はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

自分の選び得なかった人生も一緒に抱えて生きている 新潮クレスト「マザリング・サンデー」

こんにちは。

かなり感動した本です。可能なら6月のうちに読んでほしい。これはある少女の半日を書いた本なのですが、その日は3月なのに6月のような気候だったと何度も書かれるからです。明るい日がさすスタバ的なカフェで一気に読みましょう。

私は、すごく疲れた夜にこの本を読み、タイトルの言葉に救われました。本を読むことは良きことです。孤独を癒し、悲しみを慰め、そっと寄り添ってくれます。

新潮クレスト「マザリング・サンデー」

マザリング・サンデー (新潮クレスト・ブックス)

 

舞台は戦後のイギリス。以前も「海に照らす光」を読んだときにも戦後の癒えない傷を生々しく感じましたが、今回も何となく悲しい雰囲気。イギリスは戦勝国ですが、戦争で命を落とすのは若者で、それは戦勝国も敗戦国も変わりありません。

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3月31日はマザリング・サンデーといって、メイドたちの年に一回の里帰りの日。半日だけ休みをもらってお母さんに会いに帰ります。一年のうち休暇は半日とか結構ブラックですよね。メイドのジェーンは孤児で帰るところがない、本でも読んで過ごそうかと思っているとき、近くの屋敷のポール坊ちゃんから「今日は一緒に過ごさないか?」と電話がかかってくる。ジェーンとポールは7年もの付き合いにある恋人同士、でもないけどセフレってわけでもない、そういう関係。ポールにはエマという婚約者がいて、2週間後に結婚する予定。一緒に過ごせる最初で最後の日の思い出。たった半日のことですが、ジェーンにとって忘れがたい日になります。

 

ジェーンとのセックスの後、「あれ(エマ)に会いに行かなきゃ」と言い出すポール。明らかに遅刻なのに、ゆっくり着替え、ゆっくり出ていく。ポールなりにジェーンとの別れを惜しんでいたのか。ジェーンは強がってベッドを動きませんが、内心、「待って、行かないで」と声を掛けたらどうなるか、エマともうセックスしたのかな、この後はセックスするのかな、するとしたらどこで?そういうことばかりぐるぐる考えています。そして、ポールは急いでいくかな。どうせ彼のことだから、エマを待たせるなんてどうでもよくて、ゆっくり行くかも。エマとの待ち合わせ、何分遅刻していくだろう。40分くらい?それで破談になったりして。なんて夢想をします。ジェーンがポールをどう思っているかは明かされませんが、エマを意識し、ポールにひとかたならぬ思いを持っているのは確かです。

 

「今こうすれば、こんなことが起こるかも」と夢想するのはジェーンの癖。こういう夢想は、「あのときあれをしなかったから、こうなったんだ」と将来にわたって自分を苦しめるということを彼女はその時まだ知らない。そして訪れるポールの死の連絡。ポールは車をぶっ飛ばして裏道を走っていた時に木に衝突して亡くなります。「ポールはすごく急いでいた」ジェーンはこんな切ない事実を知ってしまいます。その夜、彼女は部屋にこもって本を読む。自分から逃げるため、日常の苦労から逃げるため、それ以外に本を読む理由なんてあるか、と。ドライで大人びているジェーン、実は、辛いときに極狭のメイド部屋で本に助けを求めていた、ただの思春期の娘だったということが明かされるんです、切ない。

 

前述のとおりジェーンは「今こうしたらどうなるかな」と考える癖があります。これは、メイドだから思ったことを口に出せない身分的の問題でもあり、本と同じように現実逃避の手段でもあり、そして、本人の「自分が選びえなかった人生が舞台袖に待機している」という感覚と密接に関連しています。人生が様々な選択で成り立っているのはご存じのこと。そして、その選びえなかった選択肢、つまりほかの選択をした自分もまるごと抱えながら生きているとジェーンは考えています。別の選択をしていればいたはずの自分は、消えることなく舞台袖から今の自分を見ているというイメージ。

 

選びえなかった人生、他の選択をしていればいたはずの自分…子どもの時はそんなのいなかったはずなのに、今や私の舞台袖はぎゅうぎゅうです。

7、8年くらい前に、22歳の自分に宛てた手紙が出てきたんですね。おそらく中2、3くらいに書いたものです。「拝啓15の君へ~」みたいな歌あったじゃないですか。大人になった自分に悩みを打ち明け、過去の自分と未来の自分が分かり合うようなやつ。そういう感じのを想像して開けてみたら、目をキラキラ輝かせた過去の自分と対峙してしまい落ち込みました。「どんな仕事をしていますか?この前カナダにホームステイに行きましたが、国連のような機関で地球環境について真剣に取り組める仕事をしようと決めましたよね?」みたいな文章が、しかも英語で書かれてたんです。今の自分と比べてみて、「君を明るいところへ出してあげられなくてゴメン」と土下座したくなる。大人のお姉さんとして悩み相談に乗るどころか、自分が悩み相談したいくらいのしっかりした娘さんがその手紙の中にいたわけで。中2の自分がリアルに思い描いた未来の自分は、表舞台ではなく舞台袖にいるんだなぁと思うと、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいなんです。

 

ちょっと話がそれましたが、とにかく構成が素晴らしい作品。ネタを小出し小出しにしてきます。ジェーンが長生きすることも、それなりの幸せをつかむことも、ポールがなくなることも、さりげなくネタバレする割には多くを語らないため、え、え、え、とぐんぐん読んでしまう。

そして言葉に無駄がなく、表現も普通なのに、いきなりグサッとくる言葉が飛び出してくる。また、ジェーンが実在するかと思うくらい登場人物が生き生きしています。この作者、小説が10作もあるのに未邦訳作品が多すぎ。他の作品も読んでみたいので英語勉強してきます。BGMはSEKAI NO OWARIの「RPG」がぴったりですよ。

 

おわり。