はらぺこあおむしのぼうけん

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夜中に目が覚めたとき襲われる猛烈な不安を一日中抱き続けた土曜日 新潮クレスト「土曜日」

こんにちは。

 

ある脳神経外科医の一日をつぶさに書いた作品。夜中に目が覚めたとき、そして寝付けない夜、私たちの心を支配するのはネガティブな感情です。怒り、不安、孤独感、混乱…

土曜日の朝4時に目覚めた脳神経外科医の主人公は、床につくまでの間、実にたくさんの出来事に遭遇しました。夜中に目覚めたとき特有の妄執を抱えたまま一日を過ごした男の記録。自分まで夢を見ているような気持ちになる不思議な小説。新潮クレスト「土曜日」です。

土曜日 (新潮クレスト・ブックス)

 

朝4時に目覚めてしまった脳神経外科医のヘンリー・ペウロン。家の窓から空を眺めていたら、炎上した飛行機がヒースロー空港に向かうのを目撃した。9.11のテロが起きた直後の世界。テロか?事故か?と不安になる。隣で眠る妻ロザリンドと何回やっても飽きないセックスをしたのち仕事に向かうが、車で軽い接触事故を起こし、3人の男に絡まれる。しかしそのリーダー格の男バクスターの奇妙な行動を見たペウロンは、彼が遺伝性の病を患っていることに気付き、それを指摘し一旦は難を逃れるが、逆恨みした彼らは家に乗り込んでくる。その場にいた家族(妻、妻の父、娘デイジー、息子シーオ)が人質に取られるが、バクスターは詩人であるデイジーの詩を絶賛し理解しあう。ペウロンは息子と協力し、バクスターを撃退する。一息ついたペウロンは、勤務先の病院から急患の連絡を受け病院へ向かうと、瀕死の重傷を負ったバクスターがいた。彼の処置を終え帰宅すると妻から、デイジーが妊娠中で、父親はいないが出産する意向があるということを聞かされる。ペウロンは物思いにふける。まぁでも、妻がいるからいいか、と思い寝る。

おしまい。

 

突飛なストーリーですから、どこまで真面目に読んでいったらよいかわからないわけです。自分なりにポイントと思われるのはこちら。

1.非現実的なイベント

そもそも、こんな一日あり得るんですか??あれもこれもと奇怪な事件に巻き込まれるのはもちろん、「君のお父さんも同じ病気だったろう」とかっこよく遺伝性の病気を指摘してバクスターと心を通わすとことか、デイジーの詩を絶賛され命拾いしたり、こういう展開を実際に起こったことととらえ、そのイベントから教訓を得るのは難しい。患者を見たら先ほど撃退したバクスターがこんにちはとか、もはやホラー。9割9分(それ以上?)妄想のストーリーなのでは、と感じます。

視点人物はペウロンなので、これをペウロンの妄想として分析して、ヒーロー願望?や深層心理を洗い出すのもできないことはないと思うのですが、私は、ペウロンの存在そのものが「妄想」というか「架空」のものなのだととらえました。フィクションである以上、ペウロンが架空の人物なのは当たり前なのですが、著者が伝えたいことを書くためにゼロから生み出した、そこらへんにはいない変わった男。そして、そんな地に足のついてない男の一日に、荒唐無稽なイベントをこれでもかと投入していく。不思議な世界に迷い込んでしまったようなペウロンの頭の中を、読者は神の視点で眺めていくような、そんな構成なのではないでしょうか。

 

2.非現実的な家族

ペウロンの妻ロザリンドは敏腕弁護士。エリート夫婦は一等地に居を構えています。娘のデイジーは新進気鋭の詩人。息子はミュージシャンです。娘とも息子とも相応の距離がありますが、娘は「読んでほしい本」と称して父に本を送ってきて激論を交わしたり、息子がリサイタルに誘ったり、良好な関係。

ペウロンは序盤で、自分の友人は若い女に目移りしているが、自分はロザリンドがいつまでも美しいと思う。セックスの度にすごく興奮すると感じているのだ読者に伝えてきます。その時は「ごちそうさま」と片付けたのですが、その後のストーリーを読み進めると、謎のアツアツっぷりに、もしや妄想の世界?ってなりました。絵に描いたような幸せな家族。デイジーが妊娠して、母親が途端、「応援するわ」っていうのもあり得るか?

 

3.で、言いたいことは?

非の打ちどころもない家族に謎イベントをぶつけて何が生まれるの?と思うわけですが、私は、「ぼんやりとした不安を抱えたまま、浮足立った男の一日の記録」ととらえました。彼の一日は、「ヒースロー空港に突っ込んでいく炎上した飛行機」から始まります。これを目撃したペウロンはニュースを見ますが、事故知らせはない。1時間後のニュースを見ても、特に大きく取り上げられてはいない。見間違いかな…??と、すでにここから漂う異世界感。

その後の一日は、今後の世界情勢への不安が頭をもたげています。もともとのペウロンがそうなのか、この日特別に浮足立っていたのか、自分の意志や感情のなさが目立つ。あれが嫌いとか悩みとか、そういう生々しい感情があっても良いのに、その場の雰囲気に流されてぼーっとしている。3人組に絡まれて殴られた時も、「頭は守らなきゃないなぁ。今まで頭を打ち付けて大変な人をたくさん見てきたから」と考えているんですね。

おそらくですが、もともと心配性の彼。朝方4時に目覚め、不安な光景を見て彼の心はそれで飽和状態になっているんですね。でも仕事に行く。寝不足の頭に浮かんでくるのは、情勢不安に伴う不吉な予感ばかり。そんな中、3人組に絡まれ、何とかやり過ごしたと思ったら家に乗り込んできて、とトンデモイベントが立て続けに起こり、自分を失ってしまう。っていう様を、読者に体験させるべくありありと書いただけの小説なのかな?って思いました。

ほんとにほんとに、これで終わり。ユリシーズ読んだ時と同じ気持ちになりました。難しいし、よくわからん!!

 

こちら、以前紹介した「初夜」の作家です。内面をつぶさに書くのは得意なんでしょうが、今回は「初夜(ハート)」なんていう俗っぽいテーマではないので、真意を測りかねてしまいました。頼みの綱の解説も、まじでよくわかんないw

dandelion-67513.hateblo.jp

 

「初夜」と同じ衝撃を得られると思って期待しましたが、返り討ち。奥が深いです。

おわり。