はらぺこあおむしのぼうけん

読書、映画、ときどき漫画のレビュー。最新刊から古典まで。

感想はただ一言、「これが、若さか…」みずみずしさあふれる芥川賞(2002年)候補作 島崎理生「リトル・バイ・リトル」

こんにちは。

島崎理生「リトル・バイ・リトル」です。芥川賞候補にもなったので、結構有名な作品なのかしら。

久々に、出会いの妙を感じた本。運命の1冊になるようなこともないし、読み返すことも絶対ないけどw、ばったり昔の同級生と会って一晩語りあかしたような(そしてそれっきりまた他人に戻る)、そんな余韻が残る本でした。良い時間だった!!

リトル・バイ・リトル (角川文庫)

主人公はふみという高校卒業したての女の子。母と異父妹のユウちゃんと3人で暮らしている。母が二度目の離婚をしたことで学費のアテがなくなり、進学することができなくなった。とりあえずバイトをしながら今後のことを考え中。整体師として働いている母の仕事をきっかけに周というキックボクサーに出会い、少しずつ恋仲になる。

という話。

 

感性のみずみずしさが際立っていて良いです。

例えば、周と深夜のコインランドリーに入り「幸せだねぇ」と言う。コインランドリーで洗濯物待つ間ってなんであんなにほっこりするんだろう。あとは、通っている習字教室の先生のご飯。「白いゴマのかかった玄米になめこの味噌汁。里芋の煮物にアジの開き。納豆はパックではなくワラに包まれた高価なものだった」こういうご飯あったら一日幸せに過ごせるわ。

誰もが心の中に持っている「なんかいい気持ちになれるポイント」を的確に突いてくる。心の奥にしまい込んだ心地よさを取り出してきて、心をマッサージしてくれるんです。しかしそうやって、あれやこれやと「なんか気持ちいいもの」を書きだすのには熱心なのに、肝心なことは書かないでご想像にお任せするんですね。このギャップにやられる!!

まず、母とユウちゃんとの暮らし。母の言動を見る限り、自己中心的で男に期待をかけて結婚し(あるいは恋仲になり)裏切られるタイプであることがわかります。子育ては放棄して、女であることを最優先に。また、ユウちゃんはまだ小学生ということで、ふみは母のグチやイライラのはけ口にされているんだろうなぁということも想像に難くない。ユウちゃんはそんな母を軽蔑しているきらいがある。だったらこういうこと書けばいいんですよ。

「母の一番目の夫、つまり私の父はいいかげんな男だった。うまい話に飛びつき借金をこしらえたり、友人の連帯保証人になったり、疲れ切った母は離婚した。二番目の夫は、普通の人だった。彼は、やがて生まれたユウちゃんには優しかったが、私や母にはどことなく冷たかった。しかし、母には、連れ子を受け入れてくれた夫に遠慮する気持ちがあったのだろう。母の威勢のよさは封印され、いつもつくり笑いを浮かべていた気がする。しかしそんな生活も数年前に終わりを告げることになる。ユウちゃんは父に似ている。色が白くてお人形さんみたいで、ときどき、母を値踏みするような目で見ているところも全て…」(全て想像による補完ですw)

そして、自分が一番割を食っていることを読者にさらけ出せばいいんです。そして、共感を得ればいい。でも、あえて書かない。ふみの感情はおろか、分析や解釈を挟まずに、全て彼女の行動から想像させるあたり、焦らすなぁ。もっと教えて!おばさんに話してみなさいよ!!って気分に。笑

たぶん、こうやってふみの性格や想いを書き連ねていったら、量は3倍になるだろうし、もっとテーマが明確になるんだろうなと思うんだけど、読者それぞれの経験からふみを理解してね、そして、何かを感じてね、ってそういうことなのかもしれない。

また、ティッシュ配っていたら手を握られたり、周の男友達にベタベタされたり、ふみは、よく痴漢に遭います。そしてこれをあーあで済ませてしまう。こんなところも、彼女の性格を分析する鍵になります。痴漢に遭ったりセクハラされたりする人は、自信のなさが前面に出ていることが多い。理由は単純。反撃されない確率が高いからです。勘違いしている男の人多いけど、別にエッチな服を着ているからでも、誘っているからでもないんだよねぇ。しかも、エッチな服を着ているからと言って痴漢に遭ってもしょうがない理由にはならんけどな。

と、ふみは自信のないタイプなんだけど、学校の図書館から希少本をぱくってきたりするところはアクティブです。しかも司書の先生に「卒業証書はいらないからあの戯曲の本が欲しい」と懇願してたから犯人はバレバレで、即刻返却するようにというはがきをもらって悪びれもせず返却するような。クラスには友達がいないけど、保健室や司書の先生のような大人には自分をさらけだすタイプなのねぇ。ということもわかる。

そんなふみは自分の気持ちを言葉にできません。怖いと言ったら、寂しいと言ったら、自分のそんな気持ちを認めることになるから。一人目の父にある日突然捨てられたこと、二人目の父とは仲が悪かったこと、姉妹のように仲良しと思われている母と妹との関係がしっくりいっていないこと。そんな気持ちを何とか自覚しないようにしているんです。しかし、それをこじ開けてきたのが周でした。「なんでも話して!」とガンガン攻めてくる周と、苦笑いしながらも変わっていこうとするふみ。二人の今後の関係を示唆して、物語は終わります。

 

2時間ドラマを見ているようなさらさら感(正直、安っぽさも存分にあるけど)ですが、若さゆえの傷つきやすい心が率直に表現されていて、ただただ頷いてしまいました。心が洗われるよう!!手折られやすく、しかし柔軟。「若芽」っていう(ワカメって読むけどワカメじゃないよ)言葉がぴったりのこの小説。

 

 

ただ、一つだけミソがついたなぁと思うのが、さいごのさいご、二人の大切な初めての夜です。家族が全員留守の家でご飯を食べて、その後公園に散歩に行った時、なぜか井の頭公園の茂みの中で事に及ぶんですね。なんで家に帰ってからしないんだろう。ふみは野犬に噛まれそうとか心配してたけど、覗きとかのほうがタチ悪いと思うよ。てか、「君のこと大切にする」的なこと言って、舌の根も乾かぬうちにあおかんって。…若い感性とかみずみずしさってそういうことなんですか?

って、さわやかな感動が訪れるべき最後の1ページで「???????」ってなり、そのまま了。これが、若さか…。

 

やっぱり芥川賞(受賞作も候補作も)は全体的に若いな~っていう印象。次はどっしり系を読みたいです。

 

おわり。