はらぺこあおむしのぼうけん

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本当の正義とは何かを、妥協することなく追究した重厚なミステリ「流れは、いつか海へと」ウォルター・モズリイ

こんにちは。

 

「流れは、いつか海へと」ウォルター・モズリイ

このミス2020、海外部門13位!

流れは、いつか海へと (ハヤカワ・ミステリ)

昼に再放送されている刑事ドラマに出てくる刑事たちは、犯人を追うときですらシートベルトをするし、もちろん拳銃ぶっ放したりなどしない。人生を奪われた者の復讐劇ですら、「だって殺人は罪だもの!」と、どこからどう見ても可哀想な犯人に「亡くなったアナタのお母さんはそんなこと望んでませんよ」なんて見当違いの説教を垂れたりする。民放の刑事ドラマ程度では、罪を裁くのに法以外を認めてはならないという不文律があるし、私刑を認めるなんて御法度。

まぁ、民放ドラマの魅力はチープさに尽きるのでそれは一旦おいておくとして、「法を超えて私人が正義を執行することの是非」という問いに真摯に向き合った小説がこちら。

 

主人公は私立探偵のジョー・キング・オリヴァー。”キング”の由来を語るところから始まるアメリカンな感じが、すごく良い雰囲気を醸し出している、上々の滑り出し。

彼は、刑事時代に起きたハニトラ事件により刑事の職を追われます。冷酷な元妻に怯えながらも、自分になついている娘との交流を唯一の癒やしとして細々と暮らしており、トラウマも克服途上にある。

あるとき、警官殺しの罪で収監中の黒人ジャーナリストに関わる案件が舞い込んできます。ジャーナリストの弁護を担当していた人権派弁護士が、突然弁護を放棄したという怪しい案件。それとほぼ同時に、自分をハニトラにかけた女から謝罪の手紙が届き、ハニトラを指示した人間の存在が発覚します。

調べてみると、黒人ジャーナリストの事件とハニトラ事件は、どちらも警察の大スキャンダルのもみ消しを企図した事件であり、黒幕も同一人物らしいということがわかりました。

事件に首を突っ込むと決めたわけでもないのに、可哀想なオリヴァーは、その頃から日常的に命を狙われ続ける羽目に

娘との時間を守るため、一度は事件から手を引くオリヴァーでしたが、真相を暴き、ジャーナリストを救うことを決意。相棒に選んだのは、元凶悪犯のメルカルトでした。

 

 

最初は若干女々しさを感じてしまう主人公ではありますが、”筋を通す”ことへのこだわりかけては右に出る者はいないのではという不器用さ(&かっこよさ)。真実に迫るためのやり口も大変エグいし、文句なしのハードボイルド認定。フィリップ・マーロウなんかよりも清潔感があって好ましい感じがする!笑

 

オリヴァーの自己肯定感は超低めで、自分をクズみたいなもんだと思っていますが、読者から見ると、そんなことは全然ないっていうことがわかります。

メルカルトは、自分を人間として扱ってくれた唯一の刑事オリヴァーに尊敬の念を持っているし、オリヴァーの理解者である娼婦は、窮地を救ってくれたことを感謝し続けている。何くれと世話を焼いてくれる娘だってそう。

オリヴァーが事件解決のために会いに行く人たちも、最終的には彼に対して敬意を払うようになります。コミュニケーション能力も、人間としてのレベルも実はすごく高いんだけども、それを生かせずに損をして、必要以上に卑屈になっているオリヴァー。うーん、ますます応援したくなる!笑

 

さて、オリヴァーとメルカルトがぶちのめそうとしている相手は警察組織ということで、一筋縄ではいかない。やることなすこと邪魔ばかりされるし、それ以前に命は狙われ続けているし、全く歯が立ちません。ハードボイルド探偵が短命なのは世の常で、オリヴァーが死を覚悟して死亡フラグをおっ立てまくる頃から、この人、マスコミに全部の証拠を送りつけた直後にダイナマイトを体に巻きつけて四散したりするんじゃないかしらと真剣に心配になってきますが、その点はご安心。正攻法での救出を断念し、キャッチミーイフユーキャン的な急展開になるのでワクワクします。

 

ミステリーの面白さを左右するのは相棒選びだと思っていますが、凶悪犯を相棒にするなんて粋な感じで◎ 裏社会にコネのあるメルカルトですから、大胆不敵で手際も鮮やか。大量の重火器を搭載した特別仕様車でオリヴァーを護衛するシーンが好き。やることなすことイケメンなので、タイタニックの頃のディカプリオで脳内再生するのをおススメします。笑

 

オリヴァーはメルカルトに再会したとき、

わたしが鏡の中に見るものを、他人がわたしの中に見ることはめったにない

と感じます。メルカルトは、オリヴァーの、公正であろう、善くあろうというポリシーを見て取り、それを評価してくれる希有な存在だと気付くのです。自分が大切にしているポリシーは概して人に理解されません。良心に従った善き行いが評価されることはほとんどなく、声の大きな人に横取りされて終わるのが世の常。

オリヴァーが相棒にメルカルトを選んだのは、「本当の正義とは何か」という価値観を共有できる存在と感じたからなのかもしれません。

 

警察を敵に回す過酷な捜査の中、2人とも自らの手を汚し続けます。一人のジャーナリストの汚名を雪ぐために、人を痛めつけ殺してよいのか?という問いはいつもつきまといます。それでもオリヴァーを突き動かすのは、”弱者を守るためにこそ法や警察は存在しているのではなかったか??”という信念。

そもそも、罪を裁くことを法に委ねたら、罪を認めているジャーナリストは死刑確定です。しかし、その原因となった警察官の不正のほうが重罪ではないか?という、法の裁きを超えたこの問題に、オリヴァーは正面から切り込み、自らを傷ついていきます。

 

自らの手を汚している以上「正義の執行者」と呼ぶのはふさわしくないだろうけれど、元警察官として、娘を持つ親として、不正義に目を背けないという姿勢には、異論を差し挟む余地はないように思いました。

 

解説を読むと、実際にあった事件に着想を得てこの物語が書かれたことが明らかにされます。簡単には割り切れないザラザラ感が残る作品。「円熟の技」と評されるだけあって、重厚感がたまらない作品でした。

 

おわり。