人)。バカな亭主が若い女に夢中なのもムカつくけど、ルーシーが、アバズレを装っておきながら男たちに指一本も触れさせていないのも、それはそれで腹立たしい。そしてもっとムカつくのは、自分たちがずーっと村八分にしてきた黒人や障がいを持つ人々とも交流しているところ。イギーという障がいのある青年を家に招き、読み書きを教えていました。(便乗して、俺も綴りが怪しいから教えてもらいたいな~~。と群がる男もいるもんだから、妻はカンカン!)

保守的で排他的、言い換えれば古いしきたりを守りよそ者を入れないことで維持してきた「暮らし」を変えてしまったルーシーと、反感を抱かずにはいられない町の人たち。

さて、アシュランドには古くからの伝統行事「スイカ祭り」がありました。その一番の見世物は、「イニシエーション」という、町で最年長の童貞に年増女と初体験をさせ豊作を祈る儀式。元童貞は、スイカ王として崇られる(見世物にされる)ことになります。今年のスイカ王はイギーに決定したのですが、イギーに聞いて野蛮な儀式の存在を知ったルーシーは、怒り心頭で実行委員会に乗り込みます。しかし、「もう決まったことですから、よそ者が口出さんでください」とあしらわれ、彼女は一計を案じる。次に実行委員会のもとを訪れた彼女は、「実はイギーは童貞ではありません。そしてその証拠に…」と自分の膨らんだお腹を見せます。その時お腹にいた子がトーマス。そして、ルーシーは出産時の出血によりこの世を去ります。

イカ王を生み出せなかったその年、町のスイカ畑は全てやられてしまい、名産品だったスイカも、結束の証だったスイカ祭りもそれっきりに。

 

そして18年後、ルーシーの子トーマスがアシュランドを再び訪ねたことを、町の人々は「王の帰還だ」と喜び合います。「18年前に生まれた男の子をスイカ王に立てることで町が甦る」というでっちあげをし、トーマスをスイカ王にしてお祭りを強行しようとします。閉鎖的な町に閉じ込められたトーマスは、逃げることができるか…?そして自分の父は誰だったのか…?

というお話。前半部は「セバスチャン~」風で謎とき要素もあって楽しく、18年後の後半部は「閉鎖的で狂信者ばっかりの町に閉じ込められる都会人」風のサスペンスっぽくてハラハラする。

前半部では快く話をしてくれる気さくなおっちゃんおばちゃん連でしたが、「トーマスはスイカ王」だと認識した後半部、途端に図々しくグイグイ迫ってきます。決まりだ!伝統だ!無視するな、若輩者が!と、ノーなんて言わせない。コレ、田舎移住あるあるでしょう。お客さん扱いされているうちは優しかった村人が、移住した途端、自治会やらなにやらで圧力をかけてくるやつ!!

 

「母の死の真相」と「18年ぶりのスイカ祭り」の間に挟まっている祖父についての回想は、人生哲学に満ちていて趣深い。

トーマスは祖父に育てられたのですが、その祖父はビッグフィッシュの父と同様にアシュランド出身で、ほら吹き。祖父の仕事は不動産業だったのですが、「家を売るのではない、夢を売るのだ!」と話を「大げさ」に語ることで契約にこぎつけ、セールスマンとして名を上げていたようです。

トーマスは祖父に、母のことを教えてと何度もお願いしていますが、これもまたビッグフィッシュ父と同じようにはぐらかし、教えてくれないんです。母や自分の生まれについて何も知らないトーマスは、「自分は冒頭100ページが破り取られた小説のようだ」と感じています。そして、「世の中、愛してくれる人さえればいいというものではない。血を分けた家族が欲しい」と、自分が恵まれていると認めながらも、母の面影を求めてやまない。トーマスをアシュランド行きに駆り立てたのはこんな思いでした。

トーマスが年頃になったころ、祖父は職を失います。かねてから問題になっていた祖父のホラ営業が裁判沙汰になり、不動産を販売するライセンスを失います。実は、「この家には文豪が住んでいた」や「この家にはチョウがとまる」、「この家の下の鉱脈が神経痛を治す」という完全アウトな嘘をついていたんですね。詐欺!!!物語を語るという大切なものを失った祖父は、元気を失い、亡くなります。

