はらぺこあおむしのぼうけん

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親の言う「あなたのため」ほどアテにならないものはない 「春にして君を離れ」メアリ・ウェストマコット

こんにちは。

 

メアリ・ウェストマコット…初めて聞く方も多いかと思いますが、こちら、アガサ・クリスティがロマンス小説を発表した時に使用していたセカンドネームです。アガサ・クリスティは、メアリ名義で計6作を発表しました。「アガサ・クリスティの名前を見つけ、ミステリを期待して買う読者がいたら申し訳ない…」という配慮からと言われています。

解説で「ミステリとは違うが、これだってちょっとしたもの」というように紹介されてはいますが、ただただ普通。個人的には、アガサ・クリスティの配慮に無言で拍手を贈りたい。笑

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ

春にして君を離れ (クリスティー文庫)

 

主人公のジョーンは、末娘の住むバグダットから陸路でロンドンへ帰る途中、何もない砂漠で数日間の足止めを食ってしまいます。針仕事も読む本もなくなり、時間を持て余した彼女の思考は、自分の過去の様々な出来事に引き戻されていきます。その時は気付かなかった違和感を突き詰めていく中で、自分は愛する家族にとって良き母(妻)ではなかったかもしれない…彼女はそんな事実に気付いてしまうのでした。

ジョーンの人生はずーーーっと満ち足りていました。良家の娘が通う学校を卒業した後、弁護士の夫と結婚。しばらくすると夫は、伯父の事務所を継いで町一番の弁護士になります。2人の娘と1人の息子に恵まれ、皆結婚しました。特に息子の妻には文句はあるけれど、持っているものを数え上げればなんとまぁ幸せな人生。本人も、そんな幸せな家族を作り上げてきた自分の賢さを誇りに思っています。

特に、人生のレールを外れてしまった友人には最大級の同情をします。例えば、同級生のブランチ。学生の頃の彼女は美しく、皆の憧れでしたが、卒業後は奔放な生活を送り、今や見る影もありません。もう一人は、ご近所さんのレスリー。夫が横領事件を起こし服役したことから彼女の人生は悲惨なものになりましたが、2人の子どもを立派に育て上げました。ジョーンとしては、彼女たちが「満ち足りているように見える」のが面白くありません。人生を、自分のミスからダメにしてしまったくせに、私みたいに幸せなのは許せん。賢く生きれなかった負け組は、もっと不幸に振る舞え…心の中ではそんなことを思っているジョーンでした。

なんだか雲行きが怪しくなってきましたね。笑

 

「自分について突き詰めて考えてみたら、新しい発見があるんじゃないのかしら」

今回の旅の中で偶然再会したブランチの一言をきっかけに、ジョーンは自分を客観的に評価するための記憶を引っ張り出してきます。

例えば女学校を卒業するときに校長に言われた「自己満足」「楽な方にばかり行こうとする」「皮相的」という言葉の断片。また、「家を出たい」ただそれだけの理由でさっさと結婚してしまった娘たち。弁護士を目指さなかった息子。そしてそれを認めてしまった夫…夫はと言えば、レスリーの夫の弁護を引き受けたせいか、レスリーのことをやけに気にかけていた…身なりに気を遣わない夫が、真っ赤な椿の花を胸にさしていたのは何の時だったか…

考えれば考えるほど彼女は「愛すべき家族にとって自分は『害』だったのでは…」という証拠ばかりを発見します。自分が家族にしてきた行為は全て愛から出たもの、しかしそれが彼らにとって負担となっていたのであれば、今からでもやり直したい。そう決意したのとほぼ同じころ、やっとロンドンへ向かう列車は動き出したのでした。

エピローグとして、夫ロドニー目線での語りで締められ、ジョーンの真実が種明かしされる。ジョーンの帰宅後の振る舞いにはリアリティがあって、ああ…と苦笑い。

 

アガサ・クリスティだけあって構成は見事だし、謎を謎のまま残さないスタイルは読者満足度高め。自分の解釈と現実世界のズレをじわじわと解き明かしていく系のため、読み進める中でカズオ・イシグロを彷彿とさせましたが、カズオ・イシグロの主人公が、他人との関わりに刺激されて内省に入るのに対し、ジョーンは自分の中をひたすら掘り起こすだけなので、「ホラ、あの出来事はそう解釈できるんじゃないの??」という導き手も自分自身になってしまい、若干わざとらしい部分も。また、カズオ・イシグロの主人公を、「信頼できない語り手」と呼ぶならば、ジョーンは「カクシャクとした語り手」とでも呼ぶべきで、記憶ははっきりしているし、物事を整理する能力にも長けている。ドツボにはまりそうになると「これ以上はやめとこ」と深入りしないようにする危機意識も高いので、深みがぜんっぜん違いました。(別に比較する必要はないんだけど…)

