はらぺこあおむしのぼうけん

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「‘’愛”なしで生きること」を自らに課し続けた女の一生 「オルガ」ベルンハルト・シュリンク  

こんにちは。

 

「オルガ」ベルンハルト・シュリンク

「朗読者」の著者ベルンハルト・シュリンクの作品です。朗読者に出てきた女のように、普通の幸せを手にできない強い女が主人公。

オルガ (新潮クレスト・ブックス)

舞台は19世紀末。幼い頃に両親を亡くし、ドイツの祖母の家で暮らしたオルガは、村の実力者である農場主の息子ヘルベルトと恋仲になります。しかし、ヘルベルトの妹や両親の妨害に遇い、二人の結婚は叶わないまま月日は過ぎ、オルガは教師としてキャリアを築きます。

ヘルベルトは兵役を終えましたが、熱に浮かされたように未開の地への夢を語り続けて働きもせず、ついに、北極への冒険の旅に出たまま戻らず終いに。

その後オルガは、戦火から逃げ、難聴と戦い、孤独に耐え…数々の試練を一人きりで乗り越えます。齢80を過ぎたある夜、オルガは公園で起きた爆発事故に巻き込まれて亡くなりました。

なぜ老女が夜中に公園にいたのか?オルガと夜中の散歩などまるで結びつかない…。

晩年のオルガを知る男が、オルガの書いた手紙をたよりに彼女の半生を探る小説。

 

オルガが主人公で、幼い頃からオルガ60歳くらいの頃までの人生を描く第一部。

家に週2度ほど来ていたリンケさん(オルガ)との思い出を”ぼく”が語る第二部。

そして最後に、オルガがヘルベルトに宛てた手紙の束を紐解く第三部。

 

いろんな視点からオルガの人生を眺める構成なのですが、第一部~第三部を通読し組み合わせることで、やっとオルガの身に起きた出来事の6割くらいを知ることができます(それでも6割!)。あとの部分は想像で補うことになるのですが、オルガの頑固な性格から察するに、残りは、傷つくこともなければ心から笑うこともない、寂しい日々のあれこれだったのだろうと思われる。

 

オルガの一代記なのに、オルガひとりぼっちの日々を徹底的に排除することで、人生の価値は、長さではなくその中にどれだけ素晴らしい物語を詰め込んだかで評価される(人との関わりを拒否した時期に本当の人生なんて存在しない)ということを示そうとしている?なんて感じます。

 

オルガの人生には、常に「反対を押し切る」行為が伴いました。進学、恋愛、結婚、就職…

”反対を押し切る”…この行為は様々な作品で、熱意を証明する行為として取り上げられますが、そんな素晴らしいわけなく、無駄な労力と不快感、孤独を伴い、人間関係の崩壊をしばしば招くものです。彼女の前には常に壁があり続け、逃げずに壁を突破することに彼女の時間の多くは費やされました。それは彼女が勇敢だったからではなく、弱いままでは生きていけなかったから。不幸な人生を押しつけられながらも、足掻き続けたのが彼女の一生でした。

 

世間には、”不幸な時期も時にはあるけれど、どんな人間も、幸せな出来事と不幸な出来事はほぼ同じくらいなんだよ。死に際に総合してみるとだいたい半々だから大丈夫!”という何の根拠もない妄言が一人歩きしていて、「幸せな人」「不幸な人」なんてなくて気の持ちようと解釈されている節があるけれど本当なのかしら。その流れで、他人のSOSを成長の一過程として済まし、「神は乗り越えられない試練は与えない」とか言って真剣に受け止めないことすらあるのは何なんだろう。その苦労のおかげで成長する人はもちろんいるけれど、打ちのめされてしまう9割の人にも思いやりを抱いて欲しいと思うわけです。

 

オルガを強い!!と褒め称え、その障壁は君の人生のスパイスだったんだろうね~、と終わらせてしまうのはちょっとズルい。もう一歩踏み込んで、彼女が不幸だったことは素直に認めてあげてほしい。

 

個人的に、幸せな人生になるかどうかは、幼い頃に心に負った傷の多寡で決まってくると思います。身分、経済力、いじめ…障壁が少なければ少ないほど、太陽の当たる道に歩み出て、傷の多い心はしぜん暗いところに向かっていく。

メディアでは「マイナスから這い上がった人」がたくさん出てくるので、試練も通過儀礼みたいなもんだと錯覚しがちだけど、そういう人が超少数だからこそテレビに出てくるんです!笑

 

ただ、オルガは可哀想な女性ではありますが、小動物系のか弱さは残念ながら備えておらず、むしろ逆。まあ直情型の人間で、行動の端々に「激情」を見て取ます。え!???となりながらも、彼女の人間らしさを垣間見れる貴重なシーンのいくつかが印象的。

 

オルガは、「愛」に恵まれない人生を送りました。ヘルベルトを失い、小さい頃から面倒を見ていた男の子ともわかり合えなかったオルガの人生は、「”愛”なしで生きること」を自らに課し続けた人生でした。もちろん自分の不器用さが招いた部分もあるかもしれないけど、人生の不条理を感じてしまいます。

気の難しいオルガですが、贈るべき言葉を他人に贈れる優しさを持っていました。相手が欲しくない言葉を選んでかけるようなヤツや、無意識に相手を追い詰めるずるい言葉を使う人もいる中、相手が必要とする言葉を贈ることのできるオルガには、もっと幸せになって欲しかったと思うのです。

 

個人的には「朗読者」よりもイイ!

著者が、電車の旅の中で軽い気持ちで読んでくれて構わない本を書きたかったと言っているそうなので、休日の朝にだらだら読みたいです。

 

おわり。