はらぺこあおむしのぼうけん

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〝引き裂かれた〟の意味を味わいながら読む重量級ノンフィクション 「引き裂かれた大地」スコット・アンダーソン

こんにちは。

 

スコット・アンダーソン著「引き裂かれた大地ー中東に生きる六人の物語ー」です。

ドキュメンタリー調のノンフィクションで、「引き裂かれた大地」に翻弄される6人の人生を克明に記録した作品。洋書を読むときと同じくらい、辞書やネットにかじりついて読み終えました。

引き裂かれた大地:中東に生きる六人の物語

「エジプトの国境線がまっすぐなのは、経線や緯線をつかって分割されたから」という話は、地理の授業なんかで聞いて「ほー」となった記憶だけがありますが、じゃあその「人工の国境線」の家で何があったのか、どれだけの命が奪われたのか、そして今でも多くの血と涙が流れているのか、ということを私は全く知りませんでした。

 

本書は、戦う医師、革命家の女性、ISISに一時期加わった若者などの約20年を丁寧に記録すると共に、そもそも中東問題とは何なのか?ということを解説してくれる本。

「起源:1972年ー2003年」

イラク戦争:2003年ー2011年」

アラブの春:2011年ー2014年」

「ISISの台頭:2014年ー2015年」

エクソダス:2015年ー2016年」

の5パートに分かれているのですが、ほとんど知らない出来事。「ああこれ、ニュースでみたことがある!」という事件も時々混じるのですが、ニュースを見たの時に感じたものとは全く違う印象を得るので、SFを読んでいるような不思議な気持ちになります。

ただ、置いてきぼりにされることはなく、「そもそもなんでそうなった?」ということから書かれているため、中東問題について全く知らなかったという人でも、ある程度のところまで理解できるし、頑張って読めばそれなりに意見を言えるまでになると思います。

 

オスマン帝国の崩壊により、アフリカの国々は、イギリス・フランス・ドイツなどに支配されるようになります。列強国がこぞって使用したのは「分断統治」。少数民族を優遇して多数民族を支配させ、国民が常時いがみ合っているような状況をわざと作り出すことで、統治者へ怒りの矛先が向きにくくする手法です。

その後、様々なアフリカの国が独立を宣言し、その多くの国では独裁政治が行われました。民族の枠組みを超えて独裁者への崇拝を誓わせ、反対する勢力への処刑を行い、言論封じなどの強権発動をしていた独裁者たち。彼らがいかにナショナリズムの昂揚に尽力してきたかがわかったのは、アメリカなどの介入により独裁体制が崩壊したときでした。

独裁体制の崩壊により「民主主義の時代」が訪れることはなく、指導者を失った国民は、何百年も前から存在していた、部族・宗教・民族という単位に還元されていったのです。

そこから始まる内戦、難民問題は日々ニュースで報道される通り。

国は違えど、第一次世界大戦の後に分割された国々は、今なお、部族・民族・宗教と、便宜的に引かれた国境線に由来する問題を抱えており、そのしわ寄せは全て非力な人たちのところに生じています。

 

とりあえず読み終えて一番に思ったのは、「難民に来られても…」と嫌な顔をしている国の一部は、100年前にアフリカの国を人工的にわけっこして植民地経営していた国ではなかったっけ…?と。微妙な気持ちに。

風が吹けば桶屋が儲かる…とは違うけれど、ここで無理するとあっちで争いがおき、こっちに加担すると全然別なところで軋轢が生じる、なんていう、多数の民族が他国の事情で一つの国にされてしまった悲劇が、ここまでたくさんの摩擦を生むか、と、まさに「引き裂かれた大地」にふさわしい内容。中東問題について、武力でどうこうできる状態ではないということははっきりわかる。じゃあどうすれば…?なんていうのはわかるはずもないけれど。

 

この6人、一人一人をよーく見ていけば、抱えている問題、家族への想い、よりよき明日への希望なんかはそこらへんにいる人と全然変わらない。でも、情勢を俯瞰してみると、今私たちが置かれている環境とは全く違っていて、その落差にショックを受けます。

 

「小さな国で」という本に触発されて読んでみましたが、とても重くて、やるせなさでいっぱいになります。類似の本他にも読んでみたいと思いました。

 

おわり。

 

 

dandelion-67513.hateblo.jp