はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

「あのときこうしていれば…」を実現してくれる不思議な帽子 新潮クレスト「ミッテランの帽子」

こんにちは。

新潮クレスト「ミッテランの帽子」

ミッテランの帽子 (新潮クレスト・ブックス)

 

ミッテランの帽子が持ち主を変え、次々と持ち主を少しずつ幸せにしていくというお話。かなり使い古されたモチーフではあるのですが、なかなか面白い。

最初の所有者は冴えない会計士ダニエル。彼は政治力・発言力のある同僚に圧されなかなか存在感を示せずにいましたが、帽子をかぶることで自信を持て、出世への道を拓きます。次の持ち主は長年にわたり不倫をしているファニーという女性。不倫相手に別れを告げ、小説家になるという夢を実現する。次はスランプ中の天才調香師アスラン。自分の力を信じ、新しい香水を完成させる。次に帽子を手にした資産家ベルナールは、妻の尻に敷かれて退屈な生活をしていましたが、殻を破り自分の人生を歩み始める。

 

例にもれず「帽子が不思議な力を持っているわけではなく、帽子を持っているという自信が自分のもともとの力を引き出した」という教訓ではあります。「流されずに意見を言う」「悪い関係を断ち切る」「自分を信じる」「内なる声に素直になる」、これをすればミッテランの帽子を手に入れたも同然だよ、めでたしめでたし、

 

とはいかない。

私はひねくれているので、いい話だと思いながらも、「でもこれ、元持ち主ってずっと幸せでいられんの?」と思ったりします。事実ダニエルは帽子を失くしたとわかってから血眼になって探し回り、怪しげな広告を出したり、帽子の持ち主だと思われる人に手紙を書いて気味悪がられたり、最後には犯罪まがいのことにも手を染める。幸せなことに犯罪が露見したり、帽子に執着することで出世街道を転落することはありませんでしたが、ちょっとそこらへんご都合展開では?と少し不満。

不倫女ファニー。小説で成功するまではいいですが、不倫体質はどうなったんだろう。次回作以降が成功しなければまた逆戻りのような気もしたり。アスランは天才調香師復活の喝采を浴びた後、惜しまれながら引退します。これは、もう香水を作れないという不安の裏返しともとれる。

 

結局のところ、幸せとはふっとわいたチャンスであり、それをつかみ続けるのは意志や努力なのだろうという印象。こんな文章がありました。「人生は時としてある道へと人を導くが、当人はその分岐点にあることに気付かない。運命という偉大なGPSが決めてくれた道をたどらないとき、帰還不能を示す標識も見当たらない。そしてひとたび飲み込まれると、歩んでいた道に戻れない」と。この帽子は、「あのときが分岐点だったなぁ」という分岐点に戻し、歩んでいたはずの道に再び歩めるようにした小説でもあります。一度間違いかけた道から引き戻してくれたは良いけど、そのあとも人生は選択の連続ですから、染みついた価値観を一掃しない限りまた誤った道に引きずり出されるような気はします。

 

ハートウォーミングな話かと思えば、最後はサスペンス展開。ミッテランが帽子の行方を追っていないとでも思いますか??ミッテランは再選できるのか?それもあわせてお楽しみに。

冷えた白ワインと生牡蠣が食べたくなる作品でした。

 

おわり。