はらぺこあおむしのぼうけん

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絶対読み返したくない不快感。もしかして、同族嫌悪からきている? 新潮クレスト「ソーラー」

こんにちは。

毎度毎度、私の中に衝撃をもたらしていくイアン・マキューアン。4作目「ソーラー」

正直、「さわやかな読後感!」とは程遠く、読んだ後も「…」って気持ちになるし、4作品も読んでいながら「ファンです!」とは言いたくない”何か”がある著者なのですが、すでに「未成年」も待機中で。臭いとわかっていながらも足の臭いをかいでしまう、そういう系でしょうか。すごく失礼ですが…

ソーラー (新潮クレスト・ブックス)

 

主人公は、50代のチビ・デブ・ハゲ三拍子そろったマイケル・ビアードという物理学者。実は若い時にノーベル賞を受賞しているすごい奴。好色で、ノーベル賞をとったことをエサに五回も結婚。五度目の結婚も破綻しそうではありますが、彼女というかセックスの相手には困っていない謎。過去の栄光に全力でぶら下がっていくタイプで、講演を引き受けたり、ナントカ基金とかそういう団体の名誉顧問的なペーパー職を掛け持ちすることで食っています。

この小説は、2000年、2005年、2009年の3部構成で、50代から60代という、心と体の衰えが決定的になる約10年間のビアードを追っています。

 

2000年。

マリリン・モンロー似の妻パトリスは公然と不倫をしています。ガチムチマッチョの若い男(ターピン)との不倫を見せつけられ、プライドはズタズタ。ある時ビアードは、環境問題を考える有志が主催する、北極圏への視察旅行に参加することになりしました。好き勝手に地球環境を憂えて悦に入っているメンバーの中でチヤホヤされ、いい気分で帰宅したビアードは、リビングで風呂上りの部下オールダスと対面…

こいつとも浮気してたんかい!!!と、ビアードはもうカンカン!!口論の中、オールダスはカーペットに足を滑らせて、机に頭を打ち付け死んでしまいます。ここで事故だと言い張ったところで自分が殺したと思われる…ビアードは一計を案じ、ターピンの犯行に見せかけて現場を偽装します。ターピンはもともとアブナイDV男だったこともあり、有罪が確定。オールダスが残したノートをめくりながら、「17年(の刑期)は妥当だなぁ」と他人事のようにつぶやいたビアードでした。

2時間サスペンスマニアの私としては、犯罪が露見しビアードが転落するのがこの物語のミソだと思っていたのですが、先に言っておくとそういう話ではないです。

 

2005年。

オールダスのノートにあった、ソーラー発電に関する新技術のアイディアを盗み、一発当ててやろうと奮戦するビアード。技術の実用化や資金集めに奔走します。2000年の段階では「最新の研究内容はよくわからんなぁ」とごちゃごちゃ言っていたビアードでしたが、やっと研究者らしい姿が見れて一安心。読者としても応援できる感じになってきます。

私生活では、40間近の女メリッサと付き合い、彼女が妊娠します。結婚も子どもも望んでいなかったビアードは渋い顔をしますが、長らく子どもを望んでいたメリッサは産むことを主張。ただし結婚はせず、メリッサはシングルで子どもを育てることを決めます。

 

2009年

所長的な立ち位置になったビアード、ノーベル賞受賞者の面目躍如たるところです。私生活ではダーリーンという彼女ができ、うっかり結婚の約束をしてしまったビアードは焦りますが、ぶっちゃけ、気立ての良い女(メリッサも含めて)に囲まれて満更でもなさそう。ダーリーンとの結婚問題は延び延びにしておけばそのうち何とかなるだろうと、60歳を過ぎてもなお、問題を先送りしているビアードでした。

ただ、彼の人生は一気に坂を転げ落ちます。オールダスのアイディアを盗用したということで、オールダスの父から訴えを起こされ、出所してきたターピンにソーラー発電設備を破壊され、全ては無に帰します。代理人の弁護士も「今のうちに、犯罪者の受け渡し協定を結んでいない国に逃げるんだな」とアドバイスしてビアードのもとを去ります。何もかも奪われ「ブラジルに行くか…?」なんてぼんやり考えるビアードのもとを訪れたのは…?

最後は、初めて「愛」らしきものを覚えたビアード。ささやかな救いがあります。

ただ、オールダスの死を隠蔽しているし、見苦しいほど自己中心的だし、救い、必要…?と思ってしまうくらい、ビアードに共感も同情もできず、読後感はイマイチというか、不快w

 

こういうシーンがありました。

北極圏に行った時の話。フロントからの電話で起こされてロビーに行ったらすでに遅刻。もたもたとスノーモービルスーツを着たり脱いだりしていた時、柱に向かって頭を打ち付け頭につけていたゴーグルが割れました。レンズが曇っていたので、朝食の時の紙ナプキンでぬぐったら、割れた部分にマーマレードが詰まります。急いでふき取ろうとしたけれど、マーマレードはこびりついたままで、「朝食コーティング」された少し臭うゴーグルをつけると、ビアードの熱気でゴーグルはまた曇ってきたのでした。

