はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

登場人物、誰の人生を取り出して眺めてみても、絶望と怒りがほとばしるトラウマ級小説 カリン・スローター「グッド・ドーター」

こんにちは。

 

カリン・スローター「グッド・ドーター」 オビのあおり文句に偽りなしの衝撃度です。

グッド・ドーター 上 (ハーパーBOOKS)

グッド・ドーター 下 (ハーパーBOOKS)

本屋さんに平積みされているので、とりあえず上巻だけ買ってみましたが、翌日には下巻を買いに本屋に走るという有様。笑 ファンが多いというのも頷ける完成度の高さと心理描写の生々しさ。王道ミステリかと思いきや、こんなに胸に深く突き刺さってくるなんて!!!

 

物語は、約30年前の弁護士一家を狙った殺人事件に遡ります。問題児を積極的に弁護している変わり者弁護士ラスティの家に男2人が押し入り、母ガンマを銃殺、長女サマンサを生き埋めにします。事件の生き残りである次女シャーロットは、胸に大きな秘密と傷を抱えながら、父と同じ弁護士になりました。

ある日シャーロットは、地元の学校で起きた銃乱射事件に偶然居合わせます。校長と幼い少女が犠牲になったこの事件は、留年を苦にしたゴス少女ケリーの犯行と思われますが、何かが引っかかるシャーロット。ケリーの弁護を申し出たシャーロットの父ラスティも、ケリーはユニコーン(白)と直感していました。しかし、閉鎖的な町に、凶悪な事件を起こした未成年の肩を持つことで町中から嫌われているラスティ…30年以上前から続く様々な因縁が邪魔をして、うまく調査ができません。

そんなとき、父が何者かに刺されて重傷を負います。父の代わりにケリーを担当することになったシャーロットは、ケリーの身に起きた出来事や彼女の知能に疑問を持ち、独自に調べ始めます。銃乱射事件の疑問を一つ一つつぶしていく中で、30年前の事件に向き合わざるを得なくなったシャーロットの再生を描いた物語。

 

アラフォーのシャーロットの人生は危機を迎えています。夫との不仲、不妊、夫(自身)の不倫…夫と向き合う事を恐れてさっさと自分の安全地帯に逃げ込み、殻に閉じこもっている彼女。傷つくことを過度に恐れ心を守るために頑なになるのは、シャーロットの悪い癖ですが、あの壮絶な事件を生き延びた彼女は、そのように生きることしか選べなかったのでしょう。

「いつも力んでいないと世界という闇にいともたやすくのみ込まれてしまう」

彼女は、自分自身を、過去も未来もない透明人間として見なすことで時々湧き上がる激情から身を守っています。

 

現在起きた事件をきっかけに、氷漬けにされていた過去の事件の真相が明るみに出るというアプローチは使い回されたものですが、シャーロットにとって現在の事件(銃乱射事件)は、古い事件を解決に導くきっかけなんてものではなく、それ以上に大きな意味を持っています。それは「箱を開けるべき時の到来」

 

事件のこともその後の辛いこともぜんぶ、「箱」に入れてしまおう。目には入るけど、絶対に開けない。時が来箱を開けた時には、中身はすっかりなくなっている。

彼女は父にそう教えられ、モヤモヤを箱に詰め込んで30年間を生きてきました。

箱にいれればいつか消えるって、それってほんと・・・?

ってなるけど、やっぱりそんなわけない。

箱にムリヤリ入れておいた辛い記憶が約30年にわたりどれだけシャーロットを苦しめたか。30年経って、中身はどんなことになっているのか、というのが本書一番のミドコロです。

 

これでもかと痛めつけられるシャーロットたち。主人公をとことん痛めつけて人生のエッセンスを引きだそうとするやり方というのはわかるけど、直視できない…!!読者を鬱々とした気分にさせるレベルは、こういう手合いの中でも頭一つ飛び抜けています。結末も(救いはあるけど)ウツ度高め…

経験上、女性の作家は暴力的なシーンがマイルドと決めつけていましたが、少なくともカリン・スローターは情け容赦ない。トラウマ級に強烈でした。

 

さて、「普通の人生」という選択肢を奪われた状態で無慈悲にも世間に放り出されたシャーロットは、心を守って前向きに生きるためにいろいろな方法を試し、ことごとく失敗しています。辛い気持ちを箱に入れて蓋を閉じ、中身が消えているのを願い、じっと息を詰めて生きる”プラン:箱”は、中から腐敗臭が漏れてきて心が毒されてしまいました。

心の中に誰にも入れない逃げ場を作り、本当の意味でこの世のどこにも存在しないように努めるという自殺とも呼べるやり方は、一見うまくいっている感じがしますが、愛する夫との関係に緩慢な死をもたらします。復讐を誓い復讐のために生きるのがもっとも危険なのは言わずもがなで…

 

じゃあ、この小説が提示する、最も正解に近いattitudeとは:

「人生を楽しむ、今あるものを大切にする、それが復讐」

やっぱり、そこに向かうしか光はないのかもしれませんが、言うは易く行うは”超”難し。

 

 

一連の事件について考えてみると、はっきり、ギルティ!!って思う人は2人。おかした罪の種別ではなく、心根という意味で。それ以外は被害者と思える部分もあり気持ちは複雑です。おかした罪の種別ではなく、心根という意味で

それに関連して、ずっとモヤモヤしていたのははラスティの信念。

「悪いやつは悪いことをするけれど、それでも機会を与えたい」

というもの。どうしても被害者の気持ちを考えてしまう私は、チャンスなんている!?と思ってしまいますが、「人は簡単に罪をおかすけど、おかした罪につぶされそうになる”ようなひともいる”」、「罪をおかすという点においては、善人も悪人も関係ない”ような場合もある”」というのは理解しますが(但し書きつきだけど)、何の非もない人が受けた傷との釣り合いを考えると、やはりなんとも言えない。

