はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

生きづらい女の切ない物語に、おばあの優しさが光を灯す 新潮クレスト「サブリナとコリーナ」

こんにちは。

 

カリ・ファハルド=アインスタイン「サブリナとコリーナ

久々の新潮クレストブックスです。

ミステリにどっぷり浸かっていた数ヶ月の間に、また良い作品がいろいろ出てきたみたいで嬉しい。

サブリナとコリーナ (新潮クレスト・ブックス)

ヒスパニック系コミュニティに生きる女達を描いた短編集。

おそらく一般的な短編の中でも短めで、あっという間に読み終わってしまいます。余白の美ならぬ余韻の美。ざらついた舌触りの作品ばかり。個人的には、心情を解説し、これでもかとたたみかけてくれる長編のほうが読みやすいと思っていて、短編は無意識に避けてしまうのですが、「サブリナとコリーナ」は、一時的な気持ちの揺らぎをつぶさに描くことで読者に違和感を与える、長く心に留まる作品ばかりの秀作揃い。

全米図書賞最終候補作。

 

家出を繰り返す母を持つ娘の哀しい日常を描いた「シュガー・ベイビーズ」、若くして亡くなったいとこの死に化粧を施す話「サブリナとコリーナ」、奔放な妹の危なげな生き方に嫉妬してしまう不器用な姉を描いた「姉妹」、母ひとり子ひとり、ときどき遊びに来る異母兄弟のむなしい日々「治療法」、兄の家に居候する私と、母に捨てられた甥トミの優しい関係「トミ」、男に人生を託して失敗する母を恥じる娘の、行き場のない苦しみを描いた「西へなどとても」など、とにもかくにも切ない物語11編。

 

著者の育ったヒスパニック系コミュニティというのは、複雑な背景をもっています。白人の暮らす清潔な区画とは分かれていて、貧しい暮らしをしている人が多い。コミュニティの出自もバラバラで、仕事の都合で引っ越しばかり。その日暮らしで、落ち着かず、惨めな暮らし。

貧しいコミュニティによくあるように、男は暴力を振るう、女は若くして妊娠する、自活する術を持たない女は男にすがらざるを得ず、結婚に活路を見いだすが、結婚後も苦労が続く。

この物語の主人公は全て女。非力な存在であり、有色人種であり、貧しい…生まれながらにそんな条件を備えている女、すでに生きづらさMAXなのに、この物語の主人公にはもう一つ、「変わり者」という共通した特徴があります。

親が変、貧しい、不潔、学校休みがち…というどうしようもないものに加え、真面目すぎる、頑固、無愛想、カタい、可愛げない…という哀しさ。いつも孤独で理解されず、家族にも疎まれることさえある。

「ヘン!」って言われるのは誰でも嫌だけど、閉鎖的な学校生活でそういうキャラになってしまうのは大変しんどいもの。クラスメートを図書館で見かけた女の子がこんなことを思います。

彼らは新しくペンキを塗った素敵なアパートに住んでいて、彼らの車はどれもちゃんと走り、そして彼らが人前で話しかけてくることは滅多にない、ひとつの場所にふたつの世界があるのだ。でも、彼らがいるのが長くなれば長くなるほど、自分の世界が彼らの世界につぶされていくのではないかとアナは心配になる。

うん、なんかすごくわかる…わかってしまってはいけなんだろうけど、イケている女の子達が幅をきかせる学校で、自分の席にいるのに何故か間借りしているような感覚になる、そういう感じ。すでに生き辛い要素を抱えているのに、周りにもなじめない、早熟な女の子たち。早熟なのには自分のもとの性質に加え、親の代役を求められたから、という切ない事情もあるでしょう。

著者も長らく「自分の居場所がない」と感じていたそうです。同じような女の子がいたら、この本の中に居場所を感じてほしいと思っているとのこと。

この本はリトマス紙的な存在かもしれない。「なんかよくわかんねぇ」と感じる人は幸せ者。逆に、すっごい、これ私のことだ…!ってなってしまったが最後、「ようこそ!あなたも”生きづらい派”ね!」と歓迎を受けてしまうという。嬉しいような嬉しくないような。

 

ただ、この物語には、「パワフルなおばあ」という救いがあるのが魅力。厳しいけれどいつも正しい道を示してくれるおばあの存在が、この物語を単なる悲惨な物語とせず、光を見せてくれています。

「治療法」では、何をしても消えなかったシラミを退散してくれ、「西へなどとても」では、危なっかしい母を抱えて苦しむ主人公の唯一の心のよりどころとなっています。

(おそらく)子どもの時から虐げられ、早くして結婚し、夫にも虐げられ…何度ももがき苦しみ、それでもパワフルに今を生きているおばあが、唯一の救い。

 

物語には、主人公に限らず、親の不在に苦しめられる子どもがたくさん描かれます。ただ、そんな母も100%ダメ親なのではなく、少なからず子どもに良き教えを授けており、そんな垣間見える小さな愛情にいちいち胸打たれる。(子どもはそういう小さな優しさにすがって生きていくからもっと辛いんだけどね…)

ダメ親とその被害者として大人になることを強いられた子、という構図はもちろんあってはならないもの。ただ、それを心の弱さだとか自己責任だと切り捨ててしまうのは雑すぎる。ダメ母だって捨てるつもりで子どもを産んだわけじゃなく、良い母になろうとして、何度も自分を奮起させ、でもダメになって…を繰り返したんだろうなぁということくらいは思いを巡らせてあげたい。

 

この本を読みながら「マンゴー通り、ときどきさよなら」を思い出していたんだけど、やっぱ影響を受けていたとのことです。この本も良作なのでオススメ。

 

 

さて、デビュー作で素晴らしい作品を描いた著者ですが、次は長編に取りかかっているとのこと。

次回作も期待してしまいます!!

 

おわり。