はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

不条理だらけの時代に生まれた若者たちへ贈る ポール・オースター「サンセット・パーク」

こんにちは。

今年の3月に発売された、ポール・オースター「サンセット・パーク」です。

原著はリーマンショック後の2010年に発刊されましたが、日本で翻訳されるまでに約10年!!今の時代の若者の心を打つ文章の数々に、「もっと早く出会いたかったんですけどっ!!!」となること必至のこの作品。

サンセット・パーク

主人公はマイルズという27歳(リーマンショック当時)の若者。過去に、義理の兄ビリー(継母の連れ子)を死に至らしめてしまったことを悔やみ、ニューヨークの実家を離れて7年もの間放浪の旅を続け、今はフロリダでトラッシュアウト(残存物撤去:家主の破産、債務不履行、借金、差し押さえ等により銀行の所有物となった家の中を片付ける仕事)の仕事をしています。

定職に就くのが難しいこの時代ですから、ポールはしばらくこのような流浪のフリーター生活を続けようと思っているのですが、ここで一つ問題?が持ち上がります。それは、16歳の少女ピラールとの恋と、それに端を発する定住への想い。未成年との恋愛ということで、マイルズは慎重に事を運んでいましたが、ピラールの長姉に未成年者略取をネタにタカられるなどしたため、ピラールが成人するまでフロリダを離れることにします。

そこでマイルズが頼ったのが、唯一連絡を取り合っている古い同級生のビング。ビングが「住むところがないなら、俺が今いる家でシェアハウスをしよう」と提案したことで、ブルックリンのサンセット・パークという地域にある差し押さえ物件で4人の若者が不法定住するという、この物語が始まります。当時は、全米中に家を手放さざるを得なくなった人がたくさんおり、空き家もたくさん放置されていたようで、不法占拠と言ってもバレなければ見逃されがちでした。マイルズは、タイプライターなど古い機械を修理するという情緒的な仕事を営むビング、大学院生のアリス、メンヘラ気味のエレンと4人で暮らし始めます。

 

メインになるエピソードは、マイルズの親との和解。親と子の価値観が違うことは往々にしてありますが、今回は団塊世代とそのジュニアということで、その差も際立っている。マイルズの父は出版社経営、離婚した母(生物学的な母)は女優、継母は大学の教授という、いわゆる勝ち組。彼らは(勿論あっちのほうも)まだまだ現役で、第一線を突っ走る気満々なんですが、唯一の息子マイルズのことが気がかり。どうにかして関係を修復(少なくとも連絡を取り合いたい)と思っています。

実は友人ビングが、7年もの間、マイルズからの近況報告を親に垂れ流すという二重スパイを請け負っていたため、マイルズがニューヨークに帰ってきたこと(そしてその理由も)を知っています。このチャンスに何とかしようと親は躍起になるわけですが、親と子の温度差や違和感にムズムズする。

 

マイルズの親たち(マイルズ父と二人の母)の人生は、卒業式の挨拶的に言うと、

マイルズ父「バリバリ働き子どもをかえり見なかった!」

みんな「壮年期!!」

マイルズ母「ひと財産築いて老後を待つだけの!」

みんな「円熟期!!」

マイルズ継母「あとは家を出た子どもにバカげたフリーター生活をやめさせて」

マイルズ父「人生の新しい章を…はじめます」

みんな「はじめます!」

 

みたいな感じで盛り上がっている。ありとあらゆるものを手に入れてなお、新しく何かを「始めよう」とする気力旺盛な年寄りが、仕事のアテもなく人生を「始められていない」若者たちを叱咤激励する構成。

働いてそのぶんだけ賃金も上がった黄金時代を生きてきた世代、あとは自立していつか孫を連れてくる息子があれば”あがり”なんです。青臭い考えを持っている子どもを金で懐柔して復学させ、ひとかどの社会人に仕立て上げれば、自分の人生は完璧。直接的には言わないけど「今どきの若者は…」というオーラをバシバシ感じる。

対してマイルズたちは、親世代に食い尽くされ、すでに美味しいところが残っていない世の中、努力が報われないのを知っていますから、基本無気力。賃金も安いし。社会に裏切られ続けているから、期待しすぎないように生きています。ストーリーの中では、マイルズだけでなく、ビングやアリス、エレンの語りも挟まり、彼らの悩み事が明らかになるのですが、皆若さを持て余しがち。

