はらぺこあおむしのぼうけん

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「不幸な兄が人生を懸けて追い続けた妹」が、絵に描いたようなヒロインじゃなかった時… ダニエル・ウォレス「ミスター・セバスチャンとサーカスから消えた男の話」

こんにちは。

 

「ミスター・セバスチャンとサーカスから消えた男の話」です。あのビッグフィッシュの作者が書いた作品。そして「トリック(DER TRICK)」風味の表紙につられて読んでみました。

 

ミスター・セバスチャンとサーカスから消えた男の話 (RHブックス・プラス)

 

ある手紙からはじまるこの小説。「”彼”の最期を調べることにした。僕たちは幸せだったけれど、”彼”は不幸であったということは明らかだ」というような内容。そしてジェイムスという署名。これは、誰?

”彼”の関係者の証言によって進むという構成です。すぐに、サーカスを去った男がいるということ、そして、その男(ヘンリー・ウォーカー)が黒人に扮していたことが明らかになります。そして、サーカスを去る(サーカスから消える)日、ヘンリーは狡猾そうな少年3人に殺されかける。冒頭の手紙からも「不幸」であることはわかるので、ヘンリーの転落を見せられるんだなぁということを理解します。

 

おそらくこの作家は、虚実ない交ぜの書き方が売りですから、最後まで読んでもどこまで本当かわからない。でも、彼の来歴は大筋でこんな感じ。

ヘンリーは、父と母と妹の四人家族でしたが、幼い頃結核で母を亡くします。時は大恐慌。事務所を構えるほど裕福だった彼の父は職を失い、ホテルの住み込み従業員に。父はアルコールに救いを求めていくようになります。妹のハンナとヘンリーは、ホテルのある部屋で、肌が異様に白い男、ミスターセバスチャンと出会い、ヘンリーは彼からマジックを教わるように。疲れ切っている父、夢の世界に生きる妹を見て現実が受け入れられない彼は、それを振り切るようにマジックに没頭します。ある日、ハンナとセバスチャンが失踪。警察の捜査もむなしく、ハンナが見つかることはありませんでした。

ハンナの失踪により、父の暮らしは前以上に荒れ、ついにホテルの仕事をクビになります。父とヘンリーは犯罪まがいのことをして生きていましたが、ある日拘置所でヘイリー氏に出会います。「白人のマジシャンは腐るほどいる。ヘンリーを黒人にして売り出すのはどうか?」という彼の提案により、ヘンリーはマジシャンとして舞台に立つことに。その後、父との別れ、ヘイリーの死、戦争を乗り越えたヘンリーは、サーカスに流れ着きます。そこでの最後の日々。

 

「人間がみな平等に等しい自然数として生まれてくるならば、ヘンリーの人生の旅は引き算の演習だったといえる。引き算されずに残ったのは何だろうか(ない)」という言葉に代表されるように、こういう転落系小説にありがちな「彼は不幸と言える人生を歩んできたが、ある意味では幸せだったかもしれないね」ENDではなく、はっきりと「不幸でしたよね彼は」と断定しているところがとても現実的。

サーカスで過ごした最期の日々は、ヘンリーにとっては比較的穏やかな毎日であったように思います。フリークと呼ばれる、生まれつき身体に欠損を持つ人々と孤独を分かち合い、居場所のようなものもあった。自分を愛してくれた女もいた。しかし、ヘンリーの心は癒されません。だって彼には、強い目標がありましたから。「ハンナを奪ったセバスチャンを殺す」という。そのために彼は都市都市を巡っていたのです。

ハンナはどうなったのか?セバスチャンとの因縁の対決は実現するのか?虚実ない交ぜ、切れ切れで語られる物語ながら、ページをめくる手が止まらず、あっという間の約2時間。

 

いろいろな人の口から語られる人生哲学。「人生で、失ったものリストは長くなる一方だ。しかし、この別れ(父との別れ)にはあまり胸が痛まない。何かを失って自分の重荷が増える場合もあれば、減る場合もある」「人生は紆余曲折だ。ある出来事がもうひとつの出来事につながって、それがまた次の出来事につながっていく。しかし、そもそもの始まりはどうだったか、そこが謎だ」ヘンリーの人生と、彼にまつわる出来事を丁寧に解説してくれます。この言葉が非常に的確で、胸に刺さってくる。

 

あとは、とにかく登場人物が魅力的なんです。オススメは探偵。

「わたしはどんな物語にも遅れて登場する。誰もが呼びたくない人間。人が私に助けを求めるのは最後の最後。本心を明かせば断りたい。助けることなどできないからだ」なんていう独白から始まる。「私立探偵に調査を依頼するほどの事件は当然ながらハッピーエンドにはなりにくい」「俺の仕事は、他の仕事よりも愛に関わる仕事である。愛する相手を誤った人、誤った相手に希望や夢を託した人。どこよりも暗い場所へ人を導く力を持っているのが愛だ」とか言っている、こいつ、どんなハードボイルドだよ!!ってなります。

 

