はらぺこあおむしのぼうけん

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どうしても戻りたい“あの時”がある人と、そうではない人 新潮クレスト「ファミリー・ライフ」

こんにちは。

 

新潮クレスト「ファミリー・ライフ」

事故によって寝たきりになってしまった兄と崩壊する家族を、弟目線で描いた話。自分の体験に基づいた作品のようです。こういう救いのない系は、実はすごく苦手。得られる教訓も少なく、読後にやるせなさが漂うので。

 

ファミリー・ライフ (新潮クレスト・ブックス)

 

インドのデリーで暮らす父、母、ビルジュ(兄)とアジェ(弟)の4人家族は、アメリカへ移住します。当時のインドは貧しく、職を得てアメリカに出られる人のは一部の勝ち組だけでした。一足先にアメリカに行った父に呼ばれ、4人で暮らすことが叶ったアジェ一家でしたが、幸せだった生活は一変します。ビルジュがプールの事故で寝たきりになってしまうのです。プールの底に頭を打ちつけ、沈んだ兄。たったの3分水中で意識を失っていただけで、家族の人生がガラッと変わった。たったの3分…

もともと寡黙だった父は酒に溺れます。母は兄を元に戻そうと、怪しげな呪術に頼るように。父と母、もともと会話が少ない夫婦でしたが、事故の後は互いを傷つけるような言葉を投げ合います。アジェはまだ甘えたい年頃でしたが、両親に迷惑をかけまいと自分を抑え、優秀な兄のかわりになろうとします。そんな暮らしを続けて数年、父はアルコール依存症患者専門の病院に入院しました。また、ビルジュの自宅介護をすることを選択した一家は、家を購入し、リビングにビルジュのベッドを置きます。いつでもどこでも、ビルジュの姿から逃れられない。そんな生活にアジェは疲れていき、文章を書くことに居場所を求めるようになりました。

 

ほぼ著者の経験が反映されているストーリーで、救いがありません。学校でも孤独を感じているアジェが、兄のことを打ち明けることで友人の気を引こうとするところが哀れで悲しい。そしてどんどん兄の話は大げさになっていき、ついには友人に相手にされなくなるなど。

 

教訓めいたものはなくて、ただただ人の弱さや嫌らしさを目の当たりにします。例えば、自分は幸せだと思いたいがためにがビルジュのもとに集まってくる人や、ビルジュの姿を教材として、自分の子どもに何かを気付かせようとする大人。

 

私が嫌いな言葉はいくつかありますが、「人生いつだってやり直せる」っていうのが無責任で嫌。人生やり直せる人と、やり直せない人がいます。アジェ、それだけでなく彼の家族も皆「あの3分に戻れたら」を何百万回も繰り返し思っています。ちょっと良いことがあって元気になっても、すぐに「あの3分に」という気持ちに引き戻されるんです。人生は選択の連続ですが、「あの時に戻る」っていう選択をするしか幸せになれない一部の人間がいるのも事実。そんな人に、「いつだってやり直せる!前を向けよ!」って言ったところで、余計に傷つけるだけです。

あとは、「命があるだけよかったね」という言葉も無配慮で大嫌いですね。「命があるだけ~」という言葉は、何もかも失った人が自分を慰めるために使うならまだしも、何も知らない人間が他人にかけていい言葉ではありません。

「あっち側の人間」の苦しみは「あっち側の人間」にしか理解できないわけで。彼らは「あの時」が訪れる前の時間を何度も繰り返し生きているのです。もちろんそれを乗り越えられる人もいますが、乗り越えるのはすごくすごく難しい。「こっち側」にいるアジェの周囲の人間は「なんでそんなにメソメソしているんだろう」と、アジェの卑屈さに飽き飽きして、陰に陽にそれを伝えます。ただでさえ辛い人生を生きている彼、周囲の無関心に胸が痛くなりました。物語のラストは、大人になったアジェの「幸福を重荷に感じる。僕はまずいことになった」という言葉で締められます。アジェの人生に幸あれと祈らずにはいられません。

という、「あっち側」の生活をのぞき見してしまった悲しみと、「あっち側」の世界の入り口はそこここで口を開けているという恐怖。そういう切なさが満ちた作品でした。

 

個人的にすごい気になったのが、インド人の国民性。濃い!というか近い!!

他人あての郵便とか普通に見るんです。「アメリカ行きの航空券が届いたよ~」とか言って隣人のババアが持ってくる。ビルジュが自宅介護になるとき、まるで卒業式の花道のように列をなし、様子を見学しに来る。あとは超名門校に合格したアジェの噂を聞きつけ、「うちの子どもを祝福して」と手のひら返したように優しくなる。などなど…。まぁ、嫉妬、怒り、興味の感情に素直に従っているだけで他意はないというか、善意の皮をかぶって他人の状況を探り陰でほくそ笑むような日本人ぽい意地の悪さはないんだと思いますが、ちょっとしんどい!

ただ、平穏な生活においてはうざさ99%な密な人間関係ではありますが、そのお節介さに助けられる場面もあるようです。たとえばビルジュの事故の後、一家よりも先にアメリカで暮らしていた叔母夫婦が、段ボールで簡易な祭壇を作り、夜通し祈りを捧げます。アメリカになじみ、素敵な住まいを自慢していた夫婦が、家族の危機にあたっては、部屋が煙くなることも厭わずに香を焚き続ける。まるで自分の子どものことのように泣いてくれるのです。叔母夫婦の手助けが、長く続くビルジュの介護生活を大きく支えてきたということは言うまでもありません。

 

 

筆者の悲しみや怒りを追体験する系の小説でした。…人って弱いよなぁ。…人生、どうしようもないこともあるよなぁ。…人は他人に無関心なんだよなぁ。…人は人の悲しみに気付こうともしないんだよなぁ。と相田みつを風のつぶやきが何度も頭をよぎる。歯がゆさ満点の作品。

おわり。

 

同じようなテイストの作品。スマトラ沖地震で家族を亡くした女性の小説「波」

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