また、娘が性被害に遭ったと知ったラスティは、以降は同種の事件の弁護ができなくなります。「被害者は全て一から人生を立て直す。多くの選択肢を奪われた状態で(でも加害者は何も変わらない)」からこそ性犯罪は憎むべきとラスティは言います。

 

弁護士としての信念、父としての無念とどう折り合いをつけて30年を生きてきたのか。犯罪者に人生を狂わされながらも、秘密を抱え、弁護士として犯罪者に寄り添い続けた彼の人生を思うと、彼の人生後半はどのようなものだったのか考えてしまいます。ただ、おそらく「機会を与えられた」人たちがラスティの葬儀会場の外にたむろするシーンは、狙ったな!!とは思うけれど涙なしには読めない、ラスティの人生の苦しみが昇華したように思える最も美しいシーンでした。

 

 

登場人物、誰の人生を取り出して眺めてみても、絶望と怒りがほとばしる、人生の生々しさが胸に迫る小説。ずっしり重めです。そういう意味で逆にオススメできない。笑

彼女の作品、気になるけれども他のは読まん!と思うほどの重量級トラウマ小説でした。

映画化とかされてもきっと面白い。

 

おわり。

大切な人の過ちを、どこまで裁けるか ジョン・ハート「ラスト・チャイルド」

こんにちは。

 

海外ミステリ分野で高い評価を受けているということで期待して読んでみました、

ジョン・ハート「ラスト・チャイルド」

ラスト・チャイルド(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ラスト・チャイルド(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

私は初めましてだったのですが、解説を読んでみると「日本でもまぁよく売れて…」なんていうことだったので、実はミステリ界の大御所で、紹介してみたところで「今更!?」感満載なのかも知れませんが気にしない。笑

 

舞台はアメリカの田舎町。ジョニー・メリモンという男の子が主人公です。彼の双子の妹アリッサは1年前に行方不明になり、それから彼の人生は一変します。妹を迎えに行かなかったことについて、父を許すことができなかった母。いつの間にか、父は出て行ってしまいました。父の不在につけ込み、家に入り浸るようになった男、ケン・ホロウェイはかなりのくせ者。母を薬漬けにし(母が薬を捨ててもまた新しいのものテーブルの上に置いておくという手の込みよう)、母とジョニーに暴力を振るい束縛します。

少しでも母を休ませるために、ケンの家に石を投げ入れて防犯アラートを鳴らすなど(ケンが母の部屋で何をしているかはお察しかと思いますが、お楽しみ中のケンも、自宅でセ◯ムが発動したら一時的にでも家に帰らざるを得ないですよね)、とにかく健気なジョーに泣けてくる。

正気を保つことをやめた母、アリッサの生存を諦めている周囲の大人たちの中で、ジョニーだけは妹の救出を諦めてはいませんでした。警察も真っ青になるくらい詳細に書き込まれた近所の小児性愛者リストを持ち歩いては、毎日怪しい人の家を見回っています。

 

そんなある日、物語が動き始めます。

「あの女の子を見つけた・・・」

学校をサボって昼寝をしていたジョニーの前に瀕死の男があらわれ、そう言って事切れたのです。「アリッサが見つかった!!」期待に胸膨らませて家に戻ったジョニーを待ち受けていたのは、「同級生が誘拐された」という思いもよらぬ知らせでした。

町の大人の注意が、もう一人の失踪した少女ティファニー・ショア捜索に向く中、ジョニーだけは、見つかった女の子はアリッサだと信じ、独自で捜索しようとします。

同じくアリッサの事件に夢中になっていることで鼻つまみ者扱いされている刑事ハントが手を貸し(といっても喧嘩ばかりだけど)、回り道をしながらも着実に事件の真相に近づいていきます。

 

自分に注がれるはずだった愛も何もかもを犠牲にして母を思いやるジョニーと、娘を奪われて完全に崩壊した母。それでも残っている絆のようなものを必死にかき集めて、形にしようとしている母と息子を見ていると、こんな切ない物語を黙々と読んでいる自分が悪趣味に思えてくるし、それ以上に、周囲の無関心(関心はすごいあるんだろうけど)による彼らの孤独を見ると悲しくなってくる。

 

世の中皆、「平穏無事な毎日」を祈って生きています。時にそんな毎日のありがたさを忘れて「困難な道をあえて求めること」を賞賛する動きもありますが(もちろんそんな人が求めているのはインスタ映えするような困難であって『父も妹も失って廃人同然の母を抱えて生きる』ような人生ではないけれど)、そんなこと願っていなくても、そんなつもりは全然なくても、ある日突然悲劇の渦に巻き込まれることはあり得るわけです。

ただ、そんな悲劇に巻き込まれ打ちのめされたとしても、「神は乗り越えられない試練は与えない」という無神経な言葉をかけられるのが関の山。ほとんどの人は、「あの人イカレちゃったね」と言って終了。

 

地獄を見せられて「あっち側の世界」に行ってしまうと、平穏無事な毎日を当たり前のように享受していた「こっち側の世界」にはもう戻れない。少なくとも「こっち側の世界」の人が全力で引っ張りいれてくれるようなことは期待できなくて、まるで動物園のオリの生き物のように見世物にされてしまう。

「都会と違って人間関係があったかい(ハート)」と言われる古き良き田舎町で、ジョニー達を優しく気遣ってくれる人なんてわずか2、3人。ハント刑事に親友のジャック…。ジョニーの母キャサリンも、ジョニーも彼らに辛く当たってしまいますが、彼らは根気強くジョニー達に向き合います。

あー、こういうかけがえのない人間関係が彼らを救済に導くのか…と思ったら甘い!!最後の最後にどんでん返し。これでもかと辛い事実を突きつけられます。

 

