はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

春になる前に読んでしまいたい心に冷たい風が吹きすさぶミステリ3選

こんにちは。

通勤のお供として重宝しているミステリ作品ですが、最近は引きが悪く、可能であれば避けて通る「残虐」ジャンルが続いてしまいました。しばらくは安心安全のアガサクリスティに逃避しようか悩んでいます。笑 桜も咲きはじめましたが、春になる前に読んでしまいたかった系「心に冷たい風が吹きすさぶミステリ」のご紹介。

 

「死んだレモン」フィン・ベル

死んだレモン (創元推理文庫)

このミス2020年16位受賞作。ニュージーランドの小説です。

事故で車椅子生活になった男が、引っ込んだ先の田舎町で26年前の少女失踪事件を追う話。崖っぷちにつるされている絶体絶命の男が出てきたと思ったらそれが主人公だったという、アクションムービーさながらの登場をする男フィン・ベル(なんで主人公と著者が同じ名前なんだろう?)。フィンは、一見満ち足りた幸せな生活をしていましたが、アルコール依存症となり、車の事故を起こして車椅子生活になりました。自宅や事業を整理して、ニュージーランド最南端の田舎町で暮らし始めたフィンは、おっかないお隣さんと、前の家主にまつわる事件に興味を持ち、事件について調べ始めます。「明日も来年も同じ顔ぶれ」の狭い田舎町で、それをお隣さんが放っておく訳もなく、警告のあと、ついに命を狙われる羽目に!

 

犯人(冒頭で示唆される)から必死に逃げる現在と、ことの起こりである5ヶ月前からのエピソードが交互に登場する構成で、読者は過去と現在の違和感を結びつけながら、少しずつ真相に近づいていきます。犯人の残虐さと、事件の気持ち悪さに吐き気がする思いが。さらに、明らかにされる真相も辛く、もう読めん!!!となりました。

 

みどころは、「カウンセラー」のベティという女性とのやり取り。「あんたを車椅子生活にした間違いを繰り返すつもりなの!?」と、カウンセラーのくせにクライアントを煽っていく特殊なスタイル。しかし、もともとM気質だったのか、フィンは彼女に心を許すようになり、少しずつ変わっていきます。

心の中にある不愉快な感情を書き出し、それに一つ一つ名前をつけると楽になる

酒におぼれるのはダメだとわかっていながら自分を偽ること

など、自分もカウンセリング的なものを受けている気分になれるところはGOOD。田舎町特有の距離感とのんびりした人々の暮らしぶりが挟まり、残虐さを若干和らげてくれるのは救いか?

 

「アイアン・ハウス」ジョン・ハート

アイアン・ハウス (上)

エグい家族ドラマを書きながら、涼しい顔で「崩壊した家族は文学の豊穣な土壌」と言ってのける(趣味悪)ジョン・ハートです。

主人公はマイケルという名の殺し屋(!!!)。こんな物騒な職業、伊坂幸太郎でしかお目にかからないので、なんとも現実味に欠ける滑り出し。笑 本人たちは真剣なのに、伊坂幸太郎の憎めない殺し屋イメージがどうしても先行してしまい、コイツも猫アレルギーとかしょうもない弱点をもっているんじゃないかなんて妄想してしまう。さらに、マイクを一流の殺し屋たらしめている「柔和より凶悪、緩慢より迅速」とかいうスローガンも、それっぽすぎて逆にニヤけてくるなど、物語に浸るまでに苦労したのは私だけでしょうか…。

 

殺し屋の例に漏れず、恋人に身分を偽っているマイケル。イタリア製の高級スーツに身を包んだ”仕事モード”を彼女に見られ、「なんでこんな服着てんのよ!!!」と突っ込まれたりするなど、殺し屋ジョークもキレがある。こういうシーンで、歴戦の殺し屋達は頬を緩めたりするんでしょうか…笑

彼女が妊娠したことを機に殺し屋の世界から足を洗おうとするマイクの身に、殺し屋組織のお家騒動が降りかかる。兄貴分の追撃をかわし彼女と新天地を目指すことができるか…!?

