はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

ブラウスについたバタースコッチソースのような不快感 早川epi文庫「オリーブ・キタリッジの生活」

こんにちは。

週に1度くらい訪れる夜の静寂。そんなときには夜中3時くらいまで読書を楽しみます。夜中の読書は本のチョイスが大事。2、3時間で読み切れる、そして、明日からの生活にすこーし明るい光を差してくれる作品。ご都合展開は嫌だけど、人生捨てたもんじゃないな、って思える本がいい。先週のゴールデンタイムに満を持して選択した「オリーヴ・キタリッジの生活」、はい、見事ハズレでしたーw

生々しい人生にかなり凹ませられる、夜に読むもんじゃないやつ。作品自体はかなり素晴らしいです。素晴らしすぎて強烈な現実を突き付けられる。あ、やばい、人生、そして人間関係ってこういう不快感と焦燥感の塊だった(白目)。明日からもこういうクソな現実に対峙していくんだ。とHPをゼロにされる作品。

オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)

 

連続短編小説。主人公は小さな町で数学教師をしているオリーヴ・キタリッジという女性で、アラフォーの頃から80間近になるまでの人生が描かれます。これのおもしろいところは、オリーヴという主人公の人生を、本人から語らせず他者の視点から書くところ。夫の視点からじっくりオリーヴを描写する話もあれば、元教え子が「オリーヴ先生っていたよね?」って話して終了の話もある。

だから、オリーヴの人生も断片的にしかわからず、クリストファーという一人息子がいて、クリスの一度目の結婚は数年後に破綻し、子連れの女と再婚する。オリーヴは最後は未亡人になっているらしい…というのはわかるのですが、途中途中でアル中っぽくなっていたり、病んでいる時期もあり、あくまでも主人公はオリーヴだけれども、全ての出来事、彼女の想いが明らかにされるわけではありません。普段は付き合いは全くないけれど、人生のある一時期だけ深く交わった知り合いの人生を見ている感覚で面白い。

 

私のストレスの原因は主に子育てなのですが、単純な体力的・精神的な子育て疲れもあれば、この世の中はどうなっていくのだろう、子どもをどう導けばよいのか、という漠然とした不安もあるわけで。そんなときにこんな本は劇物だわ!!

クリスの一番目の嫁は気の強い嫁でした。「こんな田舎住みたくない!」と都会に連れていかれて以来ずっと帰ってこない息子。また、若いときに妊娠し親に黙って中絶した女の子が出てきたり、「こんな子に育ってほしいな!」という子どもが一人も出てこない衝撃。おお…今の苦労の成果物は、親の言うことはガン無視した挙句に冷徹な目で親を裁くような子どもかよ!!!と、ただでさえ低い子育てのモチベーションがダダ下がり。

 

私が「タイムマシンで過去に行っても、同じ人生を歩む系」と名付けている作品。先ほど書いたように、彼女の人生の全体像はわからない。でもアルコールに逃げていた鬱っぽくなっていたり、幸せを感じて生きていないんだろうな、ということは伝わってくる。

はたからみたら上々な人生。仕事を持ち、優しくて包容力のある夫との間に子をもうけ、お金にも困っていない。幸せになるチャンスはあるのです。でも幸せじゃない。オリーヴの親は精神的に不安定で自殺しており、親の影響でメンヘラ寄り。ヘンリーもクリスも彼女の攻撃的な性質を持て余しぎみ。彼女は現状に満足しておらず、人生どこかで間違ったなーと漠然と思っています。しかしたぶん、2歳3歳の頃に戻れても、同様の人生を歩んでいただろうという、被害妄想やペシミスティックな考え方の癖がしっかり染みついている。そんな「業」が彼女を不幸な人生に導いているなぁと感じます。

 

ただ、そんなクソみたいな人生を歩んでいる彼女でも、人の心に住んでいる。ある青年が自殺するために町に帰ってきた回。オリーヴは元教え子の彼を見つけ、「ちょっと失礼」と車の助手席に強引に乗り込みます。どうでもいいことを喋り倒す彼女を青年は最初はうざったく思っていましたが、だんだん自殺なんてどうでもよくなってくる。彼は一旦自殺を延期しただろうなぁと示唆される結末。また、元教え子の女の子がオリーヴ先生の口癖を思い出して家出したり。教師としてはなかなか良い先生かもしれない。

しかし、息子にとっては、攻撃的で精神的に不安定、家族に依存し友人も少ない最低な親。息子との絡みが書かれる話は息子に共感してしまう。こんなシーンがあります。NYにいる息子を訪ねたオリーヴは、息子と二番目の嫁、その連れ子とアイスを食べる。家に帰ったら、オリーヴのブラウスにバタースコッチソースがついていました。オリーヴは「ブラウスに汚れがついていたら指摘をするべきだろう。最低の息子だ」といきなり帰ると言い出す。息子は指摘したらひと悶着あるだろうから家に帰るまで気付かないふりをするのが得策だ、と黙っていたんでしょうね。このシーンから、若いころから面倒な母親であったろうことがわかります。

このシーンはこの小説の象徴的なシーンです。なかなか取れないシミ、ベタベタしたソース、強い匂い。読んでいる間も読んだ後も、バタースコッチソースを体につけているような不快感が離れない小説。人間の嫌な人生を描き切っています。

 

ご都合展開なんてなく、オリーヴが不倫していたと誤解したまま死んでいくヘンリーとか、人と人とのすれ違いが見ていて悲しい。「人生そのもの」を突き付けてきます。人生に躓き倒したとき。今の俺は地獄にいるんだ!!という時に読むのが良い。覚悟して読みましょう。

 

おわり。