この物語のテーマは「罪」と「赦し」です。

「赦し」とは少なくとも、妹を奪った人間への黒い感情に心をかき乱されず、起きてしまった事件を何とかやり過ごし、前を向いて生きていけること。これに、妹を返してくれることもなく黙ったままの神をどう信じ続けるか、という信仰という問題も関わってくる。

十分辛い思いをしてきた被害者でありながらもなお、平穏無事とはほど遠い生活、少なくとも「イカれてる」と言われないようにするために、赦しという苦痛を伴うイベントを乗り越えなければならないジョニー達…苦しみは計り知れません。

 

そしてもし、赦すべき罪が悪意でなく故意によるものだったら…?もし犯人がそれを死ぬほど悔いていたとしたら、どこに怒りをもっていけば良いのだろう。凶悪犯を憎むのと、どっちが切ないんだろう。

凶悪犯に対しては「※$♯*×~!!」と呪詛の言葉を投げつけておけば良いけど、大切な人が過ちを犯したとき、それをどこまで裁けるか…

という大変切ない物語。

 

ただ、この物語、「赦し」をテーマにする反面、悪い奴は全部殺られちゃうんです。

そういう趣は悪くないんじゃない??と、私は大変好感を持ちました。胸くそ悪い事件ばかりの世の中、せめてフィクションの中ではこういう輩は裁かれても良いと思う。

いやこれはまた…いさぎいいよ!!うん!悪くない!!となった次第です。笑

 

どうして「ラスト・チャイルド」か、というと、「残りのひとり」という意味だから。母にとって唯一残ったものジョニーと、母の再出発の物語に泣かされました。

立ち上がりからグイグイ読ませるスピード感に加えて、田舎町と少年の成長というテーマは、ベスト・泣けるミステリ・オブ・ザ・イヤー2020(私設)を受賞した「ありふれた祈り」に近くて、2021年の5本指に入るのでは…?(気が早い)というくらい好きな作品。

 

親の心子知らず、とは言うけれど、子の心も親知らずなのも大概。母親としても襟を正される思いでした。

「私は良い母親?」と自らに問うキャサリン。良い親というものは子ども人生を邪魔しないものです。最低限、いること、暴力や薬から遠ざけること、服を清潔に保つこと、飯食わせること、お金があること…など条件は意外と厳しくて。でも、できねぇもんはできねぇんだよ、っていうもどかしさを抱えて自暴自棄になるキャサリンと、どこまでも思いやりのあるジョニー。

子どもがダメ親に盲目的に尽くすという哀れなケースもあるけれど、ジョニーの場合はきっと、今まで受けてきた愛をそのまま返しているだけだと思います。この二人に幸あらんことを。

 

犯人捜しという観点からも夢中になれるので、ミステリとしても一級品です。アリッサ・メリモン失踪事件をきっかけに変わった人(事)をリストアップしていくと…探偵気分が味わえる。面白すぎて1日で読み終わってしまいました。

 

ジョン・ハートさんは初めてでしたが、複数の作品が出ている模様。ハヤカワ・ミステリあなどれん。どんどん読みたいと思います。

解説者が出会って良かった本に挙げている「川は静かに流れ」から手始めに。

 

 

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

川は静かに流れ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

おわり

 

 

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〝引き裂かれた〟の意味を味わいながら読む重量級ノンフィクション 「引き裂かれた大地」スコット・アンダーソン

こんにちは。

 

スコット・アンダーソン著「引き裂かれた大地ー中東に生きる六人の物語ー」です。

ドキュメンタリー調のノンフィクションで、「引き裂かれた大地」に翻弄される6人の人生を克明に記録した作品。洋書を読むときと同じくらい、辞書やネットにかじりついて読み終えました。

引き裂かれた大地:中東に生きる六人の物語

「エジプトの国境線がまっすぐなのは、経線や緯線をつかって分割されたから」という話は、地理の授業なんかで聞いて「ほー」となった記憶だけがありますが、じゃあその「人工の国境線」の家で何があったのか、どれだけの命が奪われたのか、そして今でも多くの血と涙が流れているのか、ということを私は全く知りませんでした。

 

本書は、戦う医師、革命家の女性、ISISに一時期加わった若者などの約20年を丁寧に記録すると共に、そもそも中東問題とは何なのか?ということを解説してくれる本。

「起源:1972年ー2003年」

イラク戦争:2003年ー2011年」

アラブの春:2011年ー2014年」

「ISISの台頭:2014年ー2015年」

エクソダス:2015年ー2016年」

の5パートに分かれているのですが、ほとんど知らない出来事。「ああこれ、ニュースでみたことがある!」という事件も時々混じるのですが、ニュースを見たの時に感じたものとは全く違う印象を得るので、SFを読んでいるような不思議な気持ちになります。

ただ、置いてきぼりにされることはなく、「そもそもなんでそうなった?」ということから書かれているため、中東問題について全く知らなかったという人でも、ある程度のところまで理解できるし、頑張って読めばそれなりに意見を言えるまでになると思います。

 

オスマン帝国の崩壊により、アフリカの国々は、イギリス・フランス・ドイツなどに支配されるようになります。列強国がこぞって使用したのは「分断統治」。少数民族を優遇して多数民族を支配させ、国民が常時いがみ合っているような状況をわざと作り出すことで、統治者へ怒りの矛先が向きにくくする手法です。

その後、様々なアフリカの国が独立を宣言し、その多くの国では独裁政治が行われました。民族の枠組みを超えて独裁者への崇拝を誓わせ、反対する勢力への処刑を行い、言論封じなどの強権発動をしていた独裁者たち。彼らがいかにナショナリズムの昂揚に尽力してきたかがわかったのは、アメリカなどの介入により独裁体制が崩壊したときでした。

