はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

「さあ、神無月だ。出番だよ、先生」って言われてみたい 万城目学「鹿男あをによし」

こんにちは。

 

本を紹介するにも、テーマがあったほうが良いかなと思いまして、とりあえず、8月に読みたいシリーズ。第一弾は、万城目学鹿男あをによし

森見登美彦ファンを名乗るとだいたい、森見登美彦が好きなら万城目学も好きなんでしょ。とよく言われます。しかし、実はハジメマシテです。

いつかはと思いながらも、なかなか積ん読に阻まれて出会えませんでしたが、病院の待合のご自由にお読みくださいコーナーで運命の出会い。手持ちの本もないから物色したところ、人間失格を再読するか、なんだかんだで勧善懲悪になるのは割れている七つの会議を読むか、万城目氏についに手を付けるかの三択だったんです。ピンポンピンポン!これは大正解。

 

鹿男あをによし (幻冬舎文庫)

 

 

助手の大切な実験データを消してしまい、研究室での居場所を失ったおれ。ある日、ささいなことから助手と乱闘騒ぎを起こした俺は、ついに研究室で腫れもの扱いに。ついたあだ名は神経衰弱。「いろいろありましたから、神経衰弱を治すためにも、しばらく奈良の高校の臨時職員になってください。はい決定行ってらっしゃーい」と教授に追い出され赴任した先は、伝統ある私立女子高、奈良女学館高校でした。

赴任先でも、自分を馬鹿にした態度をとる堀田という女生徒と揉め、どんどん自分に自信を失っていく。そんな時おれは、奈良公園で鹿に話しかけられた。鹿の話を要約するとこんな感じ。古来より、奈良の鹿、京都の狐、大阪の鼠で地下に眠るナマズを封印して日本を守っている。今年は節目の年で、封印を継続するために儀式を行う必要がある。儀式に必要な「目」は今、京都にある。京都の狐の遣いから「目」を受け取り、自分に届けて欲しい。狐の遣いは女性であり、シカるべきときシカるべき人から渡されるから、時を待つべし、と。夢か幻か。そして、目とはなんだろう。

 

さて、現実世界?に話を戻すと、毎年10月に、姉妹校の京都女学館、大阪女学館の合同体育祭が行われている。三校が順繰りにホスト校となり、各競技毎に優勝杯を争う。偶然なのか、校章は、京都が狐、大阪が鼠(ほんとは、大阪だけ鼠色という意味での鼠)、奈良が鹿。今年は奈良がホスト校。ほうほうほう。京都奈良大阪をぐるぐる巡る、狐と鼠と鹿と。コナンくん並みの名推理で、目とは大方この優勝杯だろうと見当をつけ、顧問の剣道部を熱心に指導し始める俺。そんな折、何故か堀田も入部を志願する…

これ、アツい青春ものだと思うんだけど、全然違うの。優勝杯は全っっ然関係なくて、剣道部が優勝した時点でまだページが半分残ってるというw
凡ミスをしたペナルティで鹿にされてしまう俺。タイムリミットまであと数日ってとこで謎が解け、大どんでん返し。獣と人と、一瞬だけ心が通じるとこ、仲間の先生の優しさ、堀田との和解。最後はほろりと泣けるんです。

 

面白いところは主に会話。みんな真面目に喋ってるんだけど、噛み合ってなくて笑える。
優勝盾(剣道だけ伝統があって杯ではなく盾なんです。これも誤解の一因だった)を持って行って、ほら!と差し出す俺に、無言の鹿。違う。だって、これは、目なのか…?と返されるところ。ごもっとも。真剣なんだけど笑ってしまう。

話しかけてくる鹿は雌鹿なんです。でも、しゃべり方はおっさんそのもの。なんで雌なのにおっさんなんですか?と聞くと、自分はいろんな生き物を依り代にしているが、雌の方がなにかといい。鹿せんべいもたくさんもらえる。雄はおさえつけられてツノを切られたり、子どもに怖いと泣かれたりするから損だな。と平然と答える鹿。

鼠の遣いと思しき男性へ電話する主人公。「あの…あなたは、鼠なんでしょう?」困惑する相手をよそにヒートアップした主人公は、「正直に言ってください!あなたが何かを隠しているから、地震が起きたり、富士山が膨らんだりするんですよ!」と言ってしまう。主人公の思い込みと、ドン引きしている相手との対比に、あー完全にいっちゃってる人だわこれ、と、同情しながらもニヤけてしまう。

鹿になってから、飯の味が濃く感じられて、お肉は胃にもたれるし。。。と愚痴を垂れる俺に、いや、それはおまえ、神経衰弱なだけだろう。鹿になったことを気に病んで寝不足なんだから、味覚もバカになるし胃の調子だって悪くなろうよ。何を言ってるんだと返す鹿。

真面目なんだけど、主人公はボケたおしている。抱腹絶倒とまではいわないけど、普通に声出して笑いますw

森見登美彦とも似た書き口ですね。森見節と万城目節。
なんですか、関西で生まれ育ち京都大学を出るとみんなこういう言葉遣いになるんですか。舞台設定も似ている。そして愛ある人々。良い!虜にされました。

 

解説で、坊っちゃんとの類似点が指摘されていました。会話の妙はもちろん、あだ名のつけ方とかうまいんだよなぁ。

同僚の藤田が「女子高生は無慈悲なあだ名をつけますからねぇ。先生もそろそろあだ名つけられますよ。うーん。先生は、目がぎょろっとしてるからねぶた祭なんてどうかな」なんてことを言う。

あとは語感。「鹿せんべいそんなにうまいか」とか。なんかいいよね。

 

外枠だけを見てみれば普通の青春ドラマなんですが、薄汚れた社会人の私から見ると、雄大な奈良の自然、物思い顔の鹿、好意的な同僚。心洗われる気持ち。選ばれたおれは、鹿に「さあ、神無月だ。出番だよ、先生」と背中を押されます。このシーン好き。最後に、「期待してるよ!」と言われたのはいつだったかな…?なんて考えてしまいます。

 

 

そうそう、8月に読むべきなのは、この小説が葉月、神無月、霜月の3部構成(神無月が7割くらい占める)だからです。季節の描写が鮮やかで、夏から秋(いつ涼しくなるのー??)に思いを馳せることができる。

 

8月のうちにぜひ。

おわり。