1ページ以上かけて描写するんですが、マーマレードのベタベタ感と、ゴーグルの脂っぽさと微妙な臭いがリアルに想像されて、気持ち悪!ってなります。

また、2009年になると、ビアードの病気の描写が追加されます。おそらく糖尿。食事制限?が必要とわかっていながらもジャンクフードを食べ、一口目に舌先に刺さるような鋭い快感を味わって悶絶するも、二口目以降は箸が進まず嘔吐。酒をちょっと飲んで、風呂にも入らず横になる日々。また、手の甲のメラノーマは日々大きくなっていきます。

2000年の時から既に、ものぐさで食べ物に執着している姿は目に余るものがありますが、2009年になると、病気で気力も体力も奪われ、より食べ物に執着するようになります。しかし、だいたい吐いておしまい。

とまぁ、こういった不潔感と、ビアードの性格の悪さが相まって、正直読んでいていい気持ちはしない小説なのですが、ここまで読者に不快感を催させるという点では、すごい表現力なのだろうとは思います。

そしてさらに不快感を増すのが、ビアードを求める人の必死さ。パトリスやターピンは普通の感覚を持つ人間なのでビアードのもとを去っていきます。逆に、しつこく求めてくる女は、破れかぶれで痛々しい。父の面影を求める愛着障害系や、メンヘラ系女。ビアードも「俺のもとにいてくれてありがとう!!」という感じではなく、「めんどくせぇセフレ…」という扱い。メンヘラ系女たちは、チビデブハゲの最低男にすら低く見られていて、キャリアウーマンでもこういう罠に陥ってしまうか…と、恋愛の底なし沼感が垣間見えて切なくなる。

 

良かったポイントといえば。

過去の作品にもあった、老いに関する教訓がちりばめられていて、そこは平常運転で趣深いです。例えば、

「ある程度の年齢になれば、『安定期』とも呼べる時期に至れると思っていた。いろいろなやり方をマスターして、ただそこにいればいいという時期。メールには全て返事が出され、本は書棚にアルファベット順に並び…しかしこれまでの間、安定期はこなかった。それなのに、よく考えてみることもせず、次の角を曲がればやってくるのではないかと期待し続けていた。精いっぱい努力して、そこにたどり着けば、人生が明確になり、精神が自由になる瞬間、ほんとうの大人の人生が始まる瞬間がやってくるのではないかと」

これなどは、「人生には準備期間と本番がある」、「人生の最後に総決算があり、点数に応じてメダルがもらえるから頑張ろう」という勘違いの典型ですね。人生はいつも本番です。

あとは、「老いは孤独。それに備えたり、慣れることはできない」とか。

「ああ、自分は、死ぬまでちぐはぐな靴下を履き、メール返さなきゃなんて思い、部屋が汚いんだろうなぁ。返事を待っている友人や、愛人たちがいるなぁと思いながら死んでいくのか…」というビアードの言葉が切ない…!

話がそれるけど、ビアード見てて、やっぱり日本の老人ってアレだなって思ったんですよ。まず、2009年(約10年前)の時点で、普通にメールやPCを使いこなしている60代ってスゴイ。人差し指だけでタイピングしているわけでもなく、いろんな交渉事もメールでポン。しかも、愛人とのメールもバンバンやっている。スマホに対応しきれずドコ〇ショップで眉根を寄せながらしかめ面している老人よりも、かっこいいじゃん。

そして何より、友人の存在。ビアードは何度も言うけど、マジでクズなんです。でも、普通に友だちはいるし、相談できる相手もいる。妻にも子どもにも煙たがられ、見知らぬ女子ども相手に威張り散らしている自己顕示欲が宙ぶらりんな日本の老人とはわけが違う。やっぱり、20そこらで就職して、60代で定年するまで会社に缶詰めな日本の制度って、孤独な老人を量産するシステムなのでは、なんて感じました。それこそさっき書いたような、「人生の最後にメダル」発想の典型。

日本の老人と比べると、PC使いこなしている、友だちがいる、の2点においてだけなんだけど、まともな老人に思えてくるから、あら不思議。

 

もう1点。

環境問題に関するスピーチは、圧巻。

最近話題になった通り、日本は環境問題に関する意識が低いです。「小さなことからコツコツと」「やらないよりは何かやったほうが」という幻想の好例だと思うのですが、既に地球環境は、マイ箸を使ったりゴミ袋を有料化したところで手遅れです。「そんなのはせいぜい破局を1年か2年遅らせるだけ…」とビアードは言い、「国家は倫理的ではない。人類全体では強欲が美徳に勝る」と、ドラスティックな転換を求めます。

 

解説でも、「目前の快楽やプライドを追及する主人公に向けられるアイロニカルな視線は、温暖化の問題を先送りする世界中の”私”や、3.11後も原子力を手放せない日本中の”私”に向けられている」と書かれてあった通り、ビアードへの嫌悪感は、「自分にもこういう部分があるよなぁ」という同族嫌悪に近いものを感じます。

セックスに目がなく、健康に悪いと言われながらも食べるのをやめられない、そして何か面倒ごとがあると、とりあえず先送りするビアードは、誰の心にも住んでいるちっさいおっさんなのかもしれない(絶対嫌だけどw)

 

おわり。

 

イアン・マキューアンの過去作品はこちら

dandelion-67513.hateblo.jp

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