さて、なんで探偵なんて出てくるの?以降はネタバレです。

彼は、誰かからの依頼を受けてヘンリーを探していました。それはなんとハンナ。ハンナは生きていたんですね。彼女は高級住宅地に暮らしている。おそらく結婚したのかな?ミス・キャラハンなんていう名前になっています。電話口からは赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。「内緒でお仕事を頼みたいの…」という言葉にだいたいの人はこう思います。

「ああ、ハンナは変態セバスチャンにかどわかされて、耐えがたい子ども時代を過ごし、何とか生き延びてきたのだろう。美人であったために、運よく玉の輿に乗れたは良いが、相手や相手の親に、自分の出自や兄のこと、子どもの頃に受けた虐待行為のことは絶対知られてはならない。それでも兄に会いたい」と。頭の中には蒼井優がさめざめと泣く姿が浮かびます。しかし、一筋縄ではいかないのが蒼井優ですから!(※本人とは何も関係ありません)

 

ヘンリーの所在を突き止めた探偵は、ハンナに結果を伝えようと会いに行きます。開口一番、「あなたは大切なことを言わなかった」とハードボイルドな追求が始まり、そして明らかになる真実。

ハンナの失踪は、誘拐ではありませんでした。あれは取引。ホテルに滞在していた金持ちのセバスチャンは、ろくでなしの父親に取引を持ちかけます。「自分は子どもが欲しかったんだ。娘をよこす代わりに、金をあげよう」と。ハンナは愛情深いセバスチャンのもとで幸せに暮らします。ヘンリーは本名で活動していたから「ヘンリー・ウォーカー」という名を目にしたことは何度もありました、でも、今の暮らしも捨てがたくて探せなかったの。と。

正直、兄への思いはそこまでガチではなかったんだねぇ~?と、ちょっとがっかり。ハンナへの落胆は続きます。

2階でギャン泣きしている赤ちゃん。「若気の至りで子どもができたけど、妊娠の事実を伝えたら逃げていった男の子どもよ。若い時にはよくあるよね。ハハ」って。ええ…!?そういう感じの女なのコイツ??となる。

探偵は義憤にかられ、「お父さんは事実を知っていたはずなのに、どうして伝えなかったんだ」と問いますが、「父も弱い人なのよ」と父親の肩を持つ発言をするなど。「で、結果はどうだったの?こっちは依頼人よ!!」とキレるハンナをなだめているとご主人?が帰宅。ただいまぁ~と帰ってきたのは、真っ白な男でした。え?となる探偵にハンナは「父です☆」と紹介。

ハンナは続けます「我が家があるっていうのが、人間にとっては一番必要なことよ。この天国がある限り、いくつかの過ちを犯しても大夫。我が家があれば、過ちが神の恵みの変わる時間もできる」と。ドヤ顔!ここまで読んだ読者は皆突っ込みたくなります。「その兄は『朝まで寝られる屋根付きの場所は貴重』なんて言いながら、ノミだらけの布団の上で暮らしながら、それでも妹を探して最後は野ざらしで死んでいったがな!!」と。

ヘンリーがずっと追い続けてきた妹ハンナ。父が、娘を売った金で酒を買うのは誰にでも予想がつきます。兄があの後不幸な生活を送ったことは想像に難くないでしょう。しかし、ハンナはそんな簡単なことも想像できないただのカマトト女だったんです。今にも煙草を吸いだしそうな雰囲気…。泣ける、泣けるよ。依頼人との約束を破り、結果を伝えずに帰る探偵でした。

 

あ、そう、セバスチャンの本名は、ジェイムス・キャラハンです。あれ、ジェイムスってどっかで聞いたことがあるよね…?と、いろいろなところに仕掛けがあって、最後の最後までいろんな伏線を回収する。小説の構成としてはすごく面白い!ですが、展開というかハンナがおバカさんだったことだけが心残り、というかがっかり。ただ、再会して「よかったね、お兄ちゃん!」みたいなゴミ展開にはならなかったのが救いです。

もちろんハンナも被害者なんだけど、兄との熱量の差と、家族と離れるという悲しい経験をしながらもあまり人間的に成長しなかった、というところに落胆してしまいます。自分が相手を思う気持ちと同じくらいの気持ちで、相手から大切に思われる人生って本当に稀。実際のところこんなもんなんでしょう。

 

個人的には、セバスチャンの言葉「自分の人生、幸運に恵まれるか悲劇に見舞われるかはだれにもわからない。しかし、このカード(トランプ)については、君は完全に支配できるようになるぞ」が印象に残りました。小説は読む専門ですが、この言葉を聞くと、そしてこんな小説を読まされると、自分で小説を書けたらいいな、なんて思います。「自分が支配する世界で、推しのキャラを存分に幸せにしてあげたい!」という気持ちが、二次小説なんていうのを産むんだろうな…と妙に納得。

 

と、人生哲学満載のこのお話。ビッグフィッシュの原作も読んでみたいな、と思いました。

おわり。

 

dandelion-67513.hateblo.jp

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