はらぺこあおむしのぼうけん

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「強い女」という言葉の嫌な響き 映画「人間失格 太宰治と三人の女たち」を予習する③~「ヴィヨンの妻」~

こんにちは。

 

いよいよ映画公開が明日となりました。最後は、妻の津島美知子です。彼女は晩年、「回想の太宰治」という回想録を出版しています。ただこれは、太宰治との暮らしを綴ったもので、晩年の女性関係には触れられていませんから、太宰晩年の作品を読んでみたいと思います。あと、事実関係は、「太宰治の女房」という本も参考にしました。

ヴィヨンの妻 (新潮文庫)

 

回想の太宰治 (講談社文芸文庫 つH 1)

回想の太宰治 (講談社文芸文庫 つH 1)

 
太宰治の女房

太宰治の女房

 

 

美知子は幼いころから、教師であった父の転勤に伴い、いろいろな場所に移り住みます。現在のお茶の水大を卒業後、教師として勤務。その後、太宰治との縁談が持ち上がり、結婚。縁談が持ち上がった時に初めて太宰治の作品に触れます。その後結婚、新婚当初は甲府で暮らし、三鷹へ移り住み、開戦。戦中は甲府弘前への疎開の後、戦後は三鷹に戻りました。

 

若いころには二度の情死事件を起こし、山崎富江、太田静子どちらに対しても、おそらく言い寄ってきた他の女にも、いつも煮え切らねぇ対応をしていた太宰ですが、美知子とは結婚をすぐに決めたといいます。美知子に向ける表情はやっぱりなんか違うなぁ、という印象。「母」とか「同志」という言葉がふさわしいように思います。売れない小説家だったころから太宰を支えてきた美知子としては、芸術家に嫁いだ自負というのもあったようです。

太宰はとにかく小心者。訪問も断れないためいつも家には人があふれ、酒の誘いも断れないから家に帰ってこない日も多々…人間失格に描かれた通り、「ノー」と言えない男。ただ、こいつには甘えていいな、と思った相手にはとことん甘えます。酒場の主人とか、妻。ただ、美知子の対応を見るに、本人にイライラを見せたりダメなものはダメ!と言っているようです。新婚当初の甲府の家が気に入らず引っ越したい太宰は、「引っ越したいね~。ちょっと探してみてよ~」と言います。富江なら二つ返事で引っ越し先を見つけ何なら引越しの手配までするところが、美知子は「私にやらせようとしているな…」と感じ、首根っこつかんで不動産屋に連れて行ったりします。戦争中も妻子を疎開させたはいいが、ほんの数日で疎開先に押し掛ける太宰。「空襲で三鷹の家がやられた」というのですが、戦後に三鷹へ帰ってみたら家は無事。美知子がいないと暮らせないという、生活能力のなさ。

富江みたいに甲斐甲斐しく尽くしてくれる女がいても、美知子は必要。誰かの助けがないと生きていけない、しかしだれでもいいというわけではない。まさにビートルズ、I need somebody, not anybody状態。

 

太宰の家庭での様子は、「ヴィヨンの妻」や「桜桃」、「父」に詳しいです。おそらく事実と虚構がないまぜになっているんでしょうが、それらを読むと、しっかりした妻と彼女の期待になかなか応えられず、息苦しさを感じていている様子がわかる。「私はひとりの人間も楽しませることができない」「つまらんものを書いておだてられたいばかりに、身内の寿命を縮めるとは、憎んでも余りある極悪人!」という言葉があったり。甘えられるはずの妻に対しても、彼女からいら立ちや悲しみを見せられるとすぐにビビってしまうんです。「気まずいことに耐えられない」「薄氷を踏む思いで冗談を言っている」と、自分が家庭人として失格であることはわかっているから、それを指摘してくれるな!と常に逃げ腰。そしてふらりと出かけて、よその女に甘えるんですね。

 

美知子については、どんな本見ても、Amazonのレビュー見ても、「強い女!」とか「正妻の意地!」とか散見され、なんか嫌~な感じがするのですが、そうかなぁ。鬱屈した思いを抱えた太宰を支え、原稿料をほとんど酒と煙草に浪費され、それで子どもを抱えていた美知子、そりゃ強く生きていかなきゃならんだろうし、事実を並べてみればそう見えるかもしれないけど…。

太宰の死後は、「よそで子どもをつくられ、不倫の末の情死事件を起こされたけど、葬式で取り乱しもしない女」批判されたらしい。でたよ、取り乱す度合いで憔悴度をはかる男!!昔、バイト先で、「普通こんなミスしたら泣くだろう。反省してない!」と叱っていた男がいて、泣いたか否かで反省度をはかるとかクズ、と内心不満に思ったことがあります。また、サークル内でもめ事が起きたときも、「辛くて数日寝れなかった(真偽不明)」とさめざめ泣いた女子が一番優遇されていました。人前で取り乱すことができる大人は、ただの素晴らしい才能というか特殊スキルの一つですから、「すげぇw泣いてるwww」っていう塩対応で十分だと思います。決して、泣いていたから辛いんだ。泣けない女は辛くないとか思ってはいけません。

また、静子への対応にも批判が集まったそうです。「莫大な印税をもらっているくせに、もっと静子にお金出してやれよ」と。美知子は、「斜陽」の印税の一部と引き換えに太宰の名誉を棄損するような行為をしないよう、静子サイドと念書を交わしたはずなのに、「斜陽日記」を出版されて(内容が名誉を棄損するかどうかはおいといて)、それでもこっちが悪者??ってなりますよね。

私、「強い女」って言葉嫌いなんです。「女は弱くあるべし、弱いほうが愛らしい。のに、わざわざ男のように強くなろうとしやがって」という意識を感じるからです。

と、死後は世間に姿を見せずに暮らしたそうです。世間は判官びいきで弱そう(に思う)な側を応援しますから、山崎富江や太田静子には同情的でしたが、美知子には厳しい。実は、陰で一人泣いている女だったかもしれないよ、と思うわけです。

太宰がよその女と会うことで精神的に落ち着いていたならいいけれども、家に帰って「俺は不倫しているダメな男だ」と自暴自棄に陥って美知子に優しくできていなかったのなら、ちょっと辛い。良き妻で、母であろうとし、別に何も悪いことしてないのに、一番損な役回り?な印象です。

 

おわり。

dandelion-67513.hateblo.jp

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