独裁体制の崩壊により「民主主義の時代」が訪れることはなく、指導者を失った国民は、何百年も前から存在していた、部族・宗教・民族という単位に還元されていったのです。

そこから始まる内戦、難民問題は日々ニュースで報道される通り。

国は違えど、第一次世界大戦の後に分割された国々は、今なお、部族・民族・宗教と、便宜的に引かれた国境線に由来する問題を抱えており、そのしわ寄せは全て非力な人たちのところに生じています。

 

とりあえず読み終えて一番に思ったのは、「難民に来られても…」と嫌な顔をしている国の一部は、100年前にアフリカの国を人工的にわけっこして植民地経営していた国ではなかったっけ…?と。微妙な気持ちに。

風が吹けば桶屋が儲かる…とは違うけれど、ここで無理するとあっちで争いがおき、こっちに加担すると全然別なところで軋轢が生じる、なんていう、多数の民族が他国の事情で一つの国にされてしまった悲劇が、ここまでたくさんの摩擦を生むか、と、まさに「引き裂かれた大地」にふさわしい内容。中東問題について、武力でどうこうできる状態ではないということははっきりわかる。じゃあどうすれば…?なんていうのはわかるはずもないけれど。

 

この6人、一人一人をよーく見ていけば、抱えている問題、家族への想い、よりよき明日への希望なんかはそこらへんにいる人と全然変わらない。でも、情勢を俯瞰してみると、今私たちが置かれている環境とは全く違っていて、その落差にショックを受けます。

 

「小さな国で」という本に触発されて読んでみましたが、とても重くて、やるせなさでいっぱいになります。類似の本他にも読んでみたいと思いました。

 

おわり。

 

 

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マヤ・アンジェロウ自伝

こんにちは。

2021年1冊目はこちら。

詩人・作家・人権活動家であるマヤ・アンジェロウの自伝「歌え、飛べない鳥たちよ」です。

歌え、翔べない鳥たちよ ―マヤ・アンジェロウ自伝―

自伝とはいうものの、小説のような美しさ。彼女の出世作だそうです。

マヤ・アンジェロウは1928年の生まれで、両親が離婚した後、アメリカ南部アーカンソーにある父方の祖母の家で育てられます。兄のベイリーと二人きり、首に行き先をぶら下げての列車旅でした。8歳の時、母とともにセントルイスで暮らすことになりますが、母の愛人に性的暴行され、裁判の証言台に立たされました。心を閉ざした彼女を持て余した母は、再度マヤとベイリーをアーカンソーに送り返します。その後、また母とともに暮らすことになりますが、兄と母の溝は埋まらず、兄は家を出て行きます。17歳の時に未婚のまま母になるところでいったんおしまい。

なんと彼女の自伝は5部作(!!)ということで、まだまだ続きます。30代の頃の苦労話とかを読んでみたかったのですが、まだ先のようです。笑

 

黒人公民権運動に身を投じた彼女の、ルーツがわかります。活動家のルーツというと、強烈な経験なんていうものを想像しがちですが、彼女の場合そういうわけではなく、彼女が超賢くて、超頑固で、超負けん気が強くて、破天荒だったからこそ、激しい道を歩んできた…ような気がする。目の前に壁があったら蹴破っていくタイプの彼女、読んでいて痛快だし、ユーモアのセンスも抜群です。

例えば、貧乏な白人に対して「あいつらは色の白さは七難隠すとでも思っている」と毒づいてみたりします。神に対しても(!!)「(人間が)暮らしの水準と様式が物質的なはしごを上に昇っていくにつれ、神はそれに見合った速度で責任のはしごを低い方に降りてき給う=人間の営みは、古代~中世から大きく変わってきているのに、神に求められていることはずっと変わらずに、質素な生活を送れることに止まる…というような不満)」なんて思ったりします。デリケートな話題過ぎて、笑ってよいのか判断に困るレベル。笑 ここまでズバズバ言うのはすごい!

 

祖母が敬虔な信徒で、By the way(ところで)と口にしただけでむち打たれるような暮らしでした。(Way(道)は神のことを指す神聖な言葉、それを家の中で口にするなんて信じられん!ということらしいけど、ちょっと何言ってるかよくわかんない。笑)

その反動もあってか、信仰には懐疑的。

自分たちの暮らしは苦しく、飢えて、さげすまれ、身ぐるみ剥がされているのに、この世のどこでも、罪人たちが主人顔でおさまっている

と、「神の元にみな平等と言いながら、この不平等とはなにか??」という強い怒りが、彼女を黒人の地位向上に駆り立てたのだと思います。

 

本書は、そんなマヤ・アンジェロウの「10代編」ということで、10代の子にも読んで欲しい内容です。自伝ではあるものの説教臭さはなく、自分の失敗や思い違いも素直に書き綴ってくれているので、大変親しみやすい。

十代に贈りたいのはこんな言葉。

 

十代の時期を生き延びる人は、たとえいてもごくわずかである。多くの者は大人の順応主義の、あいまいだが命取りの圧力に屈してしまう。優勢を誇る成熟の軍勢と不断の戦いを続けるよりは、死んでいざこざを避けるほうが優しいのだ

 

若くてものを知っていないという告発に対して、みずから有罪を認めるほうが得策で、自分より上の世代が規定した罪をうけるほうが苦労がない、と判断してきた。

まぁ、こんな言葉の価値に気づくのはきっと十代を終えてからずっと後になってからだけども、

「十代を生き延びる」

…変化を嫌い順応することを求める上の世代からの圧力に屈することを全力で拒否した彼女は。この言葉は、マヤの10代を象徴する言葉でもあり、また、大人の世界に順応して彼女のもとを去って行った兄を意識しているようにも思えます。

マヤと同じくらい賢く皮肉屋で、唯一の理解者であった兄は、セントルイスに出た後は、周囲の馬鹿な大人を見下すのをやめたかわりに、人の真似をして娼婦の愛人を作ってダイヤの指輪をはめてみたりして、彼女の知らない人になっていったのでした。

