はらぺこあおむしのぼうけん

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決して結ばれることはない海族・山族の恋の行方は? 薬丸岳「蒼色の大地」

こんにちは。

螺旋プロジェクトも残り2作品となりました。明治の巻。薬丸岳「蒼色の大地」です。

 

蒼色の大地 (単行本)

 

時は明治。日本に海軍が創設されて間もなくの頃です。呉とか横須賀とか、そういう港町が舞台。時代はもう少し先ですが、「この世界の片隅で」で見た風景を思い出させます。

主人公は灯という青年。彼は拾い子で、ある老人のもとで育てられました。同じ村には、新太郎と鈴という兄妹が住んでいました。ある時、灯が沼に落ちた鈴を助けたことで彼らには交流が生まれるのですが、目が蒼い灯は村八分にあっており、表立って親しすることはできません。爺の死と共に灯は村を離れ、その後新太郎たちも山神という男の世話で村を出ます。お察しの通り、灯は海族。そして山神という男と深い関係がありそうな新太郎・鈴は山族です。

数年後。灯は瀬戸内海にある鬼仙島を根城にし「青鬼」と恐れられる海賊の一味に、新太郎は海軍に入隊し呉で働ています。また、鬼仙島では目の蒼い人間が崇められているという情報を得た鈴は、誰にも言わず鬼仙島を訪れ、灯と再会を果たします。かねがね青鬼を問題視していた海軍は、イギリス製の新艦が投入され次第、大々的な殲滅作戦を実施する予定でいました。対して青鬼も、その新艦の奪取を目論んでおり、ついに灯と新太郎がぶつかります。山VS海。海賊VS海軍。そして二人の恋は…?

 

螺旋プロジェクト、ここにきて初めての”恋”設定です。嫁姑、集落、武士としての家柄、女の友情などありましたが、決して結ばれてはいけない二人の恋がテーマ。海と山の原理を捻じ曲げて無理やりHAPPY ENDにしてしまうのは簡単ですが、それではつまらないでしょう。愛し合う二人のの葛藤や苦しみを、どこまで表現できるのかご期待です。

 

この作品は結構好きです。理由は2点。

まず、争う理由が現実的であること。

螺旋プロジェクトでは、人と人とが争う理由をどうとらえるかが肝だと思います。同プロジェクトの他の作品では、「本当は争いたくないのに争ってしまう」というものもあり、「戦いたくなんかないのに!」ってお前はキラ・ヤマトかなんて思ったりもしましたが、本作は「理由なんてなんでもいい。人は本来争いたい生き物なのだ」という前提に立っており、自分の考えと近かったです。エピローグではその言葉の通り、海山問題が落ち着いた途端、懲りずに外国を敵とする時代(日露戦争)まで描かれ、現実的な展開。また、海賊が悪で、それを討伐する海軍が善とは必ずしも言えないよねぇという語りもあり、絶対的な善も絶対的な悪もありませんというスタンスは好みです。

 

次に、丁度よい風呂敷のサイズ。

ネタバレをすると、海軍VS海賊の争いは単なる軍務ではなく、私怨(私闘)の気もあるのです。海軍の中には海賊に恨みを持つものがいたり、海賊の長と山神との関係があったり、事情の込み合い方が丁度良い。単純な海VS山だと、正義のあり方や敵意のベクトルが同じところを向いてしまうので物足りなさがあるのですが、それにちょこっと私怨や個人の暴走を加えると複雑な味わいになるから良い。

しかしあんまり風呂敷を広げすぎると、「Aの母親が実はアレで、AはBにも恨みを持っていたけれども、AとCは実は…」と、え?ごめん君誰だっけ?と回収不能になってくるのですが、本作品は丁度良い広さ。頭の悪い私でも関係性を理解できるレベルでGOOD。

 

さて、不満な点は、鈴の行動全般かな。ピーチ姫に憧れでもあるのかしら。

鬼仙島は、流罪になった罪人の子孫が住んでいる島。今でもはぐれ者やお尋ね者が流れ着く場所ですから治安も最悪で、何度も危ない目に遭っています。こういう、世間知らずなのに荒くれものが集まる場所にのこのこ出かけて行って危機を救われたがるヒロイン、普通にイラっとくるわw 鈴は物語の最後まで灯や新太郎のまわりをちょろちょろします。灯がいろんなところに頭を下げて鈴を本土へ返す手配をし、一旦は帰りますが、また鬼仙島に戻ってくる。

理由は「私は呉の総司令官たる山神が特別に目をかけている新太郎の妹ぞ!!私がいたら海軍はここを攻めないだろうから灯を守れる~」という思い。いやぁ、子どもの自己肯定感をこのレベルまで高められたら子育ては大成功だよ。鈴の母GJ。なんて呆れてしまいました。

新太郎も、「自分が策を巡らすことで日英の開戦を防げるかも!」と謎の暗躍をしますから、そういう血なんでしょうか。それとも自己肯定感を高める子育ての成功例なのかな。

 

と、もちろん部分部分ではご都合展開もありますが、伏線の回収が見事。螺旋プロジェクト内ではかなり上位に食い込む作品です。

おわり。

 

螺旋プロジェクト過去記事はこちら。

 

dandelion-67513.hateblo.jp

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