はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

テレビを見るとバカになる。世の中は感情で動いている 本当は怖い伊坂幸太郎系「クジラアタマの王様」

こんにちは。

 

今回も結構いい感じの作品なので、読書感想文カテゴリに入れておきますよ!伊坂幸太郎「クジラアタマの王様」

 

甲子園シーズン真っただ中。連日、気象庁が原則運動禁止って高温注意報出してるのに、甲子園は例外なんですか。甲子園を見るたびに、自分の子どもには絶対野球やらせんでおこう。と決意を新たにします。いつになったら球数制限や熱中症対策に本腰を入れるのか。高校野球の総本山がこんなんでは、「暑さに慣れろ!!そんなんじゃ甲子園行ってもやってらんねーぞ!」と精神論を持ち出し、炎天下で地獄のトレーニングを強要するリトルのコーチがわんさといるはず。そういう人間の存在そのものが私をイラつかせるので少年野球は断固却下です。

高校野球が好きだからこそ、球児の健康は第一に考えてほしいと思う今日この頃。「球数制限すると地元の公立校が…」とか「9月開催だと授業が、観客が」とか「甲子園球場にみんな集まってやるからこそいいんだ」と主張する人は、全員語尾に「と、私は球児の健康よりもそっちが大事だと考えているのでそう主張します」って付けろよな!

選手の健康を考えた合理的な判断は、しばしば「青い空と白い雲と白球と球児の汗と涙と」「地元の公立校のエースピッチャーの完投」とかいう感情的なお話とすり替えられ、「つまらない話」「血が通っていない」と一蹴されてしまう。そういうお話。

 

クジラアタマの王様

 

お菓子メーカーで宣伝広報局に所属する岸。お客様相談室といういわゆるクレーム対応をやっている。あるとき、「マシュマロに画びょうが入っていた」という異物混入疑惑が起こり、その中で池野内という都議と出会い、その後、小沢ヒジリという超人気ダンスパフォーマーにも出会う。彼ら3人には共通点があった。戦う夢を見ること。十年ほど前に金沢で起きたホテル火災に居合わせていたこと、そして夢の中にはハシビロコウが出てくること。

夢の意味を考えていく3人。夢の中では、3人で共闘することもあれば、単独で戦うこともあるが、戦いの結果が現実世界に反映されるようで、夢で勝利すると事態は好転し、敗北すると大災害が起きる。自分たちは選ばれた人間なのか、自分たちの勝敗に他人を巻き込むのことは避けられないのか。彼らは夢の意味を考え続ける。

さて、出会いから15年後、岸は課長に昇進、小沢ヒジリも俳優に転身し成功、そして池野内は国政に進出し大臣にまでなっていた…が、今は不正献金疑惑で叩かれまくっている。ある日、池野内から呼び出された岸は、僕に何かあったらこれを発表してほしい、と何かを託された。同じころ、世界では新型の鳥インフルエンザが発生し、日本でも患者第一号が。パンデミックは免れないと日本中が戦々恐々とする中、「もう黙ってはいられない」と生放送で発言した池野内が殺されかけて…

 

伏線の回収、どんでん返しは見事。伊坂作品は、殺し屋とかが出てきて悪い奴をやっちゃう系の話が好きなのですが、今回悪者は出てこないので、巨悪を成敗!とはいかないのが残念。中盤にクソ部長が出てきて、「よし、こいつがやられちゃうのか!」って目を輝かせたけれど、そういう感じの話ではないです。

悪いのは人々の熱狂だったり、感情が先んじて正常な判断ができなくなるところだったり、自分のことしか考えない人間だったり、短絡的な思考をする政治家だったり。そういうむくむくと発生する恐怖を取り上げた作品。こういう恐怖って、何か一つをつぶしても何の意味もなく、どんどんわきあがって取り返しがつかなくなるから怖くて、あんまり好んで読みません。私が「本当は怖い伊坂幸太郎」系と勝手に名付けているやつです。「魔王」や「夜の国のクーパー」、「モダンタイムス」もそれ系なんですが、集団ヒステリーや戦争の本質などを扱っていて、うすら寒くなる。

魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

 
モダンタイムス(上) (講談社文庫)

モダンタイムス(上) (講談社文庫)

 
夜の国のクーパー (創元推理文庫)
 

 

伊坂ファンならおそらく、テレビがついている本社ビル、VHSとベータの話、在庫ミスの話あたりで、ああこれか~ってなって楽しくなってくると思う。あと、「短期的に見て非難されても、大局的には大勢の人を救うほうを選ぶべき」という言葉はこの話の核です。

 

「短期的に見て非難されても、大局的には大勢の人を救うほう」とは。小説では消費税の話が出てきましたが、増税の是非はおいといて、これをする必要があるのは政治家だと書いてありました。「自分の利益よりみんなの利益を考えられる人はいるのだろうか?」と。100年先を見据えて、一時的には汚名を着せられようが、必要なことをしなければその先には緩慢な死がある。ただ、そういう判断を妨げている一因として、国民の「感情」に訴えかけるマスコミの存在がある。岸がマスコミに追われるシーンが何度かありますが、何のルールももたない集団ヒステリーの中にぶちこまれる恐怖。

