はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

世界や人と繋がりたいからこそ、人は本を読むのかもしれない 「プリズン・ブック・クラブ ーコリンズ・ベイ刑務所読書会の一年」アン・ウォームズリー  

こんにちは。

 

「プリズン・ブック・クラブ ーコリンズ・ベイ刑務所読書会の一年」アン・ウォームズリー

刑務所で行われた読書会を通じた受刑者の変化を追ったノンフィクション。

プリズン・ブック・クラブ――コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

刑務所での読書会を主催するボランティアをしている友人キャロルに、読書会を一緒にやらないかと誘われたライターのアン。読書会を実施した一年で、彼女が受刑者に抱くイメージは大きく変わることになります。そして、少なからず、アンの存在は読書会のメンバーにも良い影響を与えていました。

”本を読んでどう感じたかを聞くことは、その人が持つ世界観に触れること”という言葉通り、課題図書に対する読書会のメンバーの感想は、アンたちが選書した時の予想とはかけ離れていることが多々あり、時に潔く、時に残酷な考察からは、彼らの生き抜いてきた辛い過去が推察されます。今まで知らなかった世界を垣間見たアンたちのほうにこそ学ぶことが多かったのかもしれません。

 

ゲストとして呼ばれたある作家は、刑務所読書会を見て、今までで一番良い読書会だ!と絶賛します。受刑者が時間を持て余し、娯楽も少なく、外部との交流に飢えていることがその理由。時間とエネルギーを月に1回の読書会に注ぐからこそ、議論が深まるらしい。

 

読書会が与えた良い影響は他にもあります。ムスリム、先住民、スペイン語圏などなど、受刑者は同じコミュニティの人としか関わりを持っていませんでしたが、読書会が広がる中でコミュニティの枠を超えた交流が生まれたそうです。

また、積極的に議論に参加する4人を「アンバサダー」に任命して、休みがちな人や本を最後まで読んでこない参加者へ声がけをさせ、読書会のメンバーを増やしていきました。

 

刑務所内での犯罪の多くは、孤独と暇に根ざすもの。課題を与え同じ目的を持つ仲間を増やすことで、刑期を終えた後の人生に希望を持たせることにも成功したようです。

 

受刑者の斬新?な意見には目からうろこ。

例えば、有名なジャーナリスト夫婦の、障害のある息子を育てる感動のノンフィクションを読んだときの感想は、「俺の人生は子どものせいで悪くなったということを伝えたい感じがして不快だった」「共感できない」と総スカン。小中学校の授業でこんな発言したら、「思いやりのない子!!!」と先生がヒステリー起こしそうですが、彼らには彼らなりの言い分があります。

上流階級に生まれ、高水準の教育を受け、真っ当な仕事についている人間が、子どもの障害という壁にぶち当た「俺の未来が…」と嘆いても全くピンとこない。しかも、ナニーも雇って受けられる全ての医療サービスを受けてて、、、それ以上に困っているヤツはもっといる気がするんだけど…と、「ちょっと何言ってるかよくわかんない」ばりの塩対応。笑

 

これにはアンも驚き、受刑者に対する思いやりが足りなかったと反省します。

薬に走り売人をしたり悪い組織にいたりした受刑者たちの多くは、幼少時代、良い家庭に恵まれなかったことが多いです。経済的に困窮し、親の愛も得られなかった。ワルいことをしていた頃は、暴力や嘘・裏切りなんて日常茶飯事で、人の善に触れることが少なかった彼らと、両親から愛され普通の人生を歩んできたアンたちの世界の捉え方は全然違いました。

 

また、主催者である元ラジオパーソナリティのキャロル。彼女の、読書会を開催する意気込みや行動力には感服しますが、「受刑者を教え導きたい」という下心が見え透いていて、個人的にはなかなか好きになれません。基本的に受刑者を”下”に見ている感あり。アンは「自分の子どものように思っている」と好意的に解釈していますが、選書の基準や会の”まわし方”には薄っぺらさを感じる時が。

キャロルには「理想とするヒーロー・ヒロイン像を与えたい」「読書によって彼らを中流階級に引き上げたい」という若干おこがましい動機があるんですが、受刑者たちと交流している時間はアンなんかよりも長いはずなのに、いつも空回っているきらいがあります。彼女、アンに比べて読書会を通じて何かを学んでいない&成長していない説が濃厚。笑

 

例えば、「スリー・カップス・オブ・ティー」の会。「スリー・カップス・オブ・ティー」とは、パキスタンアフガニスタンに学校を作る登山家について取り上げたいわく付きのノンフィクションですが、この登山家を絶賛してこんな風に問いかけるのです。

 

「実に英雄的だわ!こんな英雄になるためにはどうすればいい?」

なんか薄い!すっごい薄い!!どうすればいい?ってw

 

その問いに対してある受刑者は「一度遠征に行くと4ヶ月も帰って来ないけど、妻の我慢強さに甘えていないか?」と回答。他にも「すごいけど・・・(無言)」「動機が曖昧?」と微妙な反応が返ってくる。

 

また、ある受刑者が「タリバンに誘拐された話がいろいろ矛盾している気がする」と指摘します。やばい組織に所属していた経験がある彼は、この誘拐話にいくつかの違和感を感じた模様。その彼の直感は、約6週間後に、この本の著者の誇張・横領・捏造が明らかになることで証明されたのでした。やっぱり”その筋のモン”の直感って侮れんな…。

 

選書にもセンスが必要です。世界の暗部を見尽くした受刑者たちにテキトーな本を持っていくと、逆に失望させてしまうことにもなりかねません。ただ、こういった、受刑者との価値観の違いを際立たせる出来事は多々ありましたが、彼らとの関係は大変良好。車で何時間もかけて、本を携えて自分たちを訪れるアンたちには、深い感謝をしているようです。特に読書日記をつけた受刑者の変化はめざましい。

 

受刑者の精神疾患率は高いそうで、劣悪な環境の中、精神的に病んでいく人も少なくないようです。何年もの刑務所暮らしの中で、正気を保つこと、そして未来に希望を持つことは想像以上に難しいはず。そんな彼らに”良質な本”を与え、率直な思いを語れる読書会を心の支えにした受刑者はたくさんいたようです。

世界や人と繋がりたいからこそ、人は本を読むのでしょう。そしてそれを語り合える仲間がいるということはなんと素晴らしいことか。

 

”罪を憎んで人を憎まず”とかいう言葉にはそこはかとない偽善の香りを感じていた私でしたが、本に真剣に向き合った受刑者の本音を耳にすると、人間が更生する可能性を強く感じました。

 

おわり。