はらぺこあおむしのぼうけん

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一度、世の中全ての出来事が無意味だという前提に立ってみる 河出書房「リンカーンとさまよえる霊魂たち」

こんにちは。

全米ベストセラー・ブッカー賞受賞の超話題作!とのことで、遅まきながら読んでみました。「リンカーンとさまよえる霊魂たち」

 

リンカーンとさまよえる霊魂たち

 

息子ウィリーを亡くし悲嘆にくれる大統領リンカーン。彼は息子に会うために夜の墓地を訪れていました。そこには、あの世とこの世のはざまをさまよう霊魂たちがうようよ。そこにはウィリーの魂もありました。彼らは、はざまの世界をさまよう状態が、子どもにとって地獄であるということは承知しています。天使のように心が美しいウィリーあの世に送ってやるため、普段は自己中心的で孤独な生活を送る彼らが一致団結したとき、奇跡が起こる!

 

というお話です。書き方が独特なので、最初は事情をつかむまでが大変。40半ばを過ぎた印刷工の回想が始まり、あれ???となっているうちに、誰かが話しかけくるんです。LIINEのグループトークで霊魂たちが会話している感じ、最後まで会話形式でストーリーが進みます。アイコンのないグループトークを見せられているわけですから、横文字の名前を覚えるのが苦手な私は、こいつ誰だ?ってなることしばしば。

でもまぁ、ぶっちゃけ誰が何をしゃべっているかはそこまで重要ではないので、一言一言しゃべっているところは飛ばして読んでOK。ただ、最後まで出てくるロジャー・ベヴィンス三世、ハンス・ヴォルマン、エヴァリー・トーマス師、ミセス・ホッジは、どういう事情を抱えているかは覚えておきましょう。

 

Bardoというのはチベットの言葉で中有(ちゅうう)という意味。この世とあの世のはざま。彼らはもともと、このはざまの世界にずっととどまろうとは思っていなかったのですが、忘れ物を取りに行く感覚ではざまの世界で暮らしているうち、未練が生まれてしまう。せめて自分の証を残すまではこのはざまの世界にいたいと思っている彼らですが、そこは、執着がなくなるといきなりふっと成仏してしまう世界のようです。だから、はざまに残り続けるため、自分の人生で起きた不幸を呪い、自分はここにとどまらなければいけないと常に自分に言い聞かせ続けている状態。どんどん孤独に、どんどん不幸になっていく。

人生が充実していなかった人間のほうが不老不死にこだわると聞いたことがあります。60年生きてぱっととしなかった人生も、それが100年、200年、1000年になればいつか日の目が見られるだろうと、そういう発想でしょうか。

 

この、「はざまに残ろうと執着する状態」、許しの話に少し似ています。以前読んだ「海を照らす光」に、「憎しみ続けるのにも体力がいるんだ。憎む人をリストにして、忘れないように常に覚えておかなきゃないじゃないか。そのエネルギーを人を愛することに使おう」という会話が出てきました。憎しみや執着から解放された世界は、本当に自由なんだろうと感じます。とはいえ、そういう負の感情から逃れられずに苦しんでいる人が多いから、こういう本が賞賛されるのでしょう。

 

dandelion-67513.hateblo.jp

 

一番印象に残ったのは、エヴァリー・トーマス師の話。彼は牧師でありながら審判を恐れ、審判の場から逃げてきました。彼は「私たちにはこの世の不幸や理不尽を受け入れることしかできない。でも、そんな説明じゃ(自分の死が)納得いかないじゃないか」といいます。すごいだろ、これ、牧師さんが言っちゃうんだぜ!

法治国家で民主主義国家、医療制度が充実し、文化も成熟しているいわゆる先進国にいると、自分が無条件にプライスレスな存在であると考えがちです。人の命は平等であり、平等に扱われるべき、そして理不尽や不幸は断固として許されない。どこかでつじつまを合わせなければならない。

そして、人は何かを成すために生まれてきた。無駄な命、無駄な不幸は何もない。と。教育の効果でもありますが、このように考えて疑わない。こういう思考にあるからこそ、現世で何もなしえなかった、不当な扱いを受けたということが受け入れられない。悪いことで富を得たやつがいる。親の遺産で楽をしている奴がいる。自分だけが病気である。同じ命のはずなのに自分は不幸だ、自分の死は不当である、おかしい、だからあの世に行ってたまるか。あの世に行く前につじつまを合わせてやると、人を憎しみ、執着してしまう。

 

この考え方を、「世の中全ての事象に意味があるという説」と名付けるならば、今回検討するのは「世の中全ての出来事が無意味である説」です。人の幸不幸はただの偶然。べつに自分の存在に大した意味もなければ死にも意味がない。ただ勝手に生まれてきただけでしょう?何気負ってんの??。あいつは幸せだけど俺は不幸だって?だから何?命は平等だって?牛や豚は平気で食ってるのにお前何言ってんの?と。

普段はできる限りこういう考え方は避けている。不幸だから次に幸せなことがある。不幸なやつにはばちがあたる。真面目にやってたらいつかいいこともある。誰だってそういう風に考えて生きていたいものです。でもそれがただの気休めだったら、どうでしょうね。

 

どっちの説が正しいとかはありませんが、何かに執着して足を取られていると感じているときは、世の中全て無意味だという前提に立って考え直してみたら、何か別の世界が見えるかもしれません。

分厚い本なので手に取ったときぎょっとしてしまいますが、さくさく読め、そして最後の数十ページ、深い感動が待っています。静かな夜に読んでほしい作品。

 

おわり。