はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

権利を守ること、行使すること。権力を監視し批判することを忘れない エミール・ゾラ「ジェルミナール」

こんにちは。

 

いつもは、クソジジイとか愛とかセックスとか汚い話をもってきて感想を述べている私ですが、夏なので読書感想文でもいけそうな本を、いい感じに紹介したいという試み。

実は国語の教員免許を持っている私。読書感想文の指導をしたことがあります。読書感想文、難しいんだよね。だって、中高生は人生経験が少ない。裏切りや夢を失うこと、そういう苦しい挫折経験がないと、読書の深みはわからないものです。良い話だな、面白いな、と思っても原稿用紙5枚はなかなかひねり出せない。

 

さて、約700ページにもわたるエミール・ゾラの大作「ジェルミナール」。

過去に岩波で挫折した私。中公のほうは未経験ですが、いろいろレビューを見て論創社のこちらに決定。4800円也。

海外文学は訳が肝です。古いほうが権威があって良さそうと思われがちですが、今使われている言葉で訳されていること、とにかく読みやすいこと。今でこそ「…ですた」「くだせぇ」など、田舎のオヤジ=謎の田舎言葉を繰り出すような本は減ってきましたが、まだ油断ならない。いくつか候補がある場合、訳について書いてあるAmazonレビューが必ずあります。時々いるんです、全部を比較していいとこ悪いところ書いてくれてる変な人。素直に尊敬します。

 

ジェルミナール

 

主人公はエチエンヌ。居酒屋のジェルベーズの三男です。舞台は普仏戦争の頃のフランス。とにかく不景気で仕事がありません。炭坑に仕事をもらいに行くも、炭坑も不景気のあおりを受け閉山しているところもあるくらいなので、一度は断られますが、運よく滑り込みます。

同僚マユの家に下宿して働くエチエンヌ。落盤事故を機に、会社から実質的な賃金切り下げ(賃金の算定方法の変更=改悪)を提案され、ストを決意する。会社側も簡単には妥協せず、じりじりとにらみ合いが続く。炭鉱夫たちは餓死寸前です。ストを継続しようにも、会社側への内通者、離反者、ストを馬鹿にする人がいてだんだんと勢いを失っていく。思想の違いから空中分裂の危機が訪れ…。労働者はどうあるべきか。権利とは。

というお話。

 

自然主義文学は、今の世の中、もしくは自分の周りの出来事をそのまま描くスタイルですから、大きな事件も起きないし、センセーショナルな描写もない、いきなりヒーローが現れることもない。等身大の文学です。起きた事件や感情をだらだら(失礼)書くため、二葉亭四迷に「牛の涎」とか呼ばれるなどw ジェルミナールも、まさにそう。どこにでもいる嫌なやつ、宙ぶらりんな恋、味方なんだか敵なんだかわからない不届き者、日常生活のあるあるがたくさん出てくるので、一見長い話ですがすらすら読めます。

労働者とは、権利とは、という話も、小難しい文献を引用して語るようなことはないですから、自分がエチエンヌだったら。という観点から読むと理解しやすいし、読むにつれて、自分の考えらしきものが出来てくるという一石二鳥。

まあ、スーパーマンが嫌なブルジョアを成敗するようなことはなく、読後感は微妙というかイマイチというか最悪だったりもするんですが。

 

もとは機械工だったエチエンヌ。劣悪すぎる環境に最初は憤慨していましたが、初日の労働を終えた夜、「もう何でもいいや」という気持ちになります。のちにストや、共済金、インターナショナルへの加盟など精力的に活動を始めるエチエンヌではありますが、空腹や疲労で実際しんどいんです。生きるのに精いっぱいだと、考えることをしなくなる。完全にブラック企業のマインドですね。

 

忘れがちなんだけど、権利というものは先人が戦って勝ち得たものであるということ、権利は守り、行使し続けないと奪われてしまうことを忘れてはいけません。一度奪われた権利を取り戻すときには再度血が流れるから。

 

これは、労働者の権利がない時代の話。完全な格差社会。資本家の方々は、「労働者が快適に働けるといいよね。うちらとWIN-WINになるといいよね。だから、労働時間、休暇などしっかり決めて権利をあげよう」なんて考えをするわけない。利益を最大化するために、人件費はできるだけ削り、労働者を使い捨てできるのがいいなー、と思っている。

ストにより、要求を受け入れられないなら働かないと主張しますが、会社も、簡単には主張を認めません。ストを長引かせて労働者を疲弊させ、内通者を使って失敗に終わらせようとする。最後は権力を発動し、軍隊を巻き込んで流血の大惨事になります(これ本当にあった話ですよ!)。権利は自然発生的に生まれるのではなく、先人の涙と血の結晶。

次に、権利は与えられるものではないし、義務を果たした対価ではない。固有のものであり、守り続けていくものです。そういう意識がないと、「権利を与えてくれてありがとうございまっす。嬉しいっす。俺頑張ります。」という発想になってしまうため、ぼーっとしていると「頑張りが足りないからこれいらないね」と取り上げられてしまう。さらに、格差が広がり、日々の暮らしに精いっぱいな人が増えると、社会情勢への興味がおろそかになり、様々な権利が危機にさらされます。

権利が取り上げられると、ジェルミナールの時代に逆戻り。流血の覚悟で取り戻さないといけない。権利を奪われないためには、権力を監視し、批判的な態度で臨むことが重要なんだと思います。資本家の方々は、「WIN-WINな関係でいきましょうよ!」感出してきますが「本当か??」という態度でいる必要があるのでしょう。

 

と、世界史をやっている高校生におすすめのテーマです。

 

さて、炭坑と格差社会つながりで。フラガールのはなし。

山ちゃんと蒼井優が結婚したことだし、もっかい見てよこれー!

フラガール(スマイルBEST) [DVD]

少子化を危惧する記事のコメント欄を見ると、「昔は今より貧しかったけど子どもを5人も6人も育ててた。今の親は、自分の生活水準を下げたくないから子どもを産まないだけだろう。贅沢だ。わがままだ」というコメントが散見されます。これ絶対年寄りと女に縁がないオヤジが書いていると思うんだけど、平和ボケもいいとこ。一回フラガール見てみろよって思うんです。

炭坑で、子どもが何人もいる貧しい家庭。父も炭鉱夫なら兄も炭鉱夫、長女だけなんとか高校にやって、下の子たちはおそらく炭坑で働く。貧しい家庭で子どもがたくさん生まれ、貧しい家庭を築く。金持ちの子は教育を受けてゆくゆくは親と同じ支配者層となります。格差が固定されるから、こういうのは本当にダメなんです。

大学出てこういうコメントしてるんだったら、周りが見えなさすぎ。お前の4年間と学費無駄だったなwと言いたくなる。と、私は一億総中流の恩恵を受けたからこその肩書の癖に、自分の力で偉くなっちゃった気になって若者や新興国貧困層に超上から目線で意見する年寄が嫌いなんです、という話。

 

 

おわり。