はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

田舎町で起きる奇怪な殺人事件。全ての動機ある容疑者と大きな秘密。王道・Classic・本格ミステリ ヘレン・マクロイ「あなたは誰?」

こんにちは。

 

ヘレン・マクロイ「あなたは誰?」を紹介します。海外ミステリは一つ読むとどんどん他のを読みたくなるので、慎重に避けている私です。

あるものが好きで好きでたまらなくて、抜け出せない状態に達することを「沼にはまる人」と呼ぶそうです。雑食の私が「読書沼」の住人かどうかは置いておくとして、読書沼の中で最もハマってはいけないのは「海外ミステリ沼」であることは間違いありません。読書人の中で「海外ミステリ沼」の住人は頭一つ抜けてヤバい。例えばTwitterや質問掲示板等で「こういう本ありませんか?」に対して、ミステリ系は回答率と回答の長さが異常なんです。「海外ミステリ沼」の住人は、読書をただの趣味ではなく研究の域にまで高めている精鋭部隊。一度足を踏み入れると、きっと人生の伴走者が海外ミステリになりますよ。

あなたは誰? (ちくま文庫)

 

時は第二次大戦の足音が近づいているアメリカ。場末のショーパブで歌手をしているフリーダは、婚約者アーチーの故郷ウィロウ・スプリングを訪ねる予定でいますが、朝「すぐに取りやめろ。とんでもないことが起きるぞ」という匿名電話を受けます。彼女は電話の声を無視して予定通り向かいますが、到着早々、再度の警告電話を受け、そして何者かに部屋を荒らされる。そしてその後のパーティーで殺人事件が…

私はこういうの好きなんです。まず、人間関係が密な田舎町が舞台なところ。そして外から人が来たときに殺人事件が起きるとこ。そして、全員が腹に一物ある奴だというとこ!ほんと、これ最高!!

 

容疑者(登場人物)たちはこんな感じ。

アーチー:フリーダの婚約者。精神科医の卵。フリーダにメロメロ。結婚したらワシントンを離れてNYで暮らそうかと思っている。

イヴ:アーチーの母。ハーレクイン小説家。アーチーが精神科医の研究を止してまでフリーダと婚約したこと、ワシントンに帰ってくるつもりもないことに強い反感を持ち、婚約が破棄にならないかと願っている。

マーク:地元の名主。上院議員。広い屋敷を持ち、パーティーの主催者。

ジュリア:マークの妻。元お嬢様で、マークが上院議員になることを御膳立てしてきた影の上院議員。マークが再選することを強く願っている。

テッド:マークとジュリアの子。

エリス:マークの姪。アーチーのことをずっと好きだった。アーチーがはすっぱな女を連れて帰ってきたことについてひどく衝撃を受け、フリーダを憎む。

チョークリー:イヴのいとこ。親の財産を食いつぶしている放蕩息子。イタリアで暮らしているが、「大事な取引がある」ということで十何年ぶりにウィロウ・スプリングに帰ってきた。

ベイジル:アーチーと知り合いの精神科医名探偵ポワロのポジション)

バークリー:警部

ちなみに被害者はフリーダではありません。フリーダは、2時間サスペンスでいうところの、「見るからに重要なことを隠しているクセに捜査関係者に好戦的な態度を取る女。怪しい動きをして捜査を撹乱したりもするが、結局犯人にも被害者にもならない」ポジションです。そしてこれもお約束なんですが、匿名電話の主と第一に目された男がいっとう最初に殺されます。

 

鑑賞のポイント1.犯人捜し

容疑者も少ないため、推理が楽しめます。捜査の鉄則は、アリバイや動機の有無ですが、そこらへんから割り出す犯人像とは。「これによって一番得する人物は一体誰なんでしょうねぇ~?」と頭の中に杉下右京を召喚しましょう。その観点から見ると犯人はおのずとわかってきます。

 

鑑賞のポイント2.聞きかじり犯罪心理学

「ドゥードゥル(電話中など他のことをしているとき、無意識にしてしまう走り書き)を分析して迫る被害者の深層心理」。「匿名電話をする犯人が選ぶ方法は毒殺です」と、探偵風情な精神科医の名推理にしびれる。精神科医を登場させるにあたり、かなり研究をしたそうで、犯罪心理学の部分は本格派です。

 

鑑賞のポイント3.深い人間観察(ネタバレ含)

途中「二重人格」ネタが出てきたときは心がざわざわしました。二重人格はサスペンスで使い古された感もあり、トリックの綻びを「だって二重人格だから!」でごまかされたという経験も少なからずあるわけで、ここまできてコレ!?となったわけです。そもそも、登場していない人間(仮に二重人格として誰かの陰に隠れていた人間であっても)を犯人に据えるのはどうよ?とも思ったりするわけですが…まぁ、最後まで読めば深みがある。

「この中の誰かの中に二重人格がいる。そして主人格はそれに気づいていない」とベイジルが示した晩、皆まんじりともせず「自分では?」と思い返すシーン。例えばイヴは、書きたくもないB級ラブロマンスを収入を得るために乱発しています。もとは「バカ向けの本を書いてあげる私」と、本当の自分と職業作家としての自分を分離していたけれども、最近は自分が軽蔑していたような作家になっている気がする、と悩むんです。

また、マークは、妻の御膳立てで上院議員になったことに不満を持っています。重ねて、議員になったはいいものの支援者を敵に回すことはできないため、常に風向きを見ながら政治活動を行っていることがじれったい。

誰しもが抑圧された人格=第二の自分を隠している。二重人格になる種はある。自分の人生、暮らしを振り返り、本当の自分はどこか他のところにいるのでは?と悩みぬく登場人物の心理描写は圧巻です。

 

と、大・大・大満足の作品でした。

著者は女性作家ということで、不必要な性描写、女性の体を描写するときの卑猥さがなくて良い。特にフリーダのわがままボディは露骨な描写の餌食になりがちなので心配でしたが、最後までそういうのはなくて安心。

 

秋の夜長に一気読み。

おわり。