はらぺこあおむしのぼうけん

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知らないという恐怖。理由を失えば、それだけ恐怖は怪物的になる カズオ・イシグロ「忘れられた巨人」後半戦

こんにちは。

 

カズオ・イシグロ忘れられた巨人」後半戦です。息を吐くようにネタバレしていこうと思います。

忘れられた巨人

前半戦はこちら。 

dandelion-67513.hateblo.jp

 

ウィスタン、エドウィンと旅をすることになった老夫婦は、ガウェイン卿なる老騎士と親しくなり、しばらく共に旅をします。老夫婦、「私たちは年寄りだから、道を急がなきゃ」と言う割には、道草を食ってばっかりなんですよ。高名な修道院があると聞けば、せっかくだから寄っていこう!とヘラヘラ訪ねていく。そこで大規模な襲撃に遭いますが、ガウェイン卿の手助けで辛くも脱出。しかし、ウィスタン、エドウィンとは別れてしまいます。

ガウェイン卿とも別れ、旅を続けていた二人は、ある村で出会った少女の願いを聞き、山の頂を目指すことになりました。すでに旅の目的は竜退治に変わっている様子なのが一番気になるけど置いといて…そこで老夫婦、ガウェイン卿、ウィスタン、エドウィンが集結し最後の決戦が行われます(老夫婦は危ないから見学)。そして全てが明らかに。

 

まず、ガウェイン卿とはどのような人物なのかというと。ガウェイン卿は、アーサー王に竜を守るよう命じられていました。竜の吐く霧が過去の記憶を失わせていたというのは、年寄りの妄言ではなく本当のことで、ブリトン人とサクソン人の戦いの記憶を人々から消させるため。戦いの記憶が消えてしまえば、憎しみの連鎖は絶ちきられ、平和な世の中が続いていくように思えるからです。そして竜も虫の息。このまま見逃してくれないか?と懇願します。

対してウィスタン、彼は竜を倒しに来ています。幼い頃ブリトン人から受けた仕打ちを憎み続けている彼は、「虐殺と魔術の上に成り立ったかりそめの平和になんの意味がある」と言い、「骨を掘りおこす(記憶の封印を解く)」と主張して譲りません。実際、平和に見える今の世の中でも、争いの火種はいたるところでくすぶっており、ブリトン人とサクソン人のいがみ合いが起こっています。しかも、記憶が竜の霧で失われているせいで、相手への恐怖だけが独り歩きし、サクソン人と見れば理由もなく襲うなど、恐怖がモンスターのように成長し続けているわけです。

と、ここでしばらく言い合いが続くのですが、話が全く噛み合ってないんですね。ガウェイン卿は、全体の利益を主張します。またあの時代に戻りたいのか!?と。対して老夫婦は「それでも、思い出は大切。私たち時間がないの」と、個人の利益を主張。ウィスタンのそれっぽい主張に全力で乗っかって「竜倒したい!記憶取り戻したい!」と主張します。

竜とて不死身ではないですから、竜と争いの記憶を持つ人々がこの世から退場するのを待てば良いのでは。年寄りに時間がないのもわかるけど、私怨と個人的な興味で寝た子を起こすっていうのもどうなのかしら。少なくとも、このパンドラボックス的なものをどうするかなんて、4人で簡単には決めてはいけないのでは?と、この中でいちばん可哀想な役回りのガウェイン卿に肩入れしたい気持ちも沸いてきました。

互いに譲らない二人はいざ尋常に、勝負。ガウェイン卿は亡くなります。そして竜も死に、お待ちかねの記憶ー!ぱんぱかぱーん。

 

「ベアトリス不倫してました」

おい、こんな記憶のために竜もガウェイン卿も犠牲にしのかよ!!息子は、仲の悪い親に嫌気がさし、もう帰らないと出ていきました。その後、疫病で亡くなったとの知らせが届いたと。ぜんぜん嬉しくない記憶。そしてアクセルも思い出します。自尊心から妻を罰したい欲望があったこと。口では許しを説きながら、心の中に復讐の小部屋を作っていたこと。そのせいで息子にもひどい仕打ちをしたこと。もう最低。クソジジイ。

ウィスタンらは、争いの気配を感じます。遠からず、大規模な争いが起こるだろうと。「これまでも習慣と不信がわれらを隔ててきた。それに新しい土地への欲望。これが混ざったら何が起こるやら」…できる限り遠くに逃げよう!解散!とそそくさと退散するのでした。なんだこれ、後先考えない老人の身勝手に振り回される、高齢化社会か!!!