昔、彼は「知識は世界共通の通貨で、そのとき自分がいる環境に応じて価値が大きく変動する」とマヤに言っていました。自分が持っている知識が何の意味を持たない環境であがくのに疲れてしまったのかもしれない…兄との別れのシーンを「兄が身を固めている不幸なよろいの下に手を差し伸べることはできなかった」と思い返し、もう、いかなる言葉も彼には響かないんだということを理解します。

 

この本の山場はなんと言っても、卒業式のシーン。学校に中央校(セントラルはもちろん白人の学校)から白人の来賓が来るのですが、なんか持て余し気味の態度。彼は挨拶で、黒人のゴールはスポーツ選手であるということを言外に示します。白人の子どもには多様な選択肢があるけれども、白人にとっての黒人はあくまでも下働きになるべく存在であり、卒業式では何とコメントして良いかわからない、という。

続く同級生代表の挨拶で、彼女の感情は最高潮に達します。

来賓の挨拶の意味を知ってか知らずか、シェイクスピアの言葉を引用しながら自由を謳いあげる男子生徒。黒人が置かれた理不尽さに怒りを覚えているのは自分一人しかいないと孤独に感じます。同じ人種であっても、差別に屈せず共に戦おうと思えるのは一握りで、多くの人は理不尽さをそのまま受け入れることを選びます(そもそも理不尽とすら感じないかもしれない)。

 

小さい頃に親に捨てられ、8歳の頃にも再度捨てられた彼女は、「自分の居場所」というものをずっと探し求めてきたように感じます。大変賢く高い理想を持っているため、低いレベルで満足することはできず、フラストレーションをためてしまう。しかも、どれだけ賢かろうが理想が高かろうが、黒人であり女である以上、その美点はプラスに作用しないという苦しみだってある。

 

最後の数ページの妊娠から母になるまでのエピソードは、ずっと迷い続けてきた彼女の人生の、新たな幕開けを予感させます。守るべき息子という存在を得たことで、彼女の人生が拓けてきたように思うのです。さらに、なかなか見えてこなかったマヤの母の愛も垣間見える最も好きなシーン。

不安に押しつぶされそうなマヤにかけた「ちゃんとしなけりゃいけないなんて、考えなくてもいい。ちゃんとちゃんとしようと思っていれば、知らないうちにそうなっているんですよ」という最後の一言が良い!「最良の自体を希望し、最悪の事態に備えているから、その中間にどんなことが起ころうと驚かない」という信条を持つこの母親の包容力、見習いたいものです。

 

訳者の解説も必見です。2014年までご存命だった彼女をインタビューした時の言葉が書かれている。

「年を取って私はどんどんママ(祖母)に似てきた」と回答しているけど、前からだよ、って言いたくなる。笑 中盤以降から、完全に思考や行動がミニ版ママなのです。その頑固さも、荒々しさも何もかも…

 

あとは、自伝を書くにあたり

自分がしたことではなく、社会がこの私に対して何をしたか、を書きたかった

 

私という個人に起こった(パーソナル)ことであってもいいが、他人と分け合えない私的な(プライヴェート)ことは除外するようにしました。

なんていうことも言っていて、妙に納得してしまいました。

 

ものすごい小さいスケールの話になることを百も承知の上で、一人の人間の視点から小さな世界を丁寧に描き出すという手法は、今や小説の王道になっていると思います。「半径5メートルの範囲しか知りません」と、世界情勢に無関心を決め込み、その中でより快適に生きることだけに汲々とする「等身大の生の営み」を賛美する流れがありますが、そういうのは苦手。

舞台を半径5メートルに絞って等身大感出そうと試みているのはいいけど、半径100キロくらいまで広げてやっと出会えるかどうかの善良な人間ばっかり出てくるし、悪は成敗されるという、結局はありもしない世界しか描けていないからです。まぁ…読めば大変に気持ちいいんだけど、空虚さは否めない。

自伝や伝記はちょっと間違うと半径5メートル風の内容になってしまいがちですが、社会に対するインパクトを持っているという意味でも、大変力強い本。

 

20代編(次巻以降~)も読んでみたい。

おわり。

 

 

2020年に出会った印象深い本10選

こんにちは。

今年も早いものであと数日。2020年も素晴らしい本と出会うことができました。

▼2019年の10冊はこちら

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#良作ノンフィクション

1.「荒野へ」ジョン・クラカワー

山中で遺体となって見つかったエリート青年。彼の日記や出会った人の証言などから死の真相に迫るノンフィクション。

事実は小説よりも奇なりとは言うけれど、偶然が2度続いたら何か裏があるというのはサスペンスの常道ですから、そういう意味で、ノンフィクションは正直、つかみ勝負なところがある。世界仰天ニュースばりに煽られて読んでみたものの、中盤の中だるみ(失礼)、終盤の尻すぼみにがっかりさせられることも多々…最後までグイグイ読ませてくれる(願わくばちょっと泣けてくる)ノンフィクションってあるの?と思っていたところにこの本!

「最後まで飽きずに読める」という素晴らしさに加えて、イデオロギー臭もなく淡々と進む語り。感傷的にもなりすぎずに一人の青年の人生の断片を美しく紡いでくれる優しいまなざし…

同じ著者の「空へ」も同じくらい読ませる(泣かせる)作品なのでこちらも是非。

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#泣けるミステリ

2.「ありふれた祈り」ハヤカワ・ミステリ文庫

少年の忘れられない夏の出来事をつぶさに描いた小説。ある閉鎖的な町で起きた事故死、自殺未遂、そして姉の不審死。その全てはつながっていて…。胸に大きなわだかまりを持った大人たちと、大人になりかけていく子どものすれ違いが切ない作品。

ミステリとは言うけれど、人間ドラマメインで、こんなに泣かせるか?!!というくらい随所に泣き所が用意されている感動作。胸震えるとはこのことか…と思いました。信仰についてじっくり考えるのを促してくれるという意味でも良作で、絶対また読みたいと思える大切な作品です。