ジョーンはお察しの通り、物語序盤から「嫌な女」の典型なので、夫の不倫疑惑が持ち上がった時には、「出た!サレ妻w再構築www」と思ったりしましたが、不倫については結局未遂っぽくて残念。

この小説に得るところがあるとすれば、「『毒親』あるあるを学ぶ」というところかな。ただ、解決策が「結婚して家を出なさい」になっちゃっているので、そこは鵜呑みにしてはいけませんが、子どもにとって毒になる親の言動がたっぷり詰まっており、ブンブン頷いてしまいました。親として気を付けたい。

 

1.家にいるとき、私はめっぽう不幸せ。

ジョーンは、60に差し掛かる今、「私は幸せだった!」と自負していますが、彼女、家庭内では不満ばかり。ロドニーに対しては、事務所の行く末や依頼者からの報酬が少ないことに関してグチグチ文句を言い、子どもに対しても自分が求める基準に達していない不満を隠しません。しかし、一歩家を出ると「幸せです!」もとい、「し・あ・わ・せ・DEATH(大和田常務)」ってなる。その幸せ家族にもおすそ分けしてよ!ってなるんだけど。

ただこれは、インスタキラキラママの幸せアピではなく、無意識に幸せ母と不幸な母を使い分けているだけ。不幸ぶることのメリットを知ってしまったが故のことです。母が不幸な時は、母親の笑顔を見るために子どもが尽くしてくれる。それを知っているから、家にいるときはいつも不幸で不機嫌なんです。あなたのせいで不幸というアピールも欠かさない。そうして子どもに「貸し」を作り続け、子どもに申し訳なさを感じさせます

 

2.人を評価するときはいっちょまえ

ジョーンの末娘は、一時期見た目が派手な女の子たちとつるんだことがありました。ジョーンは娘が変な影響を受けている!と怒り心頭。その子たちの出入りを嫌がります。

ブランチとレスリーの件もそうですが、幸せなはずなのに、いつも誰かを自分基準でJudgeしています。なんか人を評価する時も「それっぽい」んですよね。あれこれとダメな理由を(本人としては親切のつもりで)理論立てて説明します。しかもそれが、「いろいろな男とxxxした末に零落したのでとても不幸な人だから話を聞く価値はない」とかいう非科学的なレベル。自分は何様だ、という以上に、こういう刷り込みは子どもに強く影響を与えます。愚痴を言うだけでなく友人のチョイスにまで口を出して来たら最悪。同僚や同級生として接する分には無害ですが、子どもにとっては害。

 

3.いつも「あなたのため」というエクスキューズ

コレが一番厄介。「あなたのため」って言葉が小説の中に何回出てきたか。この言葉には、異論は認めないという強い意志が含まれているし、しかもいい反論がないんです。これを言われたらやらざるを得ない。子どもを思考停止させる悪魔の言葉。

親の言う通りにやってあげたところで、後年振り返ったときに「あんたは私の言うこと全然聞かなかった」、もしくは「私がケツを叩いてあげなきゃなかった」と記憶捏造される。対して自分の意思を通すと、母がモンスター被害者と化すわけで、なーんもいいことなし。

 

毒親の共通点は、「記憶捏造」「被害者意識」「自分だけが正しい」の3点。それが手を変え品を変え、組み合わさって増幅したりして、子どもを追い込んでいく。末娘が父(ロドニー)に宛てた手紙、そして「ジョーンはいつまでの一人ぼっち」というロドニーの独白が印象的です。家族は正しくジョーンを見抜いていた…しかし裁かれるでもなく幸せなままのジョーンの姿を思い浮かべ、モヤモヤした気持ちに。果たしてそれは幸か不幸か。そもそも、誰が一番不幸なのか。

 

時々、知育とかの教材を読むと、「3歳までに読み聞かせをたくさんしていたお母さんの子どもの何パーセントは就学後の勉強が…」とか謎アンケートの回答が載っていたりするのですが、あれを読むと、「幼児教育に強い積極性を持ち、子どもにとって最適なを日々の生活で行ってきました」と堂々回答できる母親ってどんなマインドなんだろうと疑問に思います。

ジョーンは全部に「よくできた」ってマルつけるタイプなのはもちろんわかるんだけど、「まだまだだ…」と反省を繰り返しているお母さんのほうが子どもにとって良いお母さんなんじゃないかな、なんて思うわけです。「育児における正しさってなんだろう」「子どもにとっての最適とは?」と自分の育児を客観的に評価し、「自分が母親として正しいことができているかはわからない」という前提で育児を模索している母親に、私はなりたいと思いましたが。(全然できている感じはしないけど…)

 

と、久々のアガサ・クリスティでした。

おわり。

 

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