はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

長い人生のほんの些細な出来事を哀愁たっぷりに描く トム・ハンクス「変わったタイプ」

こんにちは。

今日ご紹介するのは、トム・ハンクスの短編集「変わったタイプ」です。

 

変わったタイプ (新潮クレスト・ブックス)

 

トム・ハンクスって、あのトム・ハンクスですよ。え!うそ!?みたいな驚きみたいなのは方々で目にしましたので、ここでは割愛しますw

 

さて、海外事情に疎い私でも知っているトム・ハンクスアメリカン・ドリーム的な小説かなぁと思いました。

 

日常生活を題材にした作品ですが、

勇気を持ってした何かが功を奏し、人生大きく変わる話や、日常生活の些細なことの中で、友情や愛などの身近にある幸せを再認識する話

そのどっちでもありません。しかも、後者よりも冴えない感じ。名付けて、

長い人生において、重要な分岐点になるわけでもないような小さな出来事に寄り添う話です。

 

ある話を紹介します。

「心の中で思うこと」

 

主人公は彼氏と別れたばっかりの女性。ガレッジセールで、5ドルで古いおもちゃのタイプライターを衝動買いしますが、ちょっと壊れている部分があったので、直してくれそうなお店を探して閉店間際に飛び込みます。しかし、タイプライターの修理は難しく、女性は、これと引き換えに店主から格安でタイプライターを譲ってもらいます。条件は、毎日使うこと。一度仕舞えば、二度と使わないから片付けるな、とも。彼女は家に持ち帰り頭に浮かんできたことをタイプライターに書き付けます。

 

出てくる情景が美しい。

パインジュースで作ったアイスキャンディー。酒を飲むより体に悪くないだろうと思って何個か食べるけど、味気ないこと。翌日のために何個か残しておくこと。ただ、夏の夜風が気持ち良いこと。失恋したのに、修理屋の店主はぶっきらぼうなこと。

失恋をテーマにした作品って、人の優しさに触れてふっきれるとか、酒飲んでふっきれるとか、自分の大切なものに気づいたとか、立ち直りのきっかけが簡単に訪れるものも多いですが、実際そんなものではない。自分だけがドラマの中にいるような気持ちでいますが、自分のまわりは何も変わらない。一度吹っ切れた気になっても落ち込んで、吹っ切れての繰り返し。

彼女がタイプライターで何を書いたのかは明かされませんが、きっと朝いつもより遅く起きて、書いてあることを見て赤面して、破って捨てて終わり。そういう程度のものだと思います。そして、タイプライターの存在が、彼女の小さな救いになったことは確かだけれども、失恋の苦しみは、タイプライターごときで紛れることもなく、しばらくは続くと思います。

 

そういう、本当に些細な出来事。ドラマにもできない、彼女が何年後かには忘れているような日を丁寧に書きだして寄り添う、そういう作品でした。

 

冴えない人生を歩んできている私でさえすっかり忘れてしまっているような小さな感情の動きを、ハリウッドスターが丁寧に掘り起こしてくれる、なんか幸せな体験です。

どうしてこういう作品が書けるのかなぁ。

俳優としていろいろな人物を演じてきた体験がそうさせるのか、元々の人間性なのかはわからないけれども、こんなくだらない出来事に寄り添ってくれてありがとう。そんな読後感。

救いもどんでん返しもないけど、人生ってこういうドラマにもならないことの積み重ねだよなぁーと触れられる作品でした。大切に大切に読み返そうと思います。

 

おわり。