はらぺこあおむしのぼうけん

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「オオタカを飼うと自分が何を期待しているかがわかるぞ」 ヘレン・マクドナルド「オはオオタカのオ」

こんにちは。

ポパイのサマーリーディング3冊目。

 

dandelion-67513.hateblo.jp

 

ヘレン・マクドナルド『オはオオタカのオ』

期待以上の内容で超~満足。雌のオオタカにまっすぐな愛を注ぐ中で、父を失った主人公の女性が救いを得ていく過程を描いています。ただ、「動物っていいわ~」、「自然は人間と違って裏切らないからいいわ~」という単純な話ではなくて、もともと鷹匠を目指し勉強をしてきた彼女ならではの「特性を理解した節度ある付き合い方」が好感度高い。「自然は癒しではなく格闘である」というのは知る人ぞ知る真理ですが、癒しでも格闘でもなく、「共存」の姿がしっかり示されているところに、じーんとくるものがあります。

 

オはオオタカのオ

主人公のヘレン・マクドナルドは、自然を愛する父のもとでのびのび育ちました。少女の頃の夢は鷹匠になること。ケンブリッジ科学史・科学哲学科を卒業後、リサーチフェローを経て現在は特任研究員をしています。愛する父の死を機に、オオタカの雌のひな鳥(メイベル)を飼い始めます。本著は、メイベルとの暮らしと、鷹狩りの歴史・文化的背景に関するノンフィクション作品。

2014年のサミュエル・ジョンソン賞(ノンフィクション部門)・コスタ賞(伝記部門)を受賞。コスタ賞は年間最優秀賞に選ばれました。本著は20か国語に翻訳され、世界中で読まれています。

 

序盤は鷹狩りや鷹匠の基礎知識が多めなのでやや単調ですが、70ページくらいまではぜひ読み進めてほしい。メイベルを飼い始めたあたりから話がとても面白くなるから!70ページまで読めって…面白くなってもすぐに終わっちゃうじゃん…そう思われた方、安心してください。たっぷりボリューム340ページありますので、十分楽しめます。

ただ、最初に出てきた基礎知識は結構重要なので、頭の片隅に置いておきましょう。

鷹匠には、貴族の鷹匠とオーストリンガーというものがある。貴族の鷹匠は、貴族のたしなみの一つとして鷹の調教をする鷹匠で、オーストリンガーは一匹狼。野蛮だとされる。

オオタカはすっげーーー飼いづらい。

…などなど。

 

ヘレンは幼い頃から鷹に関する古い書物をたくさん読んできました。その中で、嫌悪感を抱きながらも忘れられなかったのが、ホワイト著の『オオタカ』でした。ホワイトは、オオタカの調教を『白鯨』や『老人と海』のような神との戦いと同様にとらえ、やや自分に心酔しながら書いています。オオタカ(ゴス)に対する愛もサディスティック。この本の3割くらいはホワイトの著作や私生活の情報の引用に充てられていて、ホワイトの調教とヘレンの調教が対比されます。

ゴスを意のままに操ろうと激しい折檻を加えたのち、愛を求めるように必要以上のエサを与える…ゴスの成長を余裕をもって見守ることができず、すぐに次のステップに進もうとする。本から拾い読んだ情緒的なパートにのめりこみ、その意味や効果を検証せずに形だけ取り入れる。調教の定石を守らずに場当たり的な対応をし、ゴスの生涯をぶっ壊してしまうホワイト。

対してヘレンの忍耐力の高さたるや。鷹の習性を熟知している彼女らしく、「オオタカと人間が関係を築けるとしたら、エサを与える際に好意的な反応を引き出す程度」と割り切り、教科書通りにゆっくりゆっくり歩みを進めていきます。メイベルに、人格を尊重するべき他人として接し、決して声を荒げない。人間と鷹とは思えない良好な関係を築いていく。

 

鷹に対して同じくらい愛情を抱いているのに、父と母が本気で憎み合う家庭で虐待をされて育ったホワイトと、死に直面して生きる気力を失うほど父を愛していたヘレンが大人になって鷹に注いだ愛がこうまで違うとは…。この対比はまさに、幼い頃に親から愛されなかった者と、たっぷり愛を注がれた者が、成長したのち他者(オオタカ)とどう向き合ったか、とも読み替えられます。

オオタカを飼うと自分が何を期待しているかがわかるぞ」

これは、オオタカを飼おうとしたヘレンにある男が掛けた言葉ですが、「愛」や「パートナー」「自己の育てなおし」「征服欲」「支配欲」を期待したホワイトと、「鷹と共にあること」だけをシンプルに期待したヘレン。ここまでくると、ヘレンの父がどれだけ「正しい」やり方で子に愛情を注いだかが際立ってしまい、ホワイトが気の毒にすら思えてきます。なんかすごい切ない…これはもちろんオオタカに限ったことではなくて…子には正しく愛情を注がねばらない。そうしないと悲劇が再生産されるから。そんなことを感じました。

 

もとは父の死からの逃避が目的だったかもしれませんが、野生を心に抱えた生物との暮らしの中でヘレンも少しずつ変わっていきます。父の死でつらい状況にあった彼女ですが、メイベルとのかかわりの中で無意識に父の素晴らしい愛を忠実に再現していく。そのひたむきな姿に涙してしまいました。

 

…とそれに引けをとらないくらい、メイベルが可愛らしい。ちょこちょこ挟まるメイベルのかわいいエピソードにクスっと笑ってほしい。

毛づくろいをするときに羽毛が鼻?に入ってクシャミをするところ。大好物の鶏のヒナ(羽毛付きのほわほわ)を目にするとホクホクしてしまうところ(カワウソが魚食べるシーンを彷彿とさせるw)。なにそれ可愛すぎ!

 

これは紹介されないと絶対出会わなかったな、と思う。出会えてよかった!

うむ…ポパイのサマーリーディングリスト、あなどれん。

 

おわり。