「祖父は、自分がつくった物語の寄せ集めでしかない。祖父は楽しく生きる世界の住人かもしれないが、ぼくはそうではない」

真実と向き合えずに夢ばかり見ている人のことは理解したくもない…トーマスが祖父を見る目は冷たいものでした。

 

子どもの時には宝くじを買う親のことを見て「宝くじなんて…3000円あったらいろんなことができるのに」と思っていましたが、この年になって思うのは、人生どこかで、「ああ、今の人生変えるには宝くじしかないんだなぁ」って気づく瞬間があるね、ということ。

「ああ、こんなクソくだらねぇ毎日」と宝くじを買うような時、「がむしゃらに頑張る」以外に人がとる道は2つあります。「過去にすがる」か「二次元(夢の世界)に行く」か。(高校の時、アニメにはまりすぎて「二次元に行きたい!!!」って言っていた同級生がいました。それ以来、私は現実から目を背け夢の中に生きる人を二次元の人と呼んでいるのですw)

祖父は二次元の人となりました。祖父もどこかで感じたのだろうと思います。このままの道を進んでも、たぶん自分が望むような出来事には出会えない。そして、自分の人生を粉飾することを選び、実世界で孤立を深めていったのです。

祖父の言い分はこう。「自分たちのことを物語にして語れるからこそ、人は生きていける。物語なくして人生が成り立つか」

祖父は秘かにバカにしていました。「文豪が住んでいた家」に住んだ小説家志望の男。家を買う時は「創作意欲がわいてきた!!!」ってなっていたくせに、現実をチラ見してしまい夢から覚めてクレームを入れる。「どうして夢を見続けることができないんだ??」と怒りさえ覚えます。夢を見て心地よく生きていればいいものを、現実世界に勝手に戻ってきやがって、しかもイライラを他人のせいにするんじゃねぇ。と。

対してアシュランドの人は、過去に生きることを選びます。「平々凡々とした町として生きる運命に引きずられる一方、わたしらはどうしても過去をふりかえらずにはいられない。唯一無二の特別な場所であった頃の、その町を」

これ、「町」を「人」にするとめっちゃ共感するやつ。

過去に救いを求めるのも、ウソ話を自分に聞かせるのも、所詮は「虚飾」。自分が自分の人生を肯定するためには、「自分は立派な人間である」という前提が必要です。その証拠に、トーマスは自分がかつて愛されていた証拠を探しにアシュランドまで来たのです。

しかし、「自分が立派である」という大前提を失ってしまったら、それは自分で作るしかない。過去の素晴らしい時に思いを馳せるのでもいいし、自分をファーストレディだと思い込むのでもいい。そうやって、何とか自分の気持ちを立てようとする必要が出てきます。

 

ただ、本人はどうでもいいよ、ご勝手に~なんだけど、家族やまわりに迷惑をかけるのは良くない。過去に生きるとか二次元の人になるとか、それは老人ホームに入ってからで全然間に合うので、今のところは日々を生きていこうと思います。

この小説には、ヤバめな人も狂信的な人もいるけど、平々凡々な毎日に立ち向かう人もたくさん出てきます。

例えば、ルーシーに夢中になる男の妻。

「どうしようもないわけだよ、自分がどうしたいかわかっていて、それが無理なのもわかっていて、手にしているものにはもう飽きちまって、となると、あとはわたしたちにとっても不幸な話さ。本当に惨めだった」

ルーシーのことを語る老婆。

「どうして人は他人の失敗を何よりも喜ぶようにできているのかしらね。ほかにもっと楽しいことはないのかしらって、いつも考えてみるんだけど、いまだに一つも思い浮かばないわ(笑)」笑いごとじゃないけど、真実ではある。

ルーシーに夢中になる男の妻Part2

「特に驚くこともないけど、飛び上がって喜ぶことはない、透明なのが一番なのじゃないかしら。すべてほどほどなのが。なんでも、大きければいいってもんじゃないでしょう。やたらと目立って、いつもまわりの人を惹きつけずにはおかない、誘蛾灯みたいな人生は、ねぇ。あなたのお母さんじゃないけど(笑)」

どうだろう、最後の2人はルーシーの不幸で自分を慰めているタイプだから健全とはいえないかなw

 

 

他にも読んでみたいんだけど、邦訳で手に入る長編は今のところ3作品のみでした。2017年にも長編が出たらしいので、邦訳希望!!

 

おわり。 

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