 

とはいえ、一時的に記憶を失ったことで得た教訓もあります。

・苦しみと向き合うかもしれなかったとしても、人の好奇心は止まらない。

→記憶を取り戻してしまうことへの恐怖は道々語られますが、結局は「頑張って取り戻そう!」ということになってしまいます。まぁ、「この封印を解いて。悲しいことが待っているかもしれないけど、私は我慢できるわ!」とか主張する奴に限って、すげー打たれ弱いんだけどね。

・憎しみのもとがなければまあまあ平和に過ごせるが、茫洋とした恐怖がむくむく成長し、怪物的になる。それもそれで恐怖。

→災害時のデマとかそんな感じ。

 

国と国とが交わっていく中で、歴史理解、そして過去の出来事をどう扱うか(どう扱っているように国内外に見せるか)は避けては通れない道なのだと思います。そして、それぞれ立場や思いが違うわけで、いつまでもかさぶたを剥き続けていくのか、寝た子は起こさないのか、どのスタンス良いのか悪いのかは一概には言えません。ただ、ヨーロッパの国々は紀元前から国盗り合戦をしているってことを思うと、歴史解釈か民族紛争に対する思い入れは日本人よりも強いのかなぁ、なんて。移民の問題もあるし。

そして人と人との交わりも同じ。

 

さて、一言。

おいクソババア、お前ら、わがまますぎるんだよ!!!

老夫婦の自分勝手さが鼻につくこの小説。ベアトリスは記憶を取り戻すことに積極的なのですが、「ねえあなた、いやな記憶が戻ったとしても約束して。今の気持ちのまま私を愛すると!」と何度も夫に約束させます。序盤は「あなたが家を空けた夜」と、自分不倫されていた疑惑にとらわれているので、絶対に記憶を取り戻しておこうと思っているみたいなのですが、霧が晴れていくにしたがって、「私あなたにひどいことしたかも」と不安になってきます。そして不倫していたことが発覚し、「…」となって終了。

また、ガウェイン卿に何度も山を下りろと諭される中「我々は大丈夫」とついてきますが、ガウェイン卿の愛馬はちゃっかり占有。山頂に着いてこれからだというとき、「風が弱いところに移動したい。馬を貸してくれ」と言い出します。これにはガウェイン卿も「図々しいにもほどがある!お前がついてきたんだろうが!」と反論しますが、「この強い風が妻の体力を奪っておる。貸してくれるのか、貸してくれぬのか??」と詰め寄るなど。

そして極めつけがこのセリフ。決闘を前に死を意識したガウェイン卿が「私が死んだらこの馬に乗って山を下り、新鮮な草を食べさせてやってほしい」とお願いをすると、「私たちがお馬さんを使ってしまったら、あなたのことどうやって運んだらいいの?私たちに優しくしてくれるのはありがたいですが、ご自分のご遺体のこともお考えになって。遺体を野ざらしにするなんて、そんなこと私できませんわ」とにっこり。決闘を前にした人間にこんなこと言う??いい年して愛され天然を目指しているのかどうかは知らないけど、お前ほんと黙っとけ!と言いたくなる。

 

認知症かどうかは置いといて、この二人、短絡的思考しかできない頑固老人であることはおそらく確かで、会話がかみ合っていないし、自分の利益しか主張しません。そして、些細なことにこだわったり、見えない何かにおびえたり、アレです。偏執狂。この本を読んでいると、そんな永遠に理解し合えない老人と話をしているようなイライラが募り、介護している気分。作者は彼らにどんな役割を与えたかったのでしょうか。

 

最後は二人の死が示唆されますが、自分のやったことの重大さや今後のアレコレに向き合わずに逃げ切りなんて、子ども一人幸せにすることもできないで、お前ら、まっったく幸せな人生だったな!と突っ込みたくなりますね。

すごくどうでもいいけど、なんかむかつく女が出てくるシリーズはこちらです。

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もちろん示唆に富んだ作品であることはわかるし、解説を読んでも世界情勢や当時のイギリスの状況なんていうのも想起させられるんだろうな~ということもわかるのですが、ふと、この小説、無名の新人が書いていたらどういう評価されるのかな、ほんとに評価されたのかな…なんて思ったりもするんです。察してください。

さて、この物語でも、「二人の愛が確かであることを示せれば、二人はずっと一緒にいられる」というエピソードが出てくるんです。「わたしを離さないで」にも同じエピソードがありますが、作者にとっての「確かな愛を示す」っていうのは、どういうことなのでしょうか。他の作品を読むとわかったりするのかな。

 

カテゴリも作ったところだし、また3か月くらい経ったら、カズオ・イシグロ読んでみようと思います。

 

おわり。

 

カズオ・イシグロの他作品はこちら。

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