昨日よりもいい明日が来ると無条件に信じることができた親世代、正当な手順さえ踏めば当然のごとく結果が伴ってくると無邪気に信じている親世代の無神経な態度と、「機能停止に陥った国(ママ)」で生きる手立てを見つけあぐねているマイルズたち若者世代の対比が見事なこの作品。同じ時代に生きる自分だからこそ感じるものも多く、(単行本でお財布には痛いけど)出会えてよかったなと心から思いました。

 

た・だ、よーく読んでみると、マイルズを無批判に「時代の被害者」カテゴリに分類して可哀想がるのは全然違うので、そこは申し添えておきます。マイルズはマイルズで、すげー浅い人間なんです。

マイルズは若い頃、口論になった兄を道路に突き飛ばしたことがあります。折悪くそこに速度超過の車が通りかかり、兄は亡くなりました。その記憶を封印して思い悩んできたマイルズを、父と継母は次第に宇宙人扱するようになり、家族との距離が開いていきます。家出したマイルズは、兄への贖罪のため、大学を辞めブルーカラーとして暮らすことを決めたそうです。

う~ん、そもそも、贖罪としてブルーカラーってうのがちょっとイミフ。

なんか自己満足な感じがしますね。しかも、放浪の中で16歳のピッチピチボディに悩殺されて以降は、生きる意味みたいなのを見出して途端に元気になるから、都合の良さは否めない。

あとは、実力は知らないけど、プライドだけはいっちょまえ。ブルーカラーを自ら選んだと言っておきながら、それを恥じているきらいがある。というのも、近況報告係にビングを選んだのは、ビングがマイルズの「崇拝者」だからなんです。中学生の頃のマイルズは、大人びた本が好きで賢さを隠さない男。アホなビングからしたら、全知全能の神というべき憧れの存在。

同級生にいたよね~、休み時間にわざわざ難しそうな本を見せびらかしているタイプ。マイルズの語りからもわかるんですが、マイルズはおそらくこういうタイプです。読んだ本と、著者の意図を余すところなく理解できる自分自慢を始めるんですが、ハイハイ。って感じだし、ピラールとの出会いも「グレートギャツビー」をはじめ、高校生にしては物知りな本を読んでいる。つまんない女とは違うゾ(別に体目当てでもないし)ってアピってくるんだけど、ハイハイハイハイって感じ。

自分の近況を知る存在として、当時歯牙にもかけなかったアホ男をチョイスするあたり、弱さやプライドの高さが垣間見える。ブルーカラーを選んだのも、挫折への恐怖や、やり手経営者である父と肩を並べる自信のなさもあるのでは、と勘ぐってしまいます。さっき述べたように、二重スパイのビングのおかげで、マイルズの父は息子の住まいや仕事を知っていました。心配だからバイトしている中華料理店に偵察にいくなんてこともしばしば。どこで暮らしていても、父がこっそり様子を見に来ているなんていうことも知らず、「誰にも居所を明かさずに自立した自分」を気取っているマイルズ…どうしても幼さが拭い去れれない。

同様に、同居人にも同じような浅さがあって、ビングはデモとか好きそうな、とりあえず権力に抗っていきたいタイプだし、エレンもアリスもコンプレックスの塊で一歩踏み出せないのを社会のせいにしている感もあるから、別に世代間の差異だけがテーマなわけではありません。

物語の最後、マイルズはハッピーエンド目前に「逃げ」を選択するんですね。読者一同「あーーーーー」と妙に納得してしまうという。

 

お気楽に見える親世代にも、老いに直面した人間の生々しい悩みがあります。例えば、

「年月が経つにつれて人は強くはなりはしない。苦しみや悲しみの蓄積は、より多くの苦しみや悲しみに耐える力を弱めるだけであり、苦しみや悲しみは不可避だから、人生後半にあっては、ささいな挫折が若い頃の大きな悲劇と同じ強さの打撃をもたらしかねない」

というマイルズ父の日記の記述にはっとさせられました。

年齢問わずもともとの人間が持つ弱さと、不景気な時代の空気感が絶妙に絡み合って、誰の気持ちにも共感してしまう本。初のポール・オースターでしたが、暗さと客観的な筆致がすごく私好みで、他の本も読んでみたくなりました。

ブルックリンを舞台にした、ポール・オースターの作品が昨日発売となり(文庫)、こちらを週末に読む予定です☆

 おわり。