はらぺこあおむしのぼうけん

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軽妙なタッチで戦争の悲しみを余すことなく伝えてくる良作 デイヴィッド・ベニオフ「卵をめぐる祖父の戦争」

こんにちは。

デイヴィッド・ベニオフ著 「卵をめぐる祖父の戦争」

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)

こちら、このミス2011年版[海外編]で第3位!(うーん、微妙っ!笑)

他には、ミステリが読みたい2011年版[海外編]第6位、

本の雑誌」が選ぶ2010年ノンジャンルベストテン第4位・・・

とまぁ、どんぐらいすごいかはよくわからない受賞歴ではありますが、めちゃくちゃ良いです。

伏線の回収も見事だし、何よりも「戦争ってなんだ?」という重いテーマについて、ジョーク(下ネタ)も交えつつ、伝えるべき事を言い尽くしているその手腕が素晴らしい。

おそらく著者は皮肉屋で照れ屋で毒舌家なんだと思うけど、「にくい!」「うまい!!」と随所で思わせてくれる。エンディングまでの疾走感はピカイチの作品です。

 

作家のデイヴィッドが、祖父に戦争経験を訊ねます。祖父が語ったのは、誰にも語ったことのない「卵をめぐる戦争」でした…。

舞台は第二次世界大戦下のロシア、レニングラード(現サンクトペテルブルク)。

主人公のレフは、空から降ってきたドイツ兵(落下傘部隊)の死体から食料を漁っているところを逮捕され、(おそらく)銃殺刑を待つ身です。留置所で出会ったのは金髪碧眼のイケメン、自称大学生のコーリャ。

翌日二人は、大佐の前に連れられ、「12個の卵を探せ」と命令されます。娘の結婚式にケーキを焼きたいが、卵だけが手に入らない。それさえ手に入れたら見逃してやらんこともない、と。当時のレニングラードは、ドイツ軍に包囲され籠城中。市民全体が飢餓に苦しむ中、どこにあるかもわからない貴重な卵を探す旅に、二人は出発することにしました。

 

人見知りで、すぐ卑屈になるレフに引き換え、明るく楽天的で機転の利くコーリャ。おまけにコーリャはイケメンということで、レフはコーリャの前ではいっそう卑屈になりがち。しかし、コーリャの明るさと(実は彼なりの悩みもあったり)、二人で難局を乗り切ったという連帯感が、二人の友情を強くしていきます。

 

はじめに出会ったのは、人食い夫婦。卵があるとだまされて部屋に上がると、そこにつるしてあったのは死体…お尻の肉はやわらかいからパティに向いているらしい(実際、当時はそういうことがあったと思われる)。肉切り包丁で追っかけられながらも命からがら逃げ出します。次に出会うのは、貴重な鶏を抱いたまま死に絶える少年とその祖父(の遺体)。鶏はかろうじて生きていたけど、オスであることが判明し、泣く泣くスープにします。その次に出会ったのは、森の中で、ドイツの特別行動部隊(泣く子も黙るアインザッツグルッペン)に囲われている女達…女達の家で起きたパルチザン(ゲリラ兵)によるアインザッツグルッペンへの急襲を機に、彼らの冒険は命がけの逃亡劇となります。捕虜の一団にこっそり混じり、ついにアインザッツグルッペンの本部にたどり着くレフ達は、無事に卵を手にすることができるのか…?

 

この小説、ストーリーに非現実感を見事に持たせることで、ただの悲惨な戦争話から頭一つ飛び抜けているところが素晴らしいと思います。そのおかげで、青年の冒険譚(成長物語)にも読めるし、ミステリーとしても読める、読み方によっては異世界訪問譚にも読めたりします。

例えばこれ。

人食い夫婦も、鶏を誰にも渡すまいという一念で妖怪と化した少年も、森の奥に住み世の中から隔離されているぷっくり太った少女達、捕虜の一行に混じりラスボスの居城を目指すところも、まるでグリム童話に出てきそうなシチュエーション。もっと言うと、「空から人が降ってくるシーンから始まる」、「12個の卵を探せと言われて旅に出る」と、のっけからファンタジーな展開がなんです。まぁ、空から降ってくるのは死んだドイツ兵だし、12個の卵を探せと命令するのは、王様ではなく大佐なんだけど…。

しかもこの、浮世離れした冒険の舞台に、魔女の出てきそうな寒い寒い森を選んだというところも憎らしくて、読み終わった後に、やっぱり「あの数日の出来事は夢だったのではないか…?」と思わせてくれる感じ、ナルニアっぽくて興奮する!

 

ちょっと不思議な冒険に、戦争の悲惨さをこれでもかと滲ませてくる著者の発想力・構成力に脱帽です。戦争の悲しいエピソードをわざわざ書き連ねることなく、こんなに悲惨な物語を書けるものなのか!!!と目からうろこ。

そして一周回って戦争の恐怖も伝わってくる。人間関係のバランスが一気に崩れることで、信じられないことが実際に起きるという恐怖が。卵のために人殺しが起きただの、食糧難で人食いが出たなど、童話目線でみたら一つの”設定”で終わってしまうようなことが、「戦争の時には実際にありました」となれば、話は全然違う。戦争の恐怖ってこういうところにあるよな…となるわけです。

 

コーリャの無鉄砲な性格が幸い(災い?)し、卵に近づいていく二人でしたが、ここでコーリャの正体が露見します。自信たっぷりで女にモテモテ、やりたい放題のコーリャが、実は大きな秘密を抱えていたということが判明し、物語は急に切なさを帯びてくる。

 

とにかく会話が軽妙で、持ち前の明るさと若さで戦争の苦しみをはねのけようとする青年たちの幸せな明日を祈らずにはいられない小説です。

「もう9日もクソしてないんだ」

普通に聞けば、は??ってなるこの台詞、何ヶ月もろくなものを食べていない青年の口から出た言葉と思えば…涙なしには読めない。コーリャの軽口に笑わされながらも、死亡フラグをおっ立てまくりながら冗談を連発するコーリャ…いやもうほんと、悲しくなるからやめて。

 

この本、笑わせたいのか泣かせたいのかわからなくて、どういう評価をされるのが著者的に嬉しいのかわからないんだけど、一つ言えるのは、戦争の中で起きた一つの冒険を明るく書こうとしたら、どうしても悲惨な感じになっちゃったの…という体で、絶対泣かせにきている確信犯だと思います。僕は笑ってほしいんだとか真顔で言いそう(勝手な想像です)

それぐらい上手い!上手すぎて、うーん!にくいっ!という感じ。

 

戦争ものはたくさん読んできたけれど、どこの国が主役であっても、起きる事は皆一緒。

略奪、性的暴行、特権階級、ゲリラ、餓え、疲れ、不衛生…どこの国が良い・悪いではなく、戦争が起きたときに苦しむのは、唯一国民だけなんですよね…。

戦争ものがハッピーエンドに終わらないのは世の常で、この小説も、読み終わった瞬間「寂寞の感!」という言葉がぴったりでした。ただ、最後の台詞にちょっとだけニヤリとさせられてしまう、それだけが救い。

「おばあちゃんの料理」という言葉を頭の片隅に置いて読んでください♪

 

おわり。