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#泣けるミステリ

3.「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ

本屋でも平積みされまくりの話題作です。この作品の素晴らしさは、メディアが騒ぐ前から気付いてたけどなっ!ってマウントを取ってみたりする。笑

ある男が火の見櫓から転落死します。捜査線上に浮上したのは、かつて「湿地の少女」と呼ばれた女性カイア。動機は十分なカイアでしたが、彼女には鉄壁のアリバイがありました。

カイアが築いてきた人間関係の美しさに泣き…裁判のシーンではハラハラドキドキし…そして事件の真相に衝撃を受け…と、一粒で3度おいしい作品。一日で読み終えたのだけど、感情移入してドキドキが止まらず、衝撃的なラストに、半日落ち込んでしまいました。

本屋のPOPで絶賛されているようですが、期待を裏切らない作品。

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#元気になるヒューマンドラマ

4.「サンセット・パーク」ポール・オースター

リーマンショック後のニューヨークが舞台。無気力な、日本でいうサトリ系なのかユトリなのか、定職につかなくても平気な顔をしている若者と、「もっとしっかりせい!!」と喝を入れたいその親世代の意識の違いが際立っている。主人公にはあんまり感情移入できなかったけれど、主人公とシェアハウスする2人の女性については、共感するところもいくつかあり、頑張る気力がわいてくる作品。

アメリカではあんなに有名なオースターですが、私はこの作品で初めて読みました。この後この人の作品を複数読み漁ってみましたが、完成度・構成・メッセージとしてはおそらく「サンセット・パーク」が一番なのでは?と思う。中盤にダレることもないし、キャラの作りこみもGOOD、伝えたいこともしっかりと伝わってくる良作です。

 

同じ系列(雑)の「ブルックリン・フォリーズ」も良かった。

 

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#胸打たれるヒューマンドラマ

5.エリフ・シャハク「レイラの最後の10分38秒」

遺体となって発見された娼婦レイラが、生と死の間をさまよう11分足らずの間に人生の回想をする。家族に捨てられた記憶、イスタンブールに出てきてからできたかけがえのない友との思い出…。

目を見張るのは潔さです。うらやましいくらい素晴らしい友を得たレイラではあるけれど、「友を得たからと言ってハズレ親に当たったことがチャラになるわけではない」=良い親に恵まれるのに越したことはない、「レイラの人生はある時点で誤った道に進んだ」=娼婦になんてなるもんじゃない、と明言していて、「素敵な友達を得たレイラはある意味では幸せだった」なんていう意見を封じるくらいのパワーがある。自分が持っていないものを数え上げながらなんとか折り合いをつけて生きていく人間の小ささがひしひしと伝わってきました。映画化とかしてほしい!

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#胸打たれるヒューマンドラマ

6.「小さな国で」ガエル・ファイユ

アフリカ人の母と、フランス人の父を持つ少年の、アフリカでの日々を描いた作品。

オープニングが印象的な本作品。何十年も内戦が続いている故郷を捨てて、ただただ「戦争がない国」に移住したいという母と、「アフリカでは使用人付きの家に住めるリッチマンの俺は、パリに戻ったら凡人に逆戻りだから」という理由で移住を渋る父の意見の対立に、内戦地域で暮らす人々の苦しみを垣間見ます。変わっていく友、奪われていく日常、そして本に救いを求める「僕」。少年が主人公っていうのが切ない。

移住後の暮らし「アフリカ人でもないしフランス人でもない僕」っていうアイデンティティの欠如についての所感にも、考えさせられるところがあります。

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#戦争もの

7.「卵をめぐる祖父の戦争」デイヴィッド・ベニオフ

戦争が激化するレニングラードで、12個の卵を求めて旅に出た2人の青年の物語。「戦争の中ではバカな命令がまかり通る」ということを体感させてくれる。

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#カッコイイ戦争もの

8.「鷲は舞い降りた」ジャック・ヒギンズ

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#カッコイイ戦争もの

9.「女王陛下のユリシーズ号

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ガンダム大好きっ子としては、「なんかかっこいい」からっていう単純な理由で戦争ものを選びがち。「鷲~」「女王陛下の~」は、「なんかかっこいいもの読みたい」欲を満たしてくれる上に「超濃厚!」な作品なので大満足でした。

 

#イヤミス

10.エヴァンズ家の娘

「他力本願な女(一族)」をめぐる何とも胸糞悪い物語。もしかしてこれが、今流行りのイヤミス…?

大叔母が遺してくれた湖畔の別荘を訪れたジャスティーンの物語と、ルーシー(70代)の日記が交互に出てくる。日記の中で明かされるルーシーの妹の死の真相と、何とも男運の悪いエヴァンス家の娘たちそれぞれのエピソードに圧倒される。

ジャスティーンが「私たちの不本意な人生は全て『誰かが(何かが)何かを変えてくれる』」という救済と呼ぶには何とも他力本願な思いからきているのだ…と気付くシーンが好き。ジャスティーンに幸あれ。

 

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今年の1冊は…

話題作にのし上がった「ザリガニ」を選ぶのも悔しいので、「ありふれた祈り」に!

