はらぺこあおむしのぼうけん

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モスクワの伯爵

「モスクワの伯爵」

 

こんにちは。

サマーリーディングリストに入れておきながら、秋の夜長まで積ん読していました「モスクワの伯爵」

モスクワの伯爵

 

「チャーミングな伯爵のステイホーム生活」なんていう触れ込みでしたが、そんなに明るくはなくて、悲しい気持ちになります。やっぱりロシア小説、、、あなどれない。こちらも曇天系小説でした。

 

1922年のモスクワ。旧体制が崩壊したことで、それまで国を支配してきた貴族らは皆憂き目にあいます。銃殺された者、投獄された者…ストロフ伯爵は、生涯メトロポールのホテルから出てはいけない(出た瞬間に刑が執行される)という処分をくらい、ホテルの屋根裏で暮らすことに。とは言っても、お金は持っているので毎食優雅にレストラン(もしくは部屋食)でとり、好き放題ホテル内を歩き回り、想像したよりも自由に生活しています。

 

前評判なんかも参照した上で、辛い立場に置かれた伯爵が、なんとか気を確かに持ち、自分も周囲も幸せにしていく小説…というのを期待していました。数人のホテルマンとメイドとお友達的な存在と絆を深め合う的なまったり小説かと思いきや、冒険もあり、裏切りもあり…。ハラハラドキドキ。なんだかんだ言って、600ページ(!!)があっという間。

 

軟禁生活1日目。

伯爵は名付け親から得た、こんな教訓を思い出します。

不運は様々な形をとってあらわれる。自分の境遇の主人とならなければ、その人は一生境遇の奴隷となる。

 

この言葉は、今後の伯爵の生活にずーーーっと影響し続ける超重要な言葉。

今まで読みたかった本を読み、今まで通り人に親切にし、自分の人生を大切にしよう。彼はそんなことを決意するのです。

ストロフ氏は伯爵ということで、とてももてなし上手。ホテルマンやメイドは、変わらず伯爵を愛し続けます。王女さまに憧れる少女ニーナと仲良くなり、ともに下々の世界も知り始めます。

余談ですがニーナは、ホテルのいろんなところの鍵を持っていて、どこの部屋にも入り放題の謎少女。ホテルの裏側へ伯爵を連れ出しては、下働きの人の苦労にしつこく言及するあたり、もはや、伯爵にしか見えない妖精かなんかに見えてくる。笑 ここら辺はクリスマス・キャロルを意識しているんだと思うけど…

 

不便ではあるものの彼の生活はまあまあ許容できる感じで進んでいきますが、もちろんずっとそういう訳にはいかず、新体制の影響や戦争の影などで周囲は変わっていきます。

レストランで冷遇されたり、自分が透明人間のような気がしてきたり…そんな中ある女優と出会うのですが、彼女とのデート(ワンナイトラブ)は最悪の思い出に。

平民出の旧友は、伯爵の立ち位置を軽く飛び越え、今や時代の寵児。予定をドタキャンされたりもします。若い頃は自分が圧倒的優位に立っていたのに…もちろん伯爵は、良いところの出ということもあり、妬んだり、他人の不幸を願う気持ちはあまり持ち合わせていません。ただ、時々自らのそういう気持ちに気づいてしまい、尚更しょぼーん。

 

こうやって伯爵は、心が折れそうになる中「自分は変わらない」という決意を日々新たにしますが、変わっていく世界についていけません。それならばと自分も変わっていこうと思っても、ホテルから一歩も出られないんだから変われるわけもなく…。

いっそ他の国に追放したらどうか。新天地ならば新たな人生を始めることができようものの、それもできない…これは、新たな人生をはじめさせないという「罰」なんだろう。

なんてことを思う伯爵はやるせない気持ちでいっぱいになります。

悲しい時には悲しい過去が思い出されるのは人の性で、愛しの妹の身に起こった悲劇を思い返しては涙に暮れます。

 

ここで、200ページくらいのほっこり小説であれば、「それでも変わらない伯爵と、周りの人の絆」というところに着地させるのでしょうが、もちろんそんなわけはなく、600ページ分の葛藤や悲しみ、そしてささやかな喜びも見せてくれるのがこの本の魅力。

 

人は簡単に流されるし、恩は忘れても仇は忘れない…メトロポールのホテルという「定点」から、人を観察する面白み(哀しみ?)が8割、そして、混乱に紛れてなんとか今の状況を変えようとするとする冒険要素が2割。

良い意味でとても「現実的」な小説です。聖人君子みたいな奴が出てくることもなく、説教臭い奴もいない。それでも時々、ぱっと雲の切れ目から光が注ぐようなラッキーが訪れる。

 

切ない状況に置かれると、必ずといっていいほど、ドラマのようなどんでん返しを期待しがちですが、そういう状況は皆無で、誰も彼も、自分のことで手一杯。そんな簡単に倍返しできたら苦労しないわけで。自分を変えようと思ったら、部屋でじっとしているだけではなく賭けに出なければならないこともあるし、諦めるべき事もたくさん出てくる。

 

もちろん伯爵ですから、手にしているものは私たち平民よりも豊かで上質。だからといって、今まで手にしていたものを失う辛さは私たちと変わらない。「特権階級が私たちの地位まで降りてきただけだ」と言えば確かに小気味良い感じはしますが、一人の人間の悲しみにこうもスポットライトを当てられてしまっては、そうも言えなくて…特に先祖代々からの調度品を手放すシーンと、最期まで貴族であろうとした叔母のシーンは悲しくなりました。

微妙な状況に置かれながらも正気を保とうとする伯爵の後ろ姿にエールを送りたくなる。

 

ステイホームの参考にはならないと思いますが、自分の気持ちを一から立て直したい時には大いに勇気づけられると思います。

 

おわり。

 

 

 

dandelion-67513.hateblo.jp