普通の生活を取り戻すための哀しき戦い 伊坂幸太郎「フーガはユーガ」
こんにちは。
本屋大賞の予想は当たりましたか?
私は、伊坂幸太郎の「フーガはユーガ」、森見登美彦の「熱帯」は既読だったので、どちらかが獲ってくれたらいいなと思いながらも、「まぁ、ツイッター等々の評価を見る限り、残念ながら『ベルリン(は晴れているか)』一択だな」…と歴戦の勇者顔していましたが、予想が全て外れるなどしました。
直木賞もそうでしたが、難しいです。
ちなみに日本翻訳大賞は「タコ」(タコの心身問題)か、「エブリデイ」がいい線いくかもな…と、本屋大賞の時と同じように歴戦の勇者顔していましたが、最終選考にも残りませんでした。私もまだまだです。
「フーガはユーガ」伊坂幸太郎。
双子の男の子、フーガとユーガは不思議な能力を持っています。誕生日にだけ2時間中身が入れ替わる、という能力。
伊坂幸太郎作品には決まって、敵役となる悪いやつが出てくるのはご存知だと思いますが、今回はダブル主人公体制ということで悪もてんこ盛り。出てくる大人が揃いも揃って腐れ外道です。
彼らは、あまり幸せではない子どもです。父親がDV野郎で、もちろん被虐待児。貧しく、いじめられたりしますが、いじめよりも家庭のほうが悲惨なので、いじめられても2人は飄々としています。辛い生活ながらも、助け合ってなんとかやっています。
青年になった彼らは、父親の暴力に耐えながらも自活の道を探ります。そんなとき、フーガに彼女(小玉ちゃん)ができます。彼女は叔父さんに壮絶な仕打ちを受けているんですが、事情があって逃れられないんですね。二人の能力で小玉を救えないか? そう考えた二人は、その特殊能力を初めて利用し、小玉を救います。
ただ、彼らには、ろくでなしの叔父さんだけでなく、ユーガの好きな人に手を出そうとする父親や、小玉を救ったことで繋がりができてしまったちょっと危ない人たちなど、様々な敵がいて、その能力でもって何とか抗おうとします。
結末からいうと、悪いやつらに確かに一矢報いることはできるのですが、代償は大きすぎて、ただ普通の生活をするためになんでこんな犠牲を払わなければないのだろうと悲しい気持ちに。
そう、彼らは、ただ普通に生活したい、それだけのために不要な戦いをしているんですね。生まれる国や親の選択はガチャみたいなものですから、ろくでもないところに生まれてしまうと、普通の子どもがする必要のない無用の戦いを強いられます。
子どもの悲しみは見たくない。
本筋とは全く関係ないのですが、忘れられない場面がこれ。
昔の話をしていた時、同級生のムカつくいじめっ子のことを思い出すんですね。フーガとユーガは「あいつ、リンスしてるらしいぜ、調子乗ってんな」って悪口を言っていました。でも、小学生がリンスをするのは当たり前で、リンスをしていない自分たちのほうが珍しかったってことに後から気づいたんだよな。と、自分たちの小学生時代を回想するんです。
子どもが現在進行形で不幸なのは、もちろん耐え難いです。しかし、子どもが物悲しい思い出をたくさん持っているっていうのも、同じくらい耐えられないものです。子どもはいつでも、生まれてからずっと、笑っていてほしい。辛い思い出なんか持ってなくていい。
小学生時代を思い出した時に、「リンスしていなかったのって自分だけだったな」っていう悲しい思い出はいりません。「夏休みは麦茶飲んでクーラー効いてる部屋で寝てばっかりいたらお母さんに怒られたなぁ」って、そんな思い出ばっかりでいいんです。
とまぁ、哀しいお話でした。
もちろん伊坂幸太郎作品ですので、伏線の回収、ドキドキ感、スピード感、読者を騙していくスタイル、小さな約束が思いもよらぬ形で果たされるエピソードなどは一級品。
テーマは重めですが、面白さは請け合いますので、ぜひ。
おわり。