ありふれた祈り (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

軽妙なタッチで戦争の悲しみを余すことなく伝えてくる良作 デイヴィッド・ベニオフ「卵をめぐる祖父の戦争」

こんにちは。

デイヴィッド・ベニオフ著 「卵をめぐる祖父の戦争」

卵をめぐる祖父の戦争 (ハヤカワ文庫NV)

こちら、このミス2011年版[海外編]で第3位!(うーん、微妙っ!笑)

他には、ミステリが読みたい2011年版[海外編]第6位、

本の雑誌」が選ぶ2010年ノンジャンルベストテン第4位・・・

とまぁ、どんぐらいすごいかはよくわからない受賞歴ではありますが、めちゃくちゃ良いです。

伏線の回収も見事だし、何よりも「戦争ってなんだ?」という重いテーマについて、ジョーク(下ネタ)も交えつつ、伝えるべき事を言い尽くしているその手腕が素晴らしい。

おそらく著者は皮肉屋で照れ屋で毒舌家なんだと思うけど、「にくい!」「うまい!!」と随所で思わせてくれる。エンディングまでの疾走感はピカイチの作品です。

 

作家のデイヴィッドが、祖父に戦争経験を訊ねます。祖父が語ったのは、誰にも語ったことのない「卵をめぐる戦争」でした…。

舞台は第二次世界大戦下のロシア、レニングラード(現サンクトペテルブルク)。

主人公のレフは、空から降ってきたドイツ兵(落下傘部隊)の死体から食料を漁っているところを逮捕され、(おそらく)銃殺刑を待つ身です。留置所で出会ったのは金髪碧眼のイケメン、自称大学生のコーリャ。

翌日二人は、大佐の前に連れられ、「12個の卵を探せ」と命令されます。娘の結婚式にケーキを焼きたいが、卵だけが手に入らない。それさえ手に入れたら見逃してやらんこともない、と。当時のレニングラードは、ドイツ軍に包囲され籠城中。市民全体が飢餓に苦しむ中、どこにあるかもわからない貴重な卵を探す旅に、二人は出発することにしました。

 

人見知りで、すぐ卑屈になるレフに引き換え、明るく楽天的で機転の利くコーリャ。おまけにコーリャはイケメンということで、レフはコーリャの前ではいっそう卑屈になりがち。しかし、コーリャの明るさと(実は彼なりの悩みもあったり)、二人で難局を乗り切ったという連帯感が、二人の友情を強くしていきます。

 

はじめに出会ったのは、人食い夫婦。卵があるとだまされて部屋に上がると、そこにつるしてあったのは死体…お尻の肉はやわらかいからパティに向いているらしい(実際、当時はそういうことがあったと思われる)。肉切り包丁で追っかけられながらも命からがら逃げ出します。次に出会うのは、貴重な鶏を抱いたまま死に絶える少年とその祖父(の遺体)。鶏はかろうじて生きていたけど、オスであることが判明し、泣く泣くスープにします。その次に出会ったのは、森の中で、ドイツの特別行動部隊(泣く子も黙るアインザッツグルッペン)に囲われている女達…女達の家で起きたパルチザン(ゲリラ兵)によるアインザッツグルッペンへの急襲を機に、彼らの冒険は命がけの逃亡劇となります。捕虜の一団にこっそり混じり、ついにアインザッツグルッペンの本部にたどり着くレフ達は、無事に卵を手にすることができるのか…?

 

この小説、ストーリーに非現実感を見事に持たせることで、ただの悲惨な戦争話から頭一つ飛び抜けているところが素晴らしいと思います。そのおかげで、青年の冒険譚(成長物語)にも読めるし、ミステリーとしても読める、読み方によっては異世界訪問譚にも読めたりします。

例えばこれ。

人食い夫婦も、鶏を誰にも渡すまいという一念で妖怪と化した少年も、森の奥に住み世の中から隔離されているぷっくり太った少女達、捕虜の一行に混じりラスボスの居城を目指すところも、まるでグリム童話に出てきそうなシチュエーション。もっと言うと、「空から人が降ってくるシーンから始まる」、「12個の卵を探せと言われて旅に出る」と、のっけからファンタジーな展開がなんです。まぁ、空から降ってくるのは死んだドイツ兵だし、12個の卵を探せと命令するのは、王様ではなく大佐なんだけど…。

しかもこの、浮世離れした冒険の舞台に、魔女の出てきそうな寒い寒い森を選んだというところも憎らしくて、読み終わった後に、やっぱり「あの数日の出来事は夢だったのではないか…?」と思わせてくれる感じ、ナルニアっぽくて興奮する!

 

ちょっと不思議な冒険に、戦争の悲惨さをこれでもかと滲ませてくる著者の発想力・構成力に脱帽です。戦争の悲しいエピソードをわざわざ書き連ねることなく、こんなに悲惨な物語を書けるものなのか!!!と目からうろこ。

そして一周回って戦争の恐怖も伝わってくる。人間関係のバランスが一気に崩れることで、信じられないことが実際に起きるという恐怖が。卵のために人殺しが起きただの、食糧難で人食いが出たなど、童話目線でみたら一つの”設定”で終わってしまうようなことが、「戦争の時には実際にありました」となれば、話は全然違う。戦争の恐怖ってこういうところにあるよな…となるわけです。

 

コーリャの無鉄砲な性格が幸い(災い?)し、卵に近づいていく二人でしたが、ここでコーリャの正体が露見します。自信たっぷりで女にモテモテ、やりたい放題のコーリャが、実は大きな秘密を抱えていたということが判明し、物語は急に切なさを帯びてくる。

 

とにかく会話が軽妙で、持ち前の明るさと若さで戦争の苦しみをはねのけようとする青年たちの幸せな明日を祈らずにはいられない小説です。

「もう9日もクソしてないんだ」

普通に聞けば、は??ってなるこの台詞、何ヶ月もろくなものを食べていない青年の口から出た言葉と思えば…涙なしには読めない。コーリャの軽口に笑わされながらも、死亡フラグをおっ立てまくりながら冗談を連発するコーリャ…いやもうほんと、悲しくなるからやめて。

 

この本、笑わせたいのか泣かせたいのかわからなくて、どういう評価をされるのが著者的に嬉しいのかわからないんだけど、一つ言えるのは、戦争の中で起きた一つの冒険を明るく書こうとしたら、どうしても悲惨な感じになっちゃったの…という体で、絶対泣かせにきている確信犯だと思います。僕は笑ってほしいんだとか真顔で言いそう(勝手な想像です)

