はらぺこあおむしのぼうけん

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なぜ人間は、未踏の地に惹かれるのか ジェフリー・アーチャー「遙かなる未踏峰」

こんにちは。

 

ジェフリー・アーチャー「遙かなる未踏峰

主人公は、「そこに山があるから」で有名なジョージ・マロリー。彼の人生に”着想を得て書かれた”作品とのこと。確かに、話が出来過ぎている上に、きれいにまとめられている感半端ないため、おそらく実際に起きた出来事以外はほぼフィクションだと決めてかかって読むのがちょうど良いとは思う。笑

 

遥かなる未踏峰〈上〉 (新潮文庫)

 

ジョージ・マロリーはイギリスの司祭の子として生まれました。幼い頃から運動神経がずば抜けており、好奇心も旺盛で大変生意気。そんな息子の危なっかしさに、いつもハラハラさせられている母と、なんだかんだ言って理解がある父。つつましく幸せに暮らしていました。

プレパラトリー・スクールに入ったマロリーは、のちに親友となるガイ・ブーロックと出会い、登山の喜びに目覚めます。その後ケンブリッジに進学した彼は教師の職を得、美しい妻とも出会いますが、その後従軍。除隊後は教師の職に戻り、アマチュアながらも彼の生活の中心には登山がありました。モン・ブランなどの山々を、男の心をとらえて離さない女神と例え、高くそびえ立つ山を制覇することに魅力を感じています。

ちょうどその頃、世界の国々は未踏の地の初制覇に躍起になっていました。例えば南極や、エベレスト。エベレストの登攀隊長に選ばれたマロリーは、山頂に妻の写真を置いてくると約束し、エベレストを目指したのでした。

 

ご存じの方もいるかもしれませんが、マロリーがエベレストの山頂に到達したかどうかは未だわかっていません。妻の写真の行方はわからず、共に山頂アタックしたアーヴィンのカメラも見つかっていない。何年か前のナショジオでも特集が組まれており、ドキドキしながら読んだのを覚えています。

 

最初に「きれいにまとまりすぎ」と言ったとおり、友情の物語も◯、夫婦の愛の物語も◯、山岳小説としても◯、と、可もなく不可もなく…全体的に無難な仕上がりとなっています。心震わせるようなシーンもなく、「まあそこに落ち着くのが一番いい感じになるよね」という展開ばかりではあるのですが、政治的な駆け引きの描写には力が入っています。

 

エベレスト登頂は、国家の威信を賭けた事業。

1921年、1922年、1924年と計3回の遠征が行われました。

マロリーが大変優れた登山家であるということは誰もが認めていることですが、彼が何のトラブルもなく重要な役職を与えられたのには、「生粋のイギリス人で、ケンブリッジ卒」であることも大きく作用したと思われます。イギリスを代表してエベレストに登る以上、マロリーのような経歴がふさわしいと、そういうわけです。

マロリーが登山家として自分並の実力と認めているのは、フィンチという男。オーストラリア人の化学者です。私生活には大変問題あり、酸素を積極的に使用するというお行儀の悪さ(当時は聖域たるエベレストに酸素は無粋だというような精神論がまかり通っていました)。素行も悪く、オーストラリア人ということもあり、お偉い方は快く思っていません。マロリーの懇願かなわず、フィンチは第3回遠征隊には選ばれませんでした。

 

登山というおよそ学歴・出自・人柄・ポリシーなど関係ない実力勝負の世界で、「理想」という鋳型に現実を無理矢理当てはめようとする権力者達。その代償を払うのはクライマー達です。世界で初めてエベレストの山頂に立つべきは、イギリス人に限り、こんな学歴を持ち不倫なんかとは無縁で…と、最も大切にすべきクライマーとしての実力をないがしろにした結果が、第三回遠征隊の悲劇を招いたのかも知れません。

 

本質とはかけ離れた議論の連続にイライラ。そりゃ自分たちはブランデー片手に結果だけ待ってりゃいいんだもんな、となる。マロリーは一矢報いようとしますが、狸オヤジのほうが一枚上手で、フィンチの同行は叶いませんでした。

 

この本は、つまらないはずの遠征隊の人選に多くのページが割かれています。人選時の駆け引きはなかなか面白い。遠征隊の隊長にブルース将軍っていうのがいて、エベレストに風呂釜持ち込んだりするし偉そうでむかつくしフィンチと反目し合っていたんだけど、第三回遠征隊の人選の際は、周囲の予想に反してフィンチの登用を主張します。フィンチが大嫌いなのと遠征の成功は別。確かにブルース将軍は嫌なヤツだけど、危機管理という点で見ると至極真っ当なことを言っていて、昔の手柄自慢ばかりだからといってバカにできない。

腐り果ててるなって思うのはヒンクスという男。前例重視!風見鶏!権力におもねる嫌なヤツ!!という。

 

こういう政治的なすったもんだの果てに組織された第三回遠征隊。

マロリーとしても「これが本当に最後」という思いだったそうです。「ごめん!!俺の夢だから行かせて!!」と言って出て行った前回の遠征とは異なり、第三回は複雑な要因が重なって受け入れざるを得ませんでした。気乗りしない遠征、しかもフィンチもおらず、不安要素だらけの遠征がどんな結果を招いたか…、切なくなりました。

 

ジョン・クラカワーの「空へ」なんかを読み、映画「エベレスト」も何度も見て、行ったこともないのにエベレストを登った気になった私としては、「まあ、デスゾーンだものね」「サウスコルか…」「ああ…ヒラリー・ステップね(当時はヒラリー・ステップという名前はついていない)」なんて勝手に歴戦の登山家気取りで読み進めました。

過去に本や映画なんかで得た知識がつながるとなんか嬉しいですよね!

 

「そこに山が」発言を念頭に置いて、逆算して作ったようなエピソードの数々で”置きに行った感”は否めませんが、読むと良い気分になれる、軽めの読書向きの小説。おそらく本物のエピソードを知ってしまうと「……結構普通だな」となる気がするので、読み終わった後に詳細をWikipediaで調べるのは止めましょう。笑

 

おわり。