例えば今、少子高齢化の抜本的な改革が打ち出されたとします。当然各方面からの反発は免れませんが、その「短期的な非難」が、改革を断行する能力や改革の有効性に向かえばよいものの、今の風潮だと「高齢者がかわいそう」「見殺し」と煽られ、しかも提言者の性癖を暴露する過去の女とか出てきたりしかねない…怖!!しかもそういうくだらない話はゴシップ雑誌でやってくれればいいものを、昼間のワイドショーで真面目な顔で論じられるんだからたまったもんじゃない!もうお外歩けない!!!ってなるわけです。(マスコミ嫌いな個人の妄想です)

 

テレビはこれでもかと視聴者の感情に訴えかけてきます。頼まれてもいないのに被害者の涙を撮ってくる。プライベートで失態をおかした議員を、執政する能力のない人間だと頭から決めつけて馬鹿にする。ちょっとおもしろいんだけど、これをニュースや報道、ましてやジャーナリズムと認識し、鵜呑みにするのは危険。

 

小説内では、異物混入疑惑が真偽不明のままSNSで拡散する恐怖、広報部のマズい謝罪会見を受けた炎上、不買運動新型インフルエンザへの恐怖、インフルエンザ流行シーズンに海外に修学旅行に出かけた高校の校長の謝罪。不倫報道の過熱、そして一度マスコミにレッテルを張られた人間に対しての超冷遇。などなど、最近ニュースであったような話だよね!?という出来事がたくさん出てきます。

企業にクレームを入れたりSNSで拡散させる人間、不倫報道に憤慨する人間は、全て歪んだ正義感に突き動かされて行動しているから始末が悪い。自分が正しいと信じて、残酷なことを主張し見ず知らずの他人を傷つける。すごい根性。小説の中でも、池野内都議に不倫報道が出た時、妻が「なんで私が怒っていないのに他人が怒る必要があるのよ」とコメントを出してて面白いです。ほんと、その通り。不倫で怒っていいのは不倫された妻ないし夫だけだから。

最近、浜崎あゆみが一部で叩かれているのを見ますが、叩く人が持ち出しているのは、安室奈美恵だったりします。惜しまれながら引退することの美しさと、人気が低迷してからの奮起を対比し、安室ちゃんがこうだったのに、それはどうなの?と問いかける。いや、でも別に、お前は安室奈美恵じゃねぇだろって思うんです。美しく表舞台から去った過去を引き合いに出して「暴露本はどうでしょうねぇ?」と言えるのは安室奈美恵本人だけなのに、お前が安室奈美恵をかさに着て批判するのはおかしいだろ。と。こういう、ある一つの価値観だけが素晴らしく、それを実現できない人は批判していいみたいな発想も、気持ち悪い。

一人が誰かに対してどす黒い感情を持つのは自由なんです。ただ、それがツイッターなどでつながって大きなムーブメントになったとき、例えばマスコミが煽ったとき、人の命、平和な日々を脅かすような大事件につながっていく。そういう恐ろしさがぬぐいきれない。岸の奥さんが、「ハシビロコウのお菓子でも作ったら?」と岸に問いかけ、「ハシビロコウを食べるのは可哀想ってクレームくるから嫌。コアラはいいのに。ハハ」みたいな話をするシーンがあって、こういうクレームくるから自粛しようムードは「ハハ」じゃ済まねぇよ、と思ったり。

 

と、読書感想文、SNSを通じた熱狂の伝播の恐ろしさ、人を感情的に批判することの危うさをテーマにするのはどうかな?

 

「本当は怖い~」ポイントをもう一つ。約15年先の世界では、ネット上で情報の「フィルタリング」が行われています。犯罪防止や子どもが有害なサイトにアクセスしないようにするためという建前で検閲には当たらないとされていますが、実は政府に都合の悪いことも消しているのでは?という都市伝説が。

伊坂幸太郎が書く近未来は、こういうちょっと怖いネタが出てきます。これを私たちへの警鐘ととる読者もいるようですが、個人的には、作家伊坂幸太郎が、このままの毎日が続けば、いずれこういう世の中になっていくだろうと実現性の高い未来として、ブラックジョークでも皮肉でもなくただ普通に書いているのでは。と思っています。そっちのほうが怖いんだけどね。

 

と、まぁ、いつも通り面白いので深読みせずに楽しんでください。安心安全の伊坂印・伊坂クオリティ。

 

あと、すっごいどうでもいいことを言うと、小沢ヒジリはAAAのNissy、池野内都議はなぜか玉木さんで脳内再生されましたw もう、いったん思いついてしまうと、お二人の顔しか浮かんでこないんですすいません。(まだ読んでない人こんなこと言ってごめんなさいw)

 

おわり。