それぐらい上手い!上手すぎて、うーん!にくいっ!という感じ。

 

戦争ものはたくさん読んできたけれど、どこの国が主役であっても、起きる事は皆一緒。

略奪、性的暴行、特権階級、ゲリラ、餓え、疲れ、不衛生…どこの国が良い・悪いではなく、戦争が起きたときに苦しむのは、唯一国民だけなんですよね…。

戦争ものがハッピーエンドに終わらないのは世の常で、この小説も、読み終わった瞬間「寂寞の感!」という言葉がぴったりでした。ただ、最後の台詞にちょっとだけニヤリとさせられてしまう、それだけが救い。

「おばあちゃんの料理」という言葉を頭の片隅に置いて読んでください♪

 

おわり。

人が人に命を預ける意味、人が人を命がけで助ける意味 コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」

こんにちは。

コルソン・ホワイトヘッド「地下鉄道」

地下鉄道 (ハヤカワepi文庫)

2020年10月に文庫化されたばかりのこの作品。

ある奴隷少女コーラの逃亡劇を克明に記した小説なのですが、コーラの行く手を阻む残虐な追っ手の影がちらつき、ドキドキが止まらない!!

また、その逃亡劇の舞台は奴隷制の廃止より30年以上前のアメリカということで、逃げ切った先にバラ色の未来!なんてなるわけないのはわかりきっている。どうかコーラに、少しでも痛みも苦しみも屈辱もない未来を…なんて願わずにはいられません。

 

舞台は19世紀初頭のアメリカ。

農業を中心としていた南部は、奴隷を所有し、広大な土地を耕させていました。コーラの祖母は奴隷船で運ばれてきて、買われた先のランドル農園で亡くなります。コーラの母も、コーラもランドル農園の奴隷として生まれつきました。

ランドル農園は至って普通の農園。奴隷を死ぬまでこき使い、弱ったらどこかに売り飛ばす。逃亡を図った奴隷は見せしめとして残虐な方法で殺し、若い女の体は自由に使える。

奴隷がささやかな楽しみを享受していたある日の夜、事件が起こります。この事件はコーラに逃亡を決意させ、彼女は、シーザーという少年とともに逃亡を図ります。目指すは北部。

コーラ達は白人の地下鉄道の一員であるフレッチャー氏の助けを得て、サウス・カロライナまで到達しますが、ここで彼らは大きな誤算をします。もう自分たちを追う者は誰もいないと油断し、暮らしやすいこの地にずるずると留まってしまうのです。彼らは、奴隷狩りのリッジウェイに嗅ぎつけられましたが、間一髪、コーラだけが次の地に逃げおおせました。しかし、次の地でも彼女は居所を突き止められて…

彼女は無事に自由を手に入れられるのか、そして、因縁のリッジウェイとの直接対決の行方は…。

 

はじめに、タイトルの「地下鉄道」とは。

これは本当にあった秘密結社です。南部の奴隷を北部(またはカナダまで)逃がすこと使命とする秘密組織。奴隷制に反対する人たちが有志で組織しており、相当数の奴隷を逃がすことに成功しました。「車掌」、「積み荷」、「駅」、「経由」なんていう符牒を使ってやり取りし、徹底的な分業制を敷くことで、仮に誰かが捕まって拷問されても全てが漏れることがない、かなり大きな組織だったようです。

幼い頃、「昔は奴隷を逃がすために『地下鉄道』があった」と聞いた作者は、本当に地下に奴隷を逃がすための鉄道が走っていたら…?という空想に耽ったそうです。幼い頃からの空想が実を結んだのがこの小説。

奴隷制という事実と、彼らを地下にある鉄道を使って逃がすという空想が見事にマッチして、まるで本当にあった物語を読んでいるような感覚にさせられます。

 

この小説には、奴隷制度、黒人差別の歴史がありのままに書かれています。主人公にだって容赦しない。皆(特に黒人と黒人に手を貸した少数の白人)に等しく過酷な試練が用意されています。

黒人が奴隷とされて酷使されており、かつ、雇い主による虐待行為等が日常的にあったことは知っていましたが、黒人の手助けをした白人に対する見せしめ(絞首刑)も頻繁に行われていたのは初めて知りました。

「差別は良くないからやめよう!!」という単純な話ではなく、白人のコミュニティに、肌の色(当時は脳の容積等も違うと思われていた)が異なる人間が混じったことによる、恐怖・拒絶反応・そして白人コミュニティ内(ムラ社会)の同調圧力…そういった、差別の起こりが淡々と記されています。

 

この小説のテーマを私なりに解釈すると、「人が人に命を預け、人が人を命をかけて助けることの意味」です。

コーラを助けてくれた人は、一人を残して皆命を落とします。自分のために尽くしてくれた人が皆、奴隷制度の犠牲になって自分のもとを去ってしまう中、コーラは、自分がどうなれば彼らの恩に報いることができるか自問し続けます。それを彼女は「収支表」と呼び、自分の価値、自分の人生について考えを巡らし続けていくのです。

対して、コーラに手を貸した人の動機としては、もちろん使命感もあるのですが、「地下鉄道の活動に意味を見いだしていた父の意志を継いで」というのや、はたまた、「幼い頃から、未開の地の子ども達に教えを授けたいという夢があった」という斜め上からの回答もあったり、それぞれがそれぞれの思いを抱えており、必ずしも、目をキラキラさせたいわゆる純粋な動機というわけではない。

しかし実際に、100年以上前には、命がけの脱走をする奴隷がたくさんいて、それを命がけで助ける人もたくさんいた、その結果、何十万人もの命が救われたというのは紛れもない事実。そんな歴史上の真実に、ただただ圧倒され、惹き付けられてしまいました。

 

決してハッピーエンドではないし、とにかく理不尽で過酷な人生に暗くなる本。ただ、出会えて良かった。売らずに取っておきます。

 

おわり。