ゴシックミステリにおあつらえ向きな舞台装置を十分に生かせなかった残念賞「ホテル・ネヴァーシンク」
こんにちは。
アダム・オフォロン・プライス「ホテル・ネヴァーシンク」
アメリカ探偵クラブ賞 最優秀ペーパーバック賞受賞作。
昨年12月に発売されたばかりのこちら。年始に「2021年に読む本リスト」を作ったときの大本命。古いホテル×失踪事件×家族の秘密…という設定。舞台はととのった…!!という感じで超期待して読み始めたのですが、総合評価としては★2くらい。ざんねん。
最初はめっちゃ面白いんです。
ある金持ちの男がたくさん家族を作るだろうと見こんでデカい屋敷を建てるが、妻になる予定の人は嫁入りを前にみんな死んでいくという不運に見舞われる。それでも狂ったように増築を続けた彼は、屋敷を完成を見ることなく自殺してしまう。後に残ったのは90室以上ものゲストハウスを備えた奇妙な屋敷だった。
このプロローグだけでもゾクゾクしてしまう。ホーンテッドマンションなんかを思い浮かべてしまいます。そんないわく付きの屋敷を購入してホテル経営をしたシルコスキー家がこの物語の主役。
創業者のアッシャー(父)→二代目ジーニー(娘)→三代目レン(ジーニーの次男)とその家族(ときに従業員)が、ホテルにまつわる思い出を語るという構成です。彼らの語りにより、1950年~2012年と60年にわたるホテルの物語と、特にホテル没落のきっかけとなった子どもの失踪事件をつまびらかにするという着想はすごく良いけれど、時系列なのが微妙です。エピソードをランダムに提示したほうが謎の賞味期限を延ばすことができて面白かったと思う。
さらにそれぞれの語りにも関連性が薄く、あの人とあの人の言い分を突き合わせると…!というような推理ができないのも大変不満。最後まで読んで、犯人(というか黒幕)の告白を読まないと真相はわからない(ヒントすら示されない)という雑さにも嫌気が差す。
一番イラッとさせられるのは、エピローグまで引っ張って示される真相が超絶チープであること。
犯人は神出鬼没な男であることが随所で示されます。ホテルの関係者のところにヌッとあらわれては消えていく謎の男は、同一人物なのかどうなのか、というのがまず第一の悩みどころ。その頻度の高さが不自然のため、何十年もの間そんなにフラフラしてたら誰かしらが捕まえてもいいものなのに、それでも捕まらないというのは幽霊なのか…?と真剣に考えてみたりもします。途中で一度尻尾を出すんだけど、何故か華麗にスルーされるという…犯行の動機のよくわかんねぇし。
ミステリ好きでなくても、「ああ、こいつか…」というのは察しがつくし、犯人を「幽霊じゃなくて人間」&「同一人物」でソートすると、そいつ以外の登場人物に犯行は難しいという、ミステリの風上にも置けない作品。
舞台がすごく良いんだから、ヒントを小出しにして読者を煙に巻いて、伏線の回収ももっとしっかりしてほしい。とりあえず、伊坂幸太郎に弟子入りしてこい!なんて思ったり。笑
短編としてそれぞれの人生は面白く読めました。三代目はなんとやらとは言うけれど、三代目のレンの人生は哀れとしか言い様がない。
本書のテーマは「自分の本当の人生を生きること」の意味です。
「本当の自分の人生はよそにある」と思っている彼らの目の前に居座っているのが「ホテル・ネヴァーシンク」。人は目にした者で育つというけれど、暗く、いびつで、不穏で威圧的なこの建造物が彼らの心に影を落としていたのは間違いありません。目の前から消えてほしいと願いながらも、このホテルが消えることで世界と強制的に向き合わざるを得なくなるため、結論を後回しにしたいという隠れた恐怖も透けて見えます。
ホテルはまるで彼らの鏡。ホテルに向ける執着や嫌悪感は、まさに自分のコンプレックスと合致しているのです。ホテルの荒廃から目を逸らしながらもホテルをなかなか離れられないのは、きっとそういうところからきているのでしょう。
「本当の自分の人生を生きていない」という思いを抱えて生きる彼らが、ホテルのそばで生きている間にはその悩みとの折り合いをつけられず、最終的には離別を選択するのは考えさせられるものがあります。前と変わらない人生を送る人もいれば、逃げることで幸せになれた人もいる。
さて、そんな心に抱えた黒いものを浮き上がらせる「ホテル・ネヴァーシンク」には、モデルとなったホテルがあるそうです。その名はグーロージンガーズ・キャッツキル・リゾート・ホテル。もう閉館しているそうですが、すごく気になる…!イメージが崩れたらどうしよう、そんなことを恐れながらも、きっと好奇心に負けて5分後には検索しているんだろうと思います。笑
おわり。