 

と、若干伊坂幸太郎っぽい展開を期待してしまいそうになりますが、ジョン・ハートはもちろんエンタメ作家ではないわけで、マイケルの「弟」の存在が明らかになったころから一気にダークサイドに引き込まれます。アイアン・ハウスと呼ばれる児童養護施設で、マイケルと弟は育ちました。アイアン・ハウスが過酷な環境なのは想像に難くなく、タフなマイケルに対し、弱々しい弟はいじめのターゲットに。マイケルにとって弟の存在はいわばアキレス腱で、目立たぬよう、弟に矛先が向けられないよう、いつも気を配っているマイケル。二人そろって里子に出されるはずでしたが、ある事件のせいでマイケルは鑑別所送りになり、二人は別れ別れになります。

 

再会した弟と、弟の周りで起こる殺人事件の数々。しかも被害者はアイアン・ハウスのいじめっ子たちという奇妙な符合。弟を信じるか、否か、マイケルは迷います。自分の子まで宿した恋人の安否よりも、何年もの間生き別れていた弟のほうに心を奪われてしまうあたり、「川は静かに流れ」のテーマと通じるところがある。

 

血がどばーっと流れる系の描写は少ないですが、殺し屋が考える拷問が生ぬるいわけなくゲロゲロってなる。また、施設で打ちのめされる子どもの描写も、結構タフ。「・・・・・・(無言)」となること必至です。エンディングもハッピーじゃないし、どんよりした気分になる系ミステリ。

 

 

チャイルド44」トム・ロブ スミス

チャイルド44 上巻 (新潮文庫)

レオ・デミトフシリーズということでシリーズ化されている作品の第一弾。舞台はロシアということで、常に監視され、おかしな行動を取ったら即矯正収容所に送られる恐怖と隣り合わせの世界観です。

国家警察の優秀な捜査員であるレオ・デミトフが、ある連続殺人(とおぼしき)事件を独自に捜査する中で、組織・国家のあり方に疑問を持ち、数少ない味方の協力を得て事件を解決に導くというストーリー。

序盤に本編とは全く関係ない感じのする挿話が出てきます。第二次世界大戦時の食糧難を印象づけるためだけに作られたプロローグかと思いきや、物語の鍵を握る最重要なエピソードだったりする。

 

ミステリとしての完成度◎、スピード感◎、キャラの作り込み◎という三拍子そろった良作ではあるのですが、社会が閉鎖的で恐ろしいところとか、警察が罪のない国民をいたぶるシーンとか、食糧難だから何でも食うシーンとか、犯人が猟奇的なところとか、そういうシーンが結構気持ち悪い。特に犯人の犯行の気持ち悪さは「死んだレモン」並で身の毛がよだつ。

 

第二弾以降の作品は未読ですが、本作品の最後では、今回の実績が評価されて、モスクワに刑事課を作ってもらうところで終わっている。今回の事件で味方になってくれた刑事とコンビを組んで普通の刑事になる予感がするので、また機会があったら読んでみたいです。

 

 

 

人が殺されないと物語が始まらないミステリだからといって「残虐性」は必須でないと思っているので、かわいい顔(表紙)した残虐系に当たるとうわーってなります。残虐な犯罪が物語の根幹に関わる重要なポイントのときは希にあるけど、その場合でもそういうことを示唆するに留めておけば十分。残虐なシーンは、著者の趣味みたいなもんに過ぎないと思っているので、映像作品にあるR指定、書籍にも同様にあったらいいなと思うことも多々あります。暴力の有無、流血(死体が流している血を除く)の有無、性暴力の有無…など。

その上で個人的には、暴力よりも胸が痛む、「子どもが可哀想な立場に置かれる話」とか「可哀想な人が犯人」とかも、もっと細かく教えて欲しいです。ほぼネタバレ感はありますが…笑

ノミのハートの私がミステリを楽しむためには、ある程度のクリアランスがないとキツいな、と思う次第。しばらくはアガサクリスティとかエラリークイーンを読もうと思います。

 

おわり。