はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

終わりのない苦しみ、行き場のない怒り…読まなきゃよかった 新潮クレスト「波」

こんにちは。

今日ご紹介するのは、新潮クレストブックス「波」です。

第一声、「読まなきゃよかった…」です。これはつまんねぇというわけでも、煽り文句でもなく、本当に素直な感想。これは2004年に起きたスマトラ地震による津波で、両親と夫と二人の息子を亡くした女性のノンフィクションです。大きな悲しみをどう乗り越えるか(実際乗り越えてはいないんだけれども)というお話なのですが、読む前から暗い気分に。

私は夜に本を読むのが好き。家族が寝た後に、のんびりソファに寝ころびながら、ページをめくるのももどかしいくらいに本に没頭する。月に何度か訪れる至福の時。この本を読んでいた時にちょうどチャンスがあったのですが、こればっかりは夜に読めませんでした。辛い。欝々とした気持ちになります。最後まで読もうが、家族が戻ってくることもないことはわかりきっているわけで、正直読み続けるのが辛く、何度かやめようかとも思ったけれど、やめられませんでした。

 

波 (新潮クレスト・ブックス)

 

主人公「私」、出身はスリランカで、高校卒業と同時にイギリスに渡り、大学で出会ったイギリス人スティーブンと結婚。クリスマス休暇でリゾート地のヤーラを訪れていました。「その日」はクリスマス翌日。荷物をパッキングしながらチェックアウトの準備をしていた彼女は、友人の「海が入ってくる」という言葉に驚き外を見ると、津波がやってきた。とっさに夫と二人の息子とジープに飛び乗り逃げるが、波に追いつかれて流され散り散りになる。

 

事故後の彼女と彼女の人生のすべてであった夫と息子、両親との思い出が織り交ぜて語られます。

事故後すぐ、彼女は徹底して頭から家族のことを遠ざけました。なんと、遺体安置所にも行かず、遺体の捜索も人任せにして、一人アルコールを飲み続ける日々。死ぬことしか見えていない。「寝るのが怖い。起きたらまた、自分の置かれた状況をゼロから理解する作業をしなければならない」という言葉が刺さります。自分が手に持っていた、夫も息子もいる人生をまるでなかったかのように、彼らに思いをはせることを拒否する。そしてついに狂います。住み手のいなくなったスリランカの実家に住み始めたオランダ人に嫌がらせすることで彼女は生を実感するなど。こうなると、友人とか親戚も離れて行ってしまうように思えるのですが、そんなことはなく、辛抱強く彼女に寄り添います。彼女や夫が、どれだけ素晴らしい人間かわかるようでした。

 

彼女が死に向き合ったのは、5、6年ののち。事故現場を訪れ、当時の遺留品を探したり、ロンドンの家に行って家族の生活の痕跡を見たり、洋服を探したり。そこで彼女は初めて「世間一般の親のように」泣く。死人の目をしていた彼女に射したほんの一筋の光。 

 

あの日、濁流に飲まれた彼女は、胸の痛みと、死んではいけないという気持ちと戦い続けていました。息子には私が必要だ、生きねばならない、と。大木につかまり助かった彼女が周りを見渡すと、そこには見たこともない景色が。その瞬間彼女は夫と息子たちをあきらめる。助かるのは無理であろうという前提に立つことで、後々から襲ってくる痛みに耐えようとした、と彼女は振り返ります。私は結構、彼女の思考回路に似ています。何か起きた時は最悪のパターンを想像しておく。希望を持てば持つほど、現実との差にやられてしまうから、いらぬ希望を持たないように自らを戒める。

あくまでも私の予想ですが、彼女は心が弱いタイプだと思います。ストレス耐性はかなり低い。病気の告知とかで取り乱す人がいると思うのですが、彼女は取り乱さない人です。泣き顔を見せたくないとかそういうわけではなく、眼前に迫った現実を受け入れまいと抗うことが「できない」人。自分が傷つかないようにスイッチを切り替え、無理なら無理と、いらぬ期待を抱くことを自分に禁じ、衝撃に備えようとする。

不幸な現実に対し、どうにもならないけれども何とかしよう、という行動を起こせない。序盤から「起きてしまった、あきらめよう、あきらめなければ」という思考回路。はたから見るとしっかりしているように見えるのですが、実は怖がり。負けるのが、絶望するのが怖い。あくまでも私の経験からですが。彼女はそういう自分を恥じています。心の底では感傷に耽りたい。なぜ取り乱して泣けないのだろう。普通に家族を悼むことができないのだろう。ドラマなどで見るように家族を悼むことができれば、何か道が開けないだろうか。と。希望が砕け散るのを恐れ、彼らにそそくさと背を向けた自分。この一連の反応は衝撃から身を守るための本能的な反応とも思えますが、彼女は葛藤します。

 

彼女は最後、「彼らの思い出をそばに置くことでしか回復しないということを学んだ。彼らから、彼らの不在から距離を取ろうとすると、自分がばらばらになってしまうということに気付いた」と述べます。正直、立ち直ったわけではない、しかし彼女が愛した人たちを思い出し身近に感じることができるまでには、彼女は回復した。泣けず、全ての関わりを拒絶し、怒りに狂い、大切な家族のことを頭から、自分の記憶から追い出し、他人の人生を生きているような数年間から、なんとか回復した。

 

彼女は何も得ていません、失っただけ。死は単純に死で、何にももたらさない。彼女の悲しみとか辛さは想像を絶するし、そんな中生きていかないという地獄を見せられるような作品。暗いです。ただ、こういう苦しみにぶつかったときは暗い中でもがくことしかできない。そういうもがきを淡々と記録した作品でした。

 

おわり。

 

そして彼女も、「人は他人の中でしか生きられない」というようなことを言っていました。関連記事はこちら。

 

dandelion